07


長風呂してしまった、と歌仙は息を吐いた。少々火照りすぎた体を冷やしながら、歌仙は乾いた喉を潤す水を求めて台所へと足を運んだ。
台所に差し掛かったところで、台所がやけに騒がしいことに気づき、ふと足を止めた。今日、夕餉時に今剣が食材管理表について暴露した。まさか誰かが管理表に群がっているんじゃなかろうな。そう思って歌仙は足音を消し、しかし速度は早めて台所に近寄った。

「ひとつ!この食材管理表は主がボクたちの食料を管理するためのもの!従って主はほぼ毎日これを見る!」
「ちょ、乱!声が大きいよぉ…歌仙に見つかったら怒られる…」
「ダーイジョウブ。鶴丸さんも一緒にお風呂入ってたもの。なんか話し込んでたからミヤビの長風呂決定だよ!」
「うーん…だけん、風呂に入ってからえらい時間たっとーよ」

台所から乱の大声と、声を抑えた五虎退と博多の声が聞こえてきて、歌仙はため息をつく。事実長風呂はしたが、こうして出てきている。意味がない。

「さあさあ、次だよ!ふたーつ!それをミヤビは独り占めしていた!」
「そればり腹立つぅ!」
「ずっりーよなー」
「そこだよね!」

…おい。思わずそう口にした。今、短刀に紛れて明らかに脇差の声が混ざっていた。

「みっつ!ここに書いた欲しいものは主が自ら買うので高いものは書けない!」
「今回は鮟鱇が来たけどなー」
「うう…っ!」

厚と今剣の声もした。どうやら台所には多くの刀剣男士──とくに短刀──がいるらしい。
時間は既に9時を過ぎており、そろそろ薬研が彼らを探しに本丸内を歩き回る頃合だ。何故か探すのか、当然ながら寝かし付けるためである。

「というわけでぇー!ものをねだる以外のことをとにかく書き込みましょー!」

おー!という声が聞こえてきて、歌仙は諦めの息を吐く。何かを強請るようなら止めようと思ったが、これならば必要はあるまい。短刀の中では飛び抜けて可愛げの無い乱であるが(というか、可愛げのある短刀もあまりいないのが実情)、こういうところで健気さを発揮するのは可愛いとは思う。

「ええ、でもなんて書こうかなぁ…」
「虎が可愛いですでいいんじゃないの?」
「て、適当…!」
「ボクは元気ですかって書こーっと!」

思わず頬がゆるみかけたとき、スタタタと廊下を身軽に駆ける音がして、見てみれば薬研藤四郎がこちらへかけてきていた。
台所の前で立ち竦む歌仙に、あれ?と呟いて薬研はふと足を止めた。歌仙はちょうどいいと思って、台所に背を向けて薬研のもとへ歩み寄れば、彼はますます不思議そうな顔をする。

「お探しの短刀たちは台所の中だよ」

言えば薬研はわずかに目を見開いた。

「もしかして?」
「管理表を使っている。まあ、ものを注文するようなことはなさそうなので一応様子見しているところ、かな」

言って台所を振り返った。中からする声はすでに抑えるということを知らないようだった。わーわーと大声で話し込んでいる。その様子に、薬研は呆れたように腕を組んだ。

「…あんな堂々とよくやるよ乱も」
「呆れるのはまだ早い。あれでひっそりやっているつもりだ、彼らは」

薬研が頭を抱えた。
それに歌仙はさらなる追い打ちをかけた。懐から取り出したのは、食材管理表に文字を打ち込むためのリモコンだ。今まで、誰にもこのリモコンの存在は明かしていなかった。事情はもろもろあるが、使わなかったから、という理由が大きい。当然薬研も、そのリモコンが何のリモコンか分からず、首をかしげてリモコンを見た。

「それは?」
「あれに文字を打ち込むには、本来はこれが必要でね。パソコンや携帯の要領で文字を打ち込む。あれにはこれがいる。ちなみにこれの存在を話したのは薬研が初めてだ」
「……は?じゃあ、今剣はどうやって鮟鱇を注文したんだ?」
「ボードに直接字を書き込めるみたいでね。指でなぞれば文字が書ける」
「は…はぁっ!?」

素っ頓狂な声を上げた薬研に、だろうな、と歌仙は内心で呟く。いい顔をしないであろうことは、考えるまでもなく予想ができていた。この後にくる言葉も、簡単に想像ついた。もしその言葉が来たら、明日だと言ってやろう。そう心に決めた。

「ちょ、文字って、直接!?指で書くのか!」

審神者と刀剣が直接会うことがない理由。直接会話するのではなく、文書でもなく、あえてパソコンなどの情報機器でだけで──それも報告の刀剣を厳しく制限した上で──行う理由。
それは主たる審神者への負担を減らすためだ。文字には力が宿る。特に血文字などはもはや強力な呪いとなる。それほどではないのだが、データ越しであっても、文字は文字だ。パソコンなどで打たれた2進数の羅列とは訳が違う。やはりそこには、僅かながらも力が宿る。
その力は、審神者を蝕み得た。だから刀剣と審神者とのやりとりはデータのみで、それを行う刀剣もひと握りに制限されていた。
これを知っている刀剣の一人である乱が、これを破ろうとしている。
焦燥の色合いを浮かべる薬研とは逆に、歌仙は飄々としている。

