05


おお!とか、うまい!とかそんな声を聞きながら、蛍丸はじっとアンコウの身とにらみ合った。
先の燭台切の言った通り、夕餉は鍋とから揚げだった。ぐつぐつと煮だった鍋の中のメインは白身魚だ。匂いも見た目もこれ以上となくおいしそうなのに、それを素直に喜べなくて、ガイガイ、カチャカチャとせわしない音の響く大広間で、蛍丸は難しい顔で席に着いた。不思議そうに蛍丸を見てくる愛染国俊は今は気にしないことにした。…否、何も知らず鮟鱇を口に運ぼうとしている彼のことは気になるが、まさしく知らぬが仏。事実おいしそうなのだ。

「国俊…たべるの…?」
「うん?これ、普通の白身魚だろ?」
「や…そうなんだけど…。いや、普通なの…?」

どうした?と言いながら彼はついに鮟鱇を口に放り込んだ。その瞬間に顔がほころんだから、間違いなくおいしいのだと思う。
ちなみに蛍丸の隣には、同じくあまり表情が明るいとは言えない五虎退がいた。どうやら昼間に鯰尾に追いかけ回されたらしく、ブツブツと馬糞嫌い等と呟いている。何したの鯰尾。
反対側の隣にはこれまた表情の暗い今剣がいた。彼に関しては、蛍丸や五虎退よりもひどい。もはや顔は青い。そしてじっと器によそわれた鮟鱇を見つめている。絶対何か知ってるな、と蛍丸はちらりと隣を見る。その向かいで意を決したように鯰尾が鮟鱇を口にした。

「わあ!おいしい!!」
「俺っちも作りがいがあるぜ」
「鮟鱇っておいしいんだね!」

ぱあっと鯰尾も顔がほころんだ。食べたい…。蛍丸の腹の虫が騒ぐ。しかし箸を伸ばすたびに、脳裏にあのグロテスクな魚が泳ぐ。た、食べたくない…。腹の虫はなるが意を決するのには時間と努力が必要だった。
鯰尾を見てみれば、パクパクと鮟鱇をほおばっている。その肩の向こう側には和泉守もおいしそうに食事をほおばっている。

「「…知らないっていいなあ」」

今剣とセリフが被った。
思わず今剣の方を見れば、彼も意外そうに蛍丸を見ていた。

「…え…え…!?知ってるの!?」
「まあ…見たもん」

というか、今剣も見たはずだ。蛍丸が鮟鱇の箱を開けているのを。それとも蛍丸が目に入らなかったのか。首を傾げる蛍丸など露知らず、今剣が顔を青くして震えだした。

「ええええ!?!?みてたんですかぁ!?」

ん?と思う。少しばかり会話がずれている気がした。

「思いっきり見てた」
「──!!ああああなまずおとひみつにしようとしてたのにぃいい!」

話を合わせてみれば、今剣が頭を抱えて畳に転がった。
あ、これ絶対なんかあるな。そう確信を得た。
これは好機である。無邪気だが可愛げにかけるところのあるこの短刀から情報を聞き出すいい機会である。鮟鱇と何か関係があるのかと直接聞いても、素直に答えてくれる気がしない。とりあえずあおってみたら、見事に反応してくれたことに感謝である。

「ううう…でも、ほんとうにたのんだあんこうがくるとはおもわなかったです…」
「……」

頼んだって…つまりこの魚が来たのはお前が原因か!!

「でも、かいたのはなまずおだもの。ぼくはかんけーないもの…」

ゆだんした、とつぶやく今剣に、思うのは今剣と鯰尾がどうやってか鮟鱇を注文したということ。どうやって注文したのか、それが気になる。…とっても気になる。

「ねえ」
「あれ?二人とも食べてないのかい?」

蛍丸が今剣にかけた声と、誰かの声が被った。見れば、世話好きの燭台切が穏やかな微笑とともに佇んでいた。
全く手の付けられた気配のないお椀の中身を見た燭台切が今剣の隣に腰を下ろした。何を察したのか、今剣は引け腰で、ずりずりと燭台切から距離を取った。つまり蛍丸の方へずれてきた。すぐ隣に座っていた蛍丸にそのその小さな手が当たり、うっと今剣が蛍丸を見やる。とりあえずと味噌汁に手を付けていた蛍丸は、箸をおいて今剣に微笑みかけた。ぱあっと今剣に笑顔があふれる。

