06




「はいこれ」
「…なんだいこれは」
「リモコンキーだけど?」
「たまに君を刺したくなるよ」

丹色が差し出したのは、黒いリモコンキーだった。歌仙が何かと問えば、見た目通りの返答。そんなことを聞いているわけではないのだ。見ればわかることをしれっと返した主に歌仙はいらだちを隠すことなく言葉にした。しかし丹色は至って平常で、特に反応は返さなかった。ここで深追いすれば罵詈雑言が飛んでくるので、ここで歌仙はやめることにした。それよりも、目的だ。
なんだこれはともう一度視線で問えば、やっと返答らしい返答が返ってきた。

「それで台所の食材パネルに文字を打ち込めるの。欲しいものがあったら、それ使ってよ」

緩やかに笑う丹色に、思わずきょとんとした。

「……へえ。あの、携帯とやらの要領で使えばいいのかな?」
「うん。お願いします」

主は歌仙ら刀剣の前では笑わない。笑うことがないわけではないが、大っぴらに笑うのは大抵無理をした笑みだ。笑えないのだと、歌仙は知っている。その深刻さを知る刀剣は、この本丸内でほんの数口だ。ここ数ヶ月で、かなり仲間が増えたが、その分主たる丹色にかかる負担は、きっと重い。

「体は」
「多分もう、5分ともたないかなぁ」

言って丹色が懐から取り出したのは御守りだった。3つ束になっているが、うち2つは既に黒く、焼かれたようにボロボロだった。最後の一つも、半分が黒く染まっている。

「……ならさっさと帰るんだ」
「ひっど」
「ここでのたうちまわりたいなら止めないけれど」
「分かった帰るよ…」

ポリポリと頭をかいた。その白く清潔な髪は、実は鬘だと聞いた。同じく真っ白な布で隠された顔は、表情こそ見えないが、きっと詰まらなさそうな顔をしているのだろう。唯一見える唇がへの字に曲がっている。
踵を返して帰って行くその背中を見送っていれば、ふと思いついたように丹色が振り返る。

「あ、一応私が買うんだから、それなりに遠慮してねー」

それだけ言って、彼女は後ろ手に手を振りながら去っていった。本当はこうして見送ることも、なかなか難しいことだ。いっそのこと、見向きもしない方が彼女の体調には良いのだが、歌仙にはそうすることができない。良くも悪くも、歌仙は彼女を主として慕っている。だからこそ当然のように見送る。
はあ、とひとつ息をついたのは、彼女が姿を消してからだ。ふと、手に持つリモコンに目を遣る。無機質で無愛想なこれら通信機器が、彼女と刀剣らを繋ぐ主要な手段だった。



歌仙ら刀剣男士の前に滅多に姿を見せることのない彼女に連絡を入れるのは、専ら歌仙の役目だった。
それは歌仙が初期刀であり、誰よりも丹色への対応方法を知っているからだ。そもそも、歌仙が丹色に報告を行っていることを知っているのは、この本丸内で幾人か。3分の1いればいい方だろう。敢えてそれを言わない歌仙らも歌仙らなのだが。

「ちょうっと待って。マッテマッテ」

なにやらうまく整理できていないらしい蛍丸が、頭を押さえ、空いた手で歌仙の言葉を制した。

「なんだい?」
「見るの?審神者が?これを?この食材管理表を?」
「食材を買い足しているのはいつも彼女だよ」
「うっそぉ!」

蛍丸が頭を抱えた。笑顔で言い切った歌仙の口から飛び出したのは驚愕の新事実だった。

「じゃ、じゃあ、今日鮟鱇がきたのは…」
「それに書かれたのを見て、わざわざ買ったんだろうね」

今まで関わることがなかったはずの審神者が、まさかこんな身近なところに関わっていたとは。いるかしないかも分からない審神者のその行動が信じられなくて、立ち竦む蛍丸。普段から食材管理は審神者が手ずから行っていることを知っていれば、別段不思議がることではない。しかしそれを知る刀剣が少ないのでは意味もない。
なんとなく現状を理解した蛍丸は、ハッとして振り返る。ちょっと待って今剣は大丈夫な……

「……」
「今剣がかつてないほどに白い!!」

真っ白だった。顔面蒼白とかそんなレベルじゃなかった。頭の先から足の先まで色が抜けて白いモニュメントと化していた。

「あ、るじ、さま、がみて、る」
「おや、相当ショックだったんだね」
「かーせーんー??」

あっけらかんと言い切った歌仙に、蛍丸は納得のいかない声を上げる。

「なんで今まで黙ってたのさ」
「色々あるんだけどね。まあ言う必要まではなかったから」
「軽 い」
「そうかい?」

ははは、と笑った歌仙だが、ここですっとその表情を落とすように消した。あれ、なんか怖い。

「僕だって意を決して鮟鱇を食べたんだ。食わず嫌いは許さない」
「え゛」

がしり、と蛍丸の腕が掴まれた。続いて歌仙が手を伸ばしたのは今剣。
こちらも歌仙に腕を掴まれて初めてハッとした様子だった。
蛍丸はぐっと腕に力を入れて抗戦を試みるが、振りほどくには至らなかった。本来なら腕力で負けるはずのない大太刀蛍丸。しかしながらそれができないのは悲しいかな練度差というやつだった。

