褌と脆弱性


浴場が開かれるのは夕方5時から夜は10時が基本である。あとは、その日の出陣状況によって変わる。それ以外で使おうと思えば、使えるのはシャワーだけになる。
今日は予定通りの作戦遂行が適ったため、いつもどおりの開放時間となる。ひと悶着あった夕餉の後片付けを終え、歌仙は1日の疲れを癒しに風呂場へ足を踏み入れた。

「お?歌仙じゃないか」
「…おや」

脱衣所で服を取り去って浴場内へ入れば、洗い場に座り込む鶴丸国永がいた。
時間は比較的遅い。ちょうど8時すぎで、大体の刀剣男士は7時頃には入ってしまう。鶴丸国永は典型的な夕飯の前に風呂に入ってしまうタイプの刀剣だった。だから、こんな時間にここにるのは珍しい。

「どうしたんだ、こんな時間に」
「……やー、今日の昼間に馬糞を被ったろう」
「……あー」

そういえば、五虎退を追いかけて馬糞を持ったまま台所に突っ込んで来そうだった鯰尾に、投げた。鶴丸国永という希少価値の高い太刀男士を、こう…一本。
今日の昼過ぎとも夕方とも取れぬ時間帯のことだった。
謝るべきか、と頭の中で考えている歌仙に対し、鶴丸は大して気にしていない様子で、続きの話に入った。

「あの後直ぐに、シャワーを浴びたんでな。今日はもういいかと思っていたんだが……まあ、やっぱり浴槽に浸かりたいよな」
「なるほど」

ということは、ほぼほぼ浸かりに来ただけ、ととって良いのだろうか。
歌仙は体の汚れを落とそうと、鶴丸の隣に座る。そこではたと鶴丸の手元に目が止まって、動きを止めた。

「………………君、それ、なんだい」

声が震えてないか心配になった。心配通り、ぶるぶると声が震えていたのだが、歌仙にそれに気付く余裕はない。歌仙の問いに、鶴丸はああ、と手元に視線を落とし、そして輝くような笑顔を歌仙に向けた。

「褌だ!」
「そんなことは見れば分かる!!!そんなことを聞いてるんじゃない!何故持ち込んだ!!!」
「洗うためだが」
「……!…っ!!」

サラッと返した鶴丸に、歌仙はどう返していいものか思い浮かばず、震えるだけで沈黙した。何故褌を風呂場へ持ち込んだ。そもそも何故己の手で洗おうという発想に至ったのか。
つい、と視線をずらせば、棚の上に置かれた衣料用洗剤アタ○クのパッケージが見えた。この刀、ガチで自分の褌を洗っている。

「……」
「いや、俺もかなり真剣に考えた結果なんだぜ?」
「……」

気絶したように固まる歌仙に、鶴丸は一応そう声をかける。
実際鶴丸はすごく考えた。考えに考え抜いてここで洗うことにした。
原因は夕刻頃の審神者との邂逅だ。そこで鶴丸が知ったことのひとつに、彼女が刀剣男士の洗濯物を一手に引き受けていた事がある。それはつまり、今までは褌も彼女が洗濯していたに他ならない(丹色自身は洗濯機で洗って干すだけなのでなんとも思っていないが、鶴丸が気にした)。
今まで洗われていたのだ、今更気にすることもないような気もしたのだが、知ってしまったからには……少々抵抗というか、罪悪感というか、そんなものが湧いてしまったので、己で手洗いしてみた。非常に面倒であったので、これからは甘えようという結論に至ったが。
そんな経緯だが、それを歌仙に話すのもはばかられる。とりあえず笑って誤魔化してみたのだが、歌仙は相変わらず固まったままだ。

鶴丸は褌を丁寧にすすぐと、べちりと近くに置く。置くな、そんな歌仙の重いは届かなかった。

「……いやしかし、これ。…どこでどう干そうか」

ふむ、と考え込んだ鶴丸にやっと歌仙がはっとした。

「頼むから部屋で干さないでくれよ…!!!」
「同室でもないだろうに」
「江雪殿が浮かばれなさすぎる」
「あの御仁はお優しいから大丈夫だ!」

和睦…と呟く江雪を頭に浮かべる鶴丸。文句は言われるだろうが、なんだかんだ言って受け入れてくれよう。
寝室は基本的に、種類別になっている。ゆえに、太刀は太刀と同室だ。