「どうやってこれ頼んだのか教えてくれるなら助けてもいいよ」

びしり、と今剣が固まった。
その向こう側では、燭台切がいそいそと鮟鱇を箸でつまんで、今にも今剣に差し出そうとしていた。…いや、あーんしようとしている。一口目さえ食べてしまえば、きっと受け入れられるだろう。それくらいにはおいしいのだと蛍丸も今剣も察しているところである。……まあ、その一口目までに勇気がいるのだけれど。

「今剣、好き嫌いはだめだよ。ほら、あーん」
「…っえ…!」

悪気一切なしの慈愛の溢れる燭台切のあーんが今剣に差し迫った。ぎりぎりまで蛍丸によって来る今剣に、どうするの?とだけ何でもないように聞いた。ぎぎぎぎ、と音でもしそうな動きで今剣が蛍丸を見る。その悔しそうな顔ったらない。

「いいね、その顔。俺好きだよ」

言ってやれば、いよいよ今剣の顔が悔しさに滲む。話を察するに、今剣と鯰尾はどうやってか鮟鱇を注文した。そしてそれを鯰尾との秘密としたらしい。しかしながら、頼んでしまった鮟鱇を食べたくない、そして食べさせることへの罪悪感、といったところか。
まあ知らなければおいしい食材なのだから、そこまで気にしなくてもいいだろうに。実際鯰尾は気にしていない様子だった。なかなかかわいいところがあるなあ、なんて思いながらも、依然蛍丸の顔は意地悪くにやけている。

「どうする?」
「二人とも何話してるのさ?…ほら、今剣、食べなよ」
「うっ…」

鮟鱇が今剣の口元まで迫ったとき、無我夢中といった風に蛍丸のジャージが今剣に掴まれた。ぐるっと振り返った今剣は一言。

「おしえる!!!」
「燭台切ー。今剣お腹痛いんだってー」
「え、お腹?」

サラッと燭台切に言ったのはもちろん、嘘八百。しかし、効果は覿面であった。僅かに目を見開いた燭台切に、蛍丸はやはりなんでもない顔で告げる。

「うん。さっきからそれで顔色悪くってさー。あとで味噌汁とお粥だけあげてよ」
「…そうなのかい?」

聞かれた今剣がぶんぶんと頭を縦にふった。

「そーいうわけなんでー、俺たちは大丈夫だよー。あ、今剣寝かしてきてもいい?」
「そうだね。今剣、辛くなったら言うんだよ?」
「う、うん…!」

蛍丸が今剣の手を引いて立ち上がった。流されるままに、今剣は蛍丸に引っ張られて大広間の外に消えた。





台所と大広間は廊下を挟んだ向かい側にある。すぐ横の大広間からいつ誰が入って来るか分からないため、今剣は警戒を強めたまま冷蔵庫横のパネルの前に立った。

「これ」
「これぇ?」

今剣が指さしたパネルは、蛍丸もお馴染み食材管理表。それを意外そうに見た後、どうやるの、と今剣を見やった。今剣がやってみせると、そこでやっと蛍丸は理解したようで、関心したようにパネルに手を伸ばした。

「ふーん、これでねー…」
「これに『あんこう』とかいたら、きょうあんこうがきました」
「ふーん、よくもあんなゲテモノたのでくれたよ全く」
「かいたのはなまずおです!!」

トントンとパネルを叩いてみた。欄外に『あほ』の二文字を書いてみる。光る文字として浮かび上がった。ちょっとおもしろい。
今剣を寝かしてくる、と言って席を立った蛍丸だが、…まあ、素直に今剣を部屋に寝かしつけるわけがなかった。きっちり今剣から事の顛末を聞き出していた。渋々冷蔵庫横のパネルを紹介した今剣の顔は、やはり詰まらなさそうだ。完全にこのパネルを占拠する気だったのだろう。独り占めは許さない。

「ちょ、もじはけせないんだから、きをつけてください!」
「いいじゃん別に。審神者が見るわけじゃあるまいし」
「その審神者が見るんだから、余計なことは書かないでくれるかい?」

え、と2人が振り返れば、歌仙が呆れた顔で出入り口に立っていた。途端、今剣の顔が青ざめた。

「全く、あんな雅の欠片もない魚が高級魚だなんて、世も末だよ。でもって、そんな方法で頼んでいたとは」

バレた。今剣の絶望的な声がした。

 
モドル
手を