「そう言ったんだけど?」
「──わかってんのか!文字は」
「薬研、明日でちょうど半年だ」

言えば、薬研が黙り込んだ。

「だから乱もこれを提案したんだろうさ。出てこない奴も悪い」

ピシャリと言い切る歌仙に、薬研は反論はしなかった。思うところは、薬研にもあったからに違いない。しかし、納得できるのかといえば、そうでもない。

「鶴丸国永を顕現した地点で僕は確信したぞ」

その言葉に、薬研はしばし黙った。ほどなくして、はあ、と薬研が息を吐いた。

「…おれっちもだよ」

観念したような声でそう呟いた。
明日で、審神者が刀剣と会わなくなってからちょうど半年になる。この半年間の関係断絶──必要最低限の連絡はとっているので断絶と言うと語弊はあるが、概ね間違いはない──は無意味なものではない。むしろ、本来は関係強化のための半年間と言えばいいか。
その理由は、簡単に言ってしまえば審神者の養生期間だったと言っていい。詳細は今は置いておくとして、鶴丸国永の顕現成功は、丹色の状態が心身共に健全である証と言っても良かろう。

「……おや、参加はしないのかい?」
「その台詞、そのままお返しするぜ。…前田と秋田と平野が部屋で待ってるもんでな。連れてくる。厚もそのうちくるだろ」

台所に背を向けた薬研に、歌仙は意外そうな声を上げる。しかし薬研も参加しない訳ではないようだった。言うだけ言うと、たっと走り去ってしまった。
……厚藤四郎も中にいるぞ、とは言わなかった。というか、いう前に薬研が走り去ったからなのだが。その背を見送って、歌仙はわずかに台所に意識を戻した。
相変わらず愉しげな声が響いていた。



薬研が前田らを連れて戻ってきたときには、台所前から歌仙はすでに姿を消していた。歌仙はなんだかんだで世話焼きな性格ではあるが、世話好きではない。大丈夫と思ったら見切りは早い。
この場合は乱らの行動が主に無害だと判断したのだろう。

「薬研、いいのー?」
「こんな時間に起きてること、あまりないので少しばかり不安です」
「1日くらいいいだろ」
「それに乱のやってること面白そうですしねー」
「えー、前田ぁー」

乱が件の食材管理表で主に伝言を残そうとしている。それを伝えれば真っ先に食いついてきたのが前田であった。
ノリノリな前田に反して、秋田と平野が不安げだ。まあ、今まで関わりも薄く、怖い印象が強いであろう審神者に伝える言葉など少ないかもしれないが。

「お前らって大将に会ったのは顕現の時だけだっけか?」
「僕と秋田はそうだよね。前田は一回だけ本丸の外に行ってたよね」
「うん。近畿議会に御一緒しました。そのあとこっそりお参りに連れて行って頂きました」
「え、そうなの?」

はい、と嬉しそうに前田が笑う。薬研も初耳だったのか、目を見開いて前田を見ている。

「優しい御方ですね。アイスクリームやお団子をいただきました」
「ええええ!ず、ずるい!」
「役得、というやつですね」

ふふ、と笑う前田の両肩が、がっと薬研に掴まれた。

「ちょっ…それいつ!」
「?ふた月ほど前です。一人でお出かけなさる様子だったので、頼めば連れて行ってくださいました」
「…まじか」
「薬研?」
「な、なんでもねえ…」

何でもないという割に頭を抱えているが、大丈夫だろうか。
どこから突っ込めばいい、とか、むしろこれから…などとブツブツ言っているが、前田らには理解ができない内容だったので放っておくこととする。聞いても答えてくれなさそうだからである。薬研はかなり前からこの本丸にいるが、そういった古参の刀剣たちは皆一様に審神者に関して、たまに黙秘することがある。今回もそれに該当しそうだと判断した。
それよりも、と前田は視線を廊下の先に移す。一度だけ触れ合った主との外出に思いをはせる。実に楽しい思い出だった。

「あっ、前田」

悩む薬研を置いて、前田は未だに騒がしい台所の戸口に駆け寄った。引き留める声は無視して、スパーンと開いた。
ぱたりと静かになった台所にいたのは、乱、五虎退、今剣、博多、にっかりだった。思いのほか人数がいた。
当然中にいた刀剣らは皆一様に、前田を大きな目で見つめていた。その中で筆頭の乱が顔を引かつらせていて、青江は大して表情が変わっていないから前田らに気付いていたのだろう。

「就寝時間ですよ」

言えば、たちまち顔色を悪くさせた五虎退が乱ぇ!と彼を振り返った。それに顔色を悪くさせたのは博多も同じで、視線をさまよわせるも、後続して来た薬研に目を止めてまた顔を蒼くさせた。

「…なーんて、意地悪は言いません」
「へ?」

またも目を見開いた乱らに、前田は笑う。

「僕らも混ぜてください」

 
モドル
手を