03


「主は神気に脆弱だったんだ」

神気とは、すべての刀剣が持つ力の種類である。妖怪とも神とも言われる付喪神であるが、その根本は同じようなものだ。違うのは人に仇なすか、益するか。祓われるべきものか、祀られるべきものか。たったそれだけの違いだ。いずれにせよ、人の持ちえない力を持つ。
人が持ち得る力を霊気というのならば、刀剣が持ち得る力は神気である。そして、審神者はその神気に耐えうる力が無くてはならない。そこに脆弱性があるというのなら、それは審神者としては致命的な欠陥ではないのか。
呆然と歌仙を見る鶴丸の横で、歌仙はわしわしと頭を洗っていた。

「霊力は低いわけでもない。その質はどちらかといえば良い方だ。持っている神気への抵抗力も問題ない」
「ならばむしろ、神気には強いのでは?」
「ああ、違いない。政府もそう考えていたみたいだしね。実際、ある時までは僕たちは何も感じることはなかった」
「あるとき」

ざあざあと泡を流しきると、歌仙は髪を書き上げてトリートメントに手を伸ばした。最初の頃はシャンプーだとかトリートメントだとかは慣れなくて苦手だったが、今ではなくてはならない必需品である。
『あるとき』というのは、実はかなり初期のことで、丹色が審神者をはじめてひと月ちょっとの頃合に発覚した。

「初めて太刀を顕現したときだ。近侍は薬研だったな」

時計を見れば8時半で、当の薬研は今頃就寝準備に勤しんでいる頃だろう。そのあと彼らが本当に寝付いているかどうかは歌仙も知らないが。

「鍛刀には問題なかったんだがな。それをいざ顕現したら、突然倒れた」

なんとも無げに言うが、それってすごくまずいことではないのか?鶴丸は、そんなまさか、と目をパチクリさせた。

「…た、太刀1口でか」
「ああ、たった1口顕現しただけだ。それまでに短刀や脇差を問題なく鍛刀顕現してきた主が、なんの前触れもなく、ばったりと倒れた。目が覚めたのは丸一日後だな」
「それは、霊力不足ということか?」
「いいや、違う。それなら鍛刀した地点ですでに気絶している。顕現で倒れるほどに霊力を食われていたとしても、それなら顕現する前に気付けたはずだ。それが突然ばったりだったからね。その時は薬研でも倒れた理由がわからなくて、軽いパニック状態だったよ」

聞いて、鶴丸は僅かにぞっとする。あの元気そうな審神者がなんの前触れもなく、それも理由も分からず倒れたと想像すれば、恐怖心にも似た感情が浮かび上がる。確かに、怖い。
原因がわかっているからだろうか、ヒヤリとした鶴丸に対し歌仙はケロリとした顔で体を洗っていた。

「そのあと政府にいろいろ調べられたんだけどね。結論として、神気に脆弱であると判断された」
「その脆弱っていうのが、あまりピンとこないんだなあ。どう弱いんだ?」

例えば、霊力が少なくて、命に関わる量の霊力を鍛刀で持って行かれた、だとかなら鶴丸も想像がつく。しかし、歌仙はその可能性をはっきりと否定している。主の問題はそこではないというのならば何が問題なのか。分からないので想像しづらい。これでは主に対して同注意を払うべきかが分からない。神気に脆弱だというのなら、何かしら気をつけれることもあろう。

「その原因はちょっとややこしいんだ。主の霊力の質の問題だったからな」
「というと?」
「審神者と刀剣男士は霊気と神気をやり取りしてこの関係が成り立っている、らしい。審神者は刀に霊力を溶かし込んで僕達を顕現させる。刀剣男士は神気を審神者に溶かし込んで主との繋がりを得る」
「え、俺は主に神気を溶かし込んだ覚えはないぞ」
「正確には、審神者が神気を己にとかし込むらしいよ、あまり意識はしていないようだけど。…ところが感受性が異常なほど高い主はその霊質上、神気を必要以上に受け取るらしい。対してそれを処理する抵抗力は普遍的。結果として、その身や魂が神気に焼かれる」

と言って体の泡を流す歌仙。コイツ話してる間も通常運転で体洗ってたな!!
絶句する鶴丸を一瞥して、言い終わると歌仙はさっさと浴槽へ向かってしまった。対して鶴丸は完全に硬直していた。
その身や魂が神気に焼かれる。それは、ただの死よりも質が悪い。むしろ死後に受けるべき罪人の痛みというべきか。決して生身の人間が体験していいものではないし、というか、できるものじゃない。神と人がこうして同じ空間にいることがおかしいので、そういう事態が起きてもおかしいことはないが、正直戦場にいるとき以上に気分が悪い響きであった。
もし、魂が焼き尽くされでもしたら。そう思えばゾッとする。命を失うどころの話ではない。魂そのものが焼き尽くされるのであの世にもいけない。正真正銘、彼女は消えることとなる。
ざぷんと浴槽の湯が揺れる音に、やっとはっとした鶴丸は勢いよく歌仙を振り返った。