「さあ、戻ろうか」

歌仙がにっこりと笑った。



「「おいしいです…」」
「君たち顔がほころんだり青くなったり忙しいね」

残りわずかだった鮟鱇鍋を、燭台切が改めてお椀によそった。それを歌仙の監視のもと食べきった二人の感想に、いつの間にか近くに控えていた薬研が満足げに顔をニヤつかせた。
食べる直前までは青かった顔も、一口食べれば簡単にほころんだ。食べ終わったところで脳裏に鮟鱇が泳ぎだして、また顔を青くさせた。近くに鯰尾が寄ってきて、笑顔で今剣に話しかけた。ちなみに鯰尾は後ろ手に骨喰藤四郎を引きずってきていた。どれだけ骨喰が好きなのか、蛍丸には少々測りかねた。

「ね?おいしいでしょ?」
「なまずおがあんなことかかなければよかったのです!!」
「あはははは」
「なにがどうおもしろいの鯰尾…」

怒る今剣と辟易する蛍丸。鯰尾が笑い転げて骨喰にもたれかかった。骨喰は怒る気配も嫌がる気配もなかった。

「…そういえば、」

この鮟鱇は審神者が買ったんだっけ。そう言いかけて蛍丸はハッと口を噤んだ。今まで蛍丸が食材のことを知らなかったように、同じく審神者が身近に潜んでいることを知らない刀剣男士は少なくないはずだ。
そんな審神者のことを、軽々しく口にしていいものか。思い悩んで蛍丸は不自然に言葉を途切れさせてしまった。不思議そうに燭台切が見つめてくるのを、そう回避しようか思考をめぐらしたところで、今剣が蛍丸の努力を無駄にした。

「このあんこう、あるじさまがこうにゅうしたんですよね…」

広間の空気が凍った。なんてことを言ったんだ今剣!そう怒鳴りそうになったのを耐え、蛍丸はとりあえず歌仙を見た。しかし歌仙は特に反応を示してはいない。周りの反応を観察しているだけのようだった。歌仙と同じように、何の反応も示していないのが数振りいるがそれ以外は……まあ、三者三様というやつで、各々の反応はあるものの、その驚きが色濃く出ていた。今剣の言葉がうまく理解できていないのがありありと見て取れた。
食わず嫌い代表和泉守兼定は、とりあえず箸をぱちりと机に置いて「鮟鱇」と小さくつぶやき、口を抑えて静かに退室した。もちろん堀川が追いかけていった。主より鮟鱇の方が衝撃的だったようだ。
主については鯰尾も知らなかったのか、え、と呟いて固まっていた。そのあとすぐに騒がしくなったが。

「えええええええ!?!?」
「ああ…やっぱりなまずおもしらなかったんですね…」
「ちょっと待って、じゃあ俺たち主に直接鮟鱇頼んじゃったってこと!?」

うそだー!と顔を真っ青にして頭を抱えた鯰尾の気持ちが分からないでもない。見る影もなかった審神者が、実は近い距離で関わっていた。これで驚かないはずがない。
しかし、鯰尾同様、復活が早かったのはほかの一部刀剣男士も同じことであった。電光石火の勢いで今剣に詰め寄って来たのは加州だ。しかし、意外にも以前の主以外に興味のなさそうな大和守も一緒だった。加州がぐっと今剣の左肩を掴み、大和守は右肩をめりめりと掴んでいた。この光景を見た瞬間、さすがの蛍丸も今剣が可哀相になった。

「え?なに?注文ってなに?会ったの?主に会ったわけ?オラ」
「いつ?いつ会ったの?なにもしてないよね今剣。正直に言わないと首落とすよオラ…」
「いたいいたいい!!ぼくがなにをするというんですか…!」

苛立たしげに今剣が反論したが、恐怖が優っているのかその声が少し震えている。オラオラオラオラ……と呪文でも聞こえてきそうな…というか若干聞こえ始めている二人のオーラに、周りも近寄れなかった。あきれ顔の歌仙とケラケラ笑う乱だけが平常心のようだ。


だん、と茶碗が机に勢い良く置かれる音がして、見てみれば犯人は宗三左文字であった。普段はちまちまとしか食べない彼が、かき込んだのか口にいっぱいご飯を頬張りハムスターのようになっている。ぐいっと味噌汁を男気溢れる動作で飲み干すと、またもだん、と強くお椀を置く。箸だけは丁寧にぱちりと置いた。

「──……部屋に帰ります」

しばらく咀嚼して、中身を飲み込んだ後に、そう言い残して足早に広間を出ていった。
一体何が彼の逆鱗に触れたのか。しんと静まり返った広間内で、今剣のますます震えた声が響き、その弱弱しさに蛍丸も思わず声をかけた。

「……ぼくはとんでもないことをいったのでしょうか…」
「あ、泣かないで今剣…」

 
モドル
手を