02





「まさか太刀一本でこれとはな」
「私も流石に驚きました」

霊力が弱い、とは前々から感づいてはいた。それを示唆するような言葉が聞こえてくることもあったし、何より丹色自身がそれを感じることがあった。しかしまさか、太刀一本顕現しただけで気絶してしまうとは思わなかった。
顕現したのは江雪左文字。審神者一般にレア太刀と呼ばれる希少価値の高い刀剣である。
この刀身が打ち上がったとき、丹色は迷うことなく顕現を試みた。初めての太刀であったのだ。試さない訳がなかった。

この頃の丹色らの戦場は激化の一途を辿っていた。最初の頃はちょっとした少数部隊を潰す仕事だったり、他の審神者の取りこぼしや残党狩りがメインであったのだが、最近ついに主戦場へ足を運ぶことが増えてきた。そうして見えてきたのは自身の部隊の所謂『火力不足』だった。丹色は歌仙らの報告を聞く度にそれを思うようになってきていた。
太刀は機動力に劣る代わりに一撃が重いという。打ち刀以下で集められた丹色の部隊はある意味で機動特化だ。兵は機動なりとはよく言ったもので、事実彼らの戦績は非常に優秀だと思う。しかし、明らかに作戦行動時間は伸びてきていた。ゆえに、かすり傷も増えてきた。これではいつ大けがするか、気が気ではない。

「…にしても、変だなぁ」
「なにがです?」

本丸の離家は審神者の領域である。そこで寝泊りする丹色の書斎に、一人の人間の男が訪ねてきていた。
名を門前真一といい、何やら引っかかることがあるということで、考え込むように顎に手を当てていた。部屋の外では薬研が、見慣れぬ男に警戒しながらじっと座り込んでいた。明らかに視線がするどいので、丹色もどこか居心地が悪い。

「いや、君の霊力値、高いわけではないんだけど、そこまで低かったかなって」
「というと?」
「太刀一本顕現したくらいでは、そこまではならないと思ってたんだよ。実際、君の霊力はそんなに減ってないしね。顕現は昨日だろ?」

え、マジで。思ってまじまじと門前を見る丹色。門前はいまだうーんと難しい顔をしている。
門前の言う通り、江雪左文字を鍛刀・顕現したのは昨日のことだった。式神が打ち上げた刀を見た時に、太刀だ太刀だと喜んですぐに顕現の儀に入った。顕現自体は上手くいったと思ったのだが、その後からばっつりと記憶がない。目が覚めるとすぐ横で歌仙と薬研と乱が難しい顔で居座っていた。何事かと思ったが、事情を聞いて、こんのすけの助言のもと、すぐに担当の門前真一を呼び出して、今に至る。

「顕現の時、霊力を取られる感覚はあった?」
「確かにいつもより多くとられた気はします」
「ふんふん、それで気が遠くなった?」
「いや、特には」
「え?」

問われて、丹色は江雪左文字の顕現の時のことを思い出す。そう、確かに、いつも以上に霊力が持っていかれた気はしたが、そんな気絶するほど持っていかれた感覚はなかった。実際、顕現したときには丹色の体調に変化はなかった、と思う。

「じゃあ、いつ気絶したのさ」
「それがあんまり…。江雪左文字様とお話をしようとしたところが最後の記憶ですね」

そういって丹色は振り返って薬研に目を向けた。今回の鍛刀についていたのは彼だった。丹色の視線をうけて、薬研はその時のことを思い出したように顔を歪めた。

「…大将の言うとおりだ。江雪の旦那と話す前に大将が倒れた。旦那が言うには、目が合った瞬間に倒れた、と」

江雪左文字は念のため離家には来ていない。何が原因なのかはっきりしないので、大事を取って江雪は未だ丹色とまともな話をしていない。
薬研の言葉に、門前が目を見開いた。

「……目が合った瞬間、」
「何か心当たりでも?」
「…ああ、まあ、ね。うーん」
「門前さんにしては歯切れが悪いですね」
「…君、感受性が強かったよね」
「感受性がどうかしたんですか?」

感受性が強いというのは、この本丸に入る前から言われていたことだった。丹色の霊力値としては、いたって平均的なもので、多いというわけではないが、決して少なくはない数値だった。その霊力の性質としては、どちらかというといいものだそうで、その中でも感受性はとくに高いという。これは本丸に入る前に政府で診断される事柄で、その時はさらっとそう説明を受けただけだったので大して気にもしていなかったのだが、まさか今になって問題になって来るとは思わなかった。

「うーん?もしかしてあのとき言ってたのって…いやでもなぁ」
「門前さん?」

なにやら意味深に考え始めてしまった門前に、丹色は首をかしげるしかない。
しばし考え込んだあと、門前はいいづらそうに重々しく口を開いた。

「ちょっと君には辛いかもしれないけれど、実験させてくれないかな」




口を開きかけて、鶫(つぐみ)は慌ててその口を閉じた。彼が口にしようとしたものは、所謂真名というやつで、刀剣男士には間違っても知られてはならないものである。…たぶん。
たぶんというのは、確信がないからだ。政府の方針と、実際に真名関連で起きた事件が原因で、審神者は真名を隠す。とにかく、いまは刀剣男士がいない空間ではあるが、あまり口にするものでもないだろう。
目の前にいる大和の号を持つ女は、現世からの知人であった。面布で顔は直接見えないが、確信はあった。とはいえ、審神者になってからというものの、会うことはまったくなくなっていたというのが実際のところだ。
さて、ここで鶫はひとつの問題に直面する。鶫の号は安芸であり、号が違うので審神者の集会でこの女と会うこともなかった。なので、鶫はこの同期の真名は知っていても、字を知らないのである。