「…やばい!主がやばいぞ!!」
「ああ、まずいな。ちなみに初めての太刀は江雪左文字殿だ」
「あ、アカン…!」

江雪左文字は鶴丸と同じで神気がひときわ強い刀剣である。そりゃあ倒れるわな!と内心で悲鳴をあげた。物静かな性格のわりにその神気は苛烈だと鶴丸は思う。それは江雪がこの本丸において特に強い刀剣のうちのひとりであることも大きいのだろうが、鍛刀されたときの神気もそれなりに強力であったことは想像に易い。

「…ん?しかし、俺は普通に鍛刀されたぞ?」

そして審神者に特に異変は無さそうだった。少なくとも、顕現してすぐに倒れるということは無さそうだった。その様子を言えば、歌仙は黙り込む。

「歌仙?」

不思議に思って浴槽に寄っていって、その顔をのぞき込んだ。後悔した。

「…ああ。うん、もう克服したんだろうね」

言った歌仙が何故か超笑顔だった。

「…………歌仙。いや歌仙殿、歌仙、様?」
「突然なんだい?」
「な、何故怒っている…?」
「怒っていないけれど」

いや怒っている。言っちゃあ悪いが顔の機嫌が明らかに悪い。話を続ける方がいいか、それとも別の話をするべきか。
…あからさまにほかの話をするのもあまり良くない気がするので、続けた。

「あ…あー。主が神気に脆弱なのはわかった。で、それを克服したのもわかった。では何故会いにこない?」
「知らないね」
「え゛」
「もともと主が離家に引っ込んだのはこの脆弱性をなんとかするためだ。半年以内という区切りをつけてね。明日でその半年は終わるんだけれど、すでになんとかなったはずなのに出てこない。その理由は知らない」
「…お、おう…」

なるほど。それで怒ったのかこの男。なんだか痴話喧嘩だか兄弟喧嘩だかを見たような気分になって、鶴丸はこれ以上突っ込むまいと心に決める。なんか面倒くさそうだった。
審神者については大体知れたので、それでいい。




「う、わぁああああああああ!!!!」

燭台切が震えた悲鳴をあげた。

なんだ、とバタバタと駆けてくる薬研の声は比較的近いところからしたが、燭台切の耳に届くことはなかった。

「なんだなんだ、騒々しい」
「つっる、つ、つ…っ!」

本丸の規定として、翌日出陣予定や重い内番の予定のない刀剣は不寝番をするという規定がある。人数がそれなりにいるので、翌日予定がない刀剣は少なからずいる。
鶴丸は錬度上げに一段落ついたということで、翌日の全ての予定を免除されていた。そうしたらここぞとばかりに不寝番に数えられてしまったため、夜でも重苦しい出陣服であった。夜目は利かないが本丸内は電気が通っているので廊下は明るい。偶然近くにいたのだろう、一番乗りで燭台切のもとを訪れたのは鶴丸国永であった。そのすぐあとに、薬研が猛スピードで鶴丸の背後に滑り込んできた。
鶴丸を見た燭台切は、自身の寝室を青い顔で指さしながら鶴丸に目を向ける。鶴丸さん、と呼ぼうとしたその言葉は震えに震えて言葉になっていない。
きょとんと燭台切を見る鶴丸だが、その手は柄に添えられている。それは後ろの薬研も同じことだった。

「お化けでも見たか?」

茶化すような鶴丸の声に、燭台切はなおも室内を指さしたまま答える。幾分か落ち着いたようではあるが、やはり声は震え、非常に低い声だった。

「誰のか分からない褌が干されてる…!」

後ろで薬研が低くしていた姿勢を戻したのが気配で分かった鶴丸。しかも薬研、何事もなかったかのように踵を返した。なんとドライな短刀か。

「やげーん、どうだったー?」
「なんでもない」

そんな短い乱との会話が小さく聞こえたことも追記しておく。

「あー。褌?」

聞けば、燭台切は無言で頷く。ブンブンと顔を縦に振る燭台切のこの姿は滅多なことじゃ見れないなぁ、とボヤきながら、鶴丸は一応室内を覗き込もうと足をすすめる。
まあなんとなく想像はついている…というか、たぶんその犯人、自分である。

のぞき込んだ室内にぷらりとぶら下がっていたのは、やはり鶴丸が干した自分の褌であった。
自分のだ、と言おうかどうかとても迷ったが、顔を真っ青にする燭台切がなんだか可哀想な気がしてきた。誰のか分からないから、こうして震えているというのもあろう。

「──……俺だな」
「へ?」

燭台切が鶴丸に目を向けた。

「俺が洗った俺の褌だ。…どうだ、驚いたか?なーんて…」
「つ る ま る さ ん ?」

急激に燭台切の雰囲気が変わった気がした。あれ?なんか怒ってないか?
燭台切がわなわなと肩を震わせていた。声も震えていたが、さっきまでのそれとは少し違う。……怒っている。ギリギリと握られた拳は石のように握りこまれている。うん、怒っている。
褌を捨てられるであろうことは多少覚悟していたが、まさかこんなに怒りのオーラを出してくるとは思わなかった。いやはや、驚いた。
くるりと踵を返すと、鶴丸は持てる機動を総動員して本丸内を駆け抜けた。
その後ろを、同じく機動総動員で追い掛ける燭台切の利き手は当然ながら自身の本体に掛かっていた。

 
モドル
手を