「それよりも、みっちゃんの方が問題だな!」
「おいまさかそれ燭台切殿のことか」
「正解だっ!」

鶴丸がウインクして歌仙に拍手を送った。要らんと歌仙がその手を叩いた。しかし鶴丸悪びれない。

「光忠はなぁ、褌を干せば、その瞬間にどこぞへ持って行って処分してしまいそうで…」

想像できた。
太刀部屋はおそらく、この本丸内で最もきれいと言える。部屋が少しでも散らかれば燭台切がせっせと片付けてしまうし、埃等が積もれば江雪がすぐにきれいに取り払う。
そんな部屋に、褌が干される。その心中を察して、歌仙は痛む頭を我慢して鶴丸に向き直る。なんとかして、通常通りの洗濯に出させたい。

「で、何故自分で洗おうという結論に至ったんだい…」
「あっははははー」
「笑 っ て ご ま か す な」

殺気立って鶴丸を見れば、鶴丸は観念したように長い息を吐いた。

「あー。君は、今日俺が主に会ったと言えば怒るか」

ちらりと歌仙に目を向けて、その様子を伺う鶴丸はさながら叱られるのを待つだけの子供だ。
垣間見た歌仙は驚いたようで、目を真ん丸に広げて鶴丸を見ていた。
しばしの間が空き、歌仙は鶴丸の予想を裏切る音色で一言返した。

「…いいや?」

もちろんきょとんとする鶴丸。
意外だった。聞けば、一部の刀剣は主には会わないように、と口酸っぱく言われた者もいるらしい。なので、当然ながら鶴丸も怒りを買うかと思っていたのだが、歌仙はそれをどうとも思っていないようだった。

「主はどうだった」
「どうって言われてもだな…」

言っていいのか。言っていいのかあの様子を。イメージからはかけ離れた、まるで別人のような審神者を。

「あ…ああー…」
「どうした?」
「…いや…うん、まあ…なんだ。……ツルナガと呼ばれていて驚いた」

これだけでも衝撃的だろう。しかし、あの様子を伝えるよりかはマシかと、そう思ってだったが、歌仙はクスクスと笑って「あの人らしい」と呟いただけだった。その言葉には、鶴丸もぽかんとせざるを得なかった。

「え、ちょ、それが普通なのか!?一部刀剣には、会ってはならないと言われたとか、色々言われたぞ俺!?今日しっかりがっつり会ったぞ!?腹に一撃を食らわされて中傷に至ったぞ俺!いいのか!?会って良かったのか!?むしろ俺が大丈夫か!?」
「全くもって落ち着かない主だな、ここの主は」
「………いやいやいやいやいや…いやあの、え?主の性格は普段からあんなだったか!?」
「古参なら知っている、といったとこか」
「なるほど!……いや納得しがたいんだが!」
「だろうね。それはそうと落ち着いてくれ」

いつの間にか立ち上がっていた鶴丸だが、歌仙に諭されてしおしおと小椅子にに腰掛けた。

「話すと長いんだ」
「何がだ?」
「主が離家に引きこもっている理由」

え。と鶴丸から驚きの言葉がこぼれた。

「聞かせてくれるのか?」
「まあ、どうせ頃合を見て教えようと思ってたことだしね。それに」

歌仙が僅かに目を細めた。それに?と先を促せば、歌仙は僅かに脱力して頭を横に振る。

「いや、こちらの都合だ。それに、先に会ってしまったなら、話した方がいいだろう」

確かに。審神者について、中途半端に知ってしまったからには、あれこれと主について考えていたのは確かだ。
それは要らぬ誤解や曲解を生みかねない。だからこそ、鶴丸にはさっさと話してしまおうという歌仙の判断だった。

「聞きたいことはたくさんあるぞ。その言い方だと、審神者はもともとこちらによく顔を出していたようだ。そして何らかの理由で離家に引っ込んだと。そう聞こえる」
「大体合ってるな」

言って歌仙は少し考えた。
どこから話そうか、と。

「主は、神気に脆弱だったんだ」

そう、これが、このたったひとつの性質が主と刀剣にこれほどの距離をもたらした。

 
モドル
手を