「大和丹色。私の号と字」
「あ、ああ…俺は安芸鶫」

知り合いに対して改めて自己紹介するというのはなんだか妙な気もする。
検証実験に付き合って欲しい、と呼び出された場所は政府の支部のとある一室であった。呼び出された鶫の刀剣はランクアップ前の短刀、脇差、打ち刀をそれぞれ一口ずつを指定されていた。三人とも、今は室外にて待機している。理由はこの、目の前の丹色のためと言ってもいい。

「何その女みたいな名前」
「好きでつけたわけじゃねえよ!」
「はいはい、喧嘩させるために会わせたわけじゃないよ」

軽口で言い合うふたりに、このままでは先に進めない、と門前がその会話を打ち切った。

「鶫くん、刀剣たちには指示してきた?」
「いちおー」
「うん、ありがとう。じゃ、お願い」

軽く挨拶したあと、門前が鶫を外へ促した。言われたとおり、すぐに退室した鶫を目でおって、次に門前へと視線をやった丹色。
門前は丹色を振り返ると、歩み寄ってきた。

「ちょっとつらいと思うんだけど、付き合ってね」

そう言って机に置いてあった、丸められた絨毯に手を伸ばす。床の空きスペースに広げれば、そこには漢字と記号の羅列が並び、実に奇妙な図が出来上がっていた。
その右端と左端にぽっかりと描かれた円があり、その右側に立つように言われる。言われるがままに丹色は右橋の丸の中に立つ。

「神道と陰陽道を組み合わせてみた。君の状態と僕の状態が同期するように作ってある」
「ということは、私に異変があれば、門前さんにも異変が現れる、と?」
「うん。まあ安心してよ、実際にそうなるわけではなくて、感覚の問題だから」

広げた絨毯を整えた門前は、ぐっと伸びをすると一歩足を踏み出してもう片方の丸の中に入った。その瞬間に感じたのはまるで体がもう一つあるような不思議な感覚だ。触覚や視覚が奪われるようで、少し気持ちが悪い。

「もうすぐ鶫くんが自分の刀剣を連れて部屋に入ってくる。その時の君の体調・感覚・感情。全部が僕に同期する。余計なことは考えない方がいいよ」
「ちょ、なにそれ聞いてない」
「あ、勝手に出ると何が起きるか分からないからでない方がいいよ」
「は、はあ!?!?」
「言ったら入らないでしょ、君」

この絨毯が何か。それを知らずに入るべきではなかった。心底後悔しながら、丹色は諦めて肩の力を抜いた。
ちょうどその時、鶫が戸を開けて入室してきた。連れているのは短刀の前田だった。その目は鶫の両手で覆われていて、下手をすれば変な事案でも起きているんじゃなかろうかと疑いたくなる光景だった。
だって考えてみてほしい。面布をした白髪の男が見た目小中学生の男の子を目隠ししながら現れたら…道端なら通報ものだ。お巡りさんこいつです。

「てめえ…いま失礼なこと考えただろ…」
「やだ鶫くんったらまた人の心を読んじゃって、エッチ!」
「オマエ絶対ェあとで殴る」
「そんなことより、何その事案」
「お前俺が誰のためにここまできたと思ってる…!」
「スマンカッタ」

やっと会話が落ち着いたところで、目を塞がれていた前田が「主君…?」と小さく呟いた。ああ、と気づいたように鶫が前田に視線をやる。

「ようっし手ぇどけんぞー」

言って鶫はパッとその手を開くように手を放した。
視界が開けた前田はパチパチとまぶしげに瞬きを繰り返していた。かわいいなあ、と思ってその様子観察する。丹色の本丸の前田も可愛いの一言に尽きるが、どこの前田もやはり可愛い。
その前田も、さすがは短刀というべきか、すぐに明かりには慣れた様子で、その視線を丹色らに向ける。不思議そうに見るその目が丹色を捉えたとき、丹色の体に一瞬だけチリリとした僅かな痛みが走る。この痛みは覚えがある。審神者になる前に、だ。審神者になる前に、こうして刀剣男士を見る機会があったのだが、その時もこんな感じの痛みを味わった覚えがある。その時にはもっと強烈だったのだが。
ピリピリと肌を焼くような痛みがまだ残っているような気がして、思わず腕をさする丹色を見た前田は僅かに目を見開いた。

「ど、どこか具合でも…?」
「ああ、ううん。大丈夫」

僅かに困惑したような前田を安心させようと、丹色は笑顔で受け答えする。特に無理をした様子のない丹色の笑顔に、前田がホッと息を吐く。
しかし、やはり痛みは妙に体にまとわりつくようで忘れられない。この感覚は門前にも伝わっているのだろうか。思って門前を見てみれば、門前は考え込む様子で腕をさすっていた。

「何かわかりましたか?」
「うーん」

声をかけても考え込む様子であったが、ふと顔をあげたと思えば、鶫に一言だけ「次だ」と指示した。

「次は脇差だ、お願いするよ」

わあ、この流れで脇差だと、もっと痛いんじゃないの。
思って丹色はまた肩を落とした。

 
モドル
手を