02


「ごーさんろくろくごーごー…ごーさんろくろくごーごー…木炭530玉鋼600冷却水600砥石550…」
「そんなガッツリやってどうするのさー」
「狙うは大太刀、蛍丸…!」
「は?…え!?」

思わず主を二度見した。主の丹色は笑顔で棚に向かって慣れた手付きで資材を取っては式神に渡していた。
今、主は『狙う』と言ったか。大太刀鍛刀してみよう、ではなく、蛍丸を狙うと言ったか。乱は引き攣る頬を直そうと触れてみるが、全く動く気配はない。
この主は何言ってるのかな。心中はこの一言に尽きた。

「……狙うの?」
「うん、ねら…あ。…」

やべ。
面布で見えないその顔がそう言ってるのが分かった。唯一見える口元は完全に引き攣っている。うん、今更遅いからね、主さん。
乱はなんとか笑顔を取り繕い、丹色の腕に両手を這わせる。しっかりと掴むことはしない。ここで主が思いとどまってくれるというのなら、むしろサービスしちゃう。だから乱はゆっくりとその手に力を込めていく。サービスが尋問へ。これがタイムリミットだ。

「誰を顕現したいの?」
「あー。ああーー…。うん、とりあえず鍛刀やってみ」
「主さん」

普段ならば出すことのない低い声が出た。乱も自覚できるくらいに低い声が出た。主さん怖がったかなー、と思うも、一瞬にして「まあいいや」という結論に至った。今は怖がってくれた方がいい。
今までそんな声を聞くことのなかったであろう丹色は案の定、驚いたように肩を揺らして乱を見た。ずいっと顔を寄せて、面布の向こう側の目を強い目で見つめた。自身の神気がピリピリと主を攻撃的に刺激しているのは分かったが、それよりも蛍丸などという神刀を鍛刀──はいいが、顕現などされるよりかはいくらもいい。

「主さん、それ自分のこと分かって言ってんの?」
「ちょっと待って乱さん、だんだん手に力が、ちょ、いたいいたい!!」
「なに?」
「わかったちゃんと話すから!」

丹色の言葉に、やっと手を離して、すっと距離をとる乱。それに諦めたように丹色が息を吐いた。
腰に手を当ててじっとりと丹色を見つめていれば、丹色はぽつりぽつりと言葉をこぼし始めた。

「私が引きこもってから、今で4ヶ月じゃない?」
「そーだね」
「実は顕現はかなり楽になってきたんだよね」
「へー」
「…2週間前に石切丸様を顕現したじゃない?」
「うん。昨日ランクアップしたけど体は大丈夫?」
「うん、大丈夫だった。……のでほた」
「やだよ怖いもん。ていうかランクアップで寝込んでたのこんのすけから聞いたよ」
「アイツしばく」

石切丸のランクアップののちしばらくしてからだ。主が寝込んだということを聞いたのは。そんなとき、看病にも行けない自分が疎ましく思うのだが、今は控えよう。
丹色の言う通り、顕現に問題はなくなってきているのは乱も感じているところだった。しかしランクアップという問題が解決されていない。それをわかっていないとは言わせない。

「主さんが倒れるの、見たくないもん。顕現できたとしても、ランクアップが待ってる。また泣くことになるかもしれない」
「……」
「……あれ、もう見たくない」

丹色が苦い顔をした。何も言えないのか、言わないのか。しかししばしの沈黙の後に口を開いた丹色は頑なだった。

「乱。お願い。ダメだと思ったら顕現しないから。だから」
「……」
「本当だよ。あとは、ちゃんと安定的に霊力が供給できてるかの確認だけなんだ。…だから」

丹色の必死の言葉に、さすがの乱も断わる理由は思いつかなかった。丹色の言うことが本当ならば、ここは鍛刀させてやるのが一番いいのだろう。
…ああ、歌仙や薬研がいたならばどう言うのだろうか。考えても出ない答えに、いらだった乱。そうだ、本人に聞けばいい。

「……。わかった。歌仙と薬研がいいって言ったらいいよ」
「え゛」

以前、神刀の鍛刀顕現を続けざまに行った丹色は歌仙と薬研に厳しく叱られたことがある。それ以来、劇的に減った鍛刀顕現には乱もホッとしたものだが、こうしてグレーゾーンな鍛刀などの際には乱が呼ばれる傾向ができてしまった。乱なら大丈夫などとでも思っているのだろうか。渋る丹色ではあったが、乱も主のためと思えば容赦がなかった。

「主さん、タロさん顕現したときこっぴどく薬研とミヤビに怒られたのもう忘れたわけ?後で知られる方がまずいと思うけど」
「……あれは怖かった」
「そりゃ本気でブチ切れてたもん。怖くない方が変」
「デスヨネ-」
「だから、まずあのふたりをよんでくるね」
「…はい」



乱に手を引かれてやってきた歌仙と薬研は、当然ながら呆れきったような苛立ちを含んだ目をしていた。

「大将、誰を鍛刀したいって?」
「…大太刀、蛍丸」

所謂ヤケだった。堂々と言い切ってやれば、薬研は言葉をつまらせたようだった。
それを目の端に置いた歌仙が前に出てきて、私の真ん前に立った。

「僕としては反対なんだけどな」
「私、これは無謀ではないと思う」
「…確証は?」
「実際顕現は問題ない。ランクアップも対策できつつある」

確かに石切丸の時には少しばかり体調は崩したが、それは神気云々が問題ではなく、丹色の霊力不足が問題だった。
それに関しては、その直前に御守り製作をしていたなどのタイミングの問題もあった。御守りづくりは非常に消耗する作業である。そうでなくても、霊力の問題はかなり改善しているので問題はないというのが丹色の意見である。

「本当だよ、近況報告もできないからあまり言えないのだけれど、もうそこまで心配しなくても大丈夫だから」

ね?と困ったように笑う丹色に、歌仙は口をつぐんで天井を仰いだ。

「……信じていいんだね?」
「いいの!?」
「君も前回で懲りたと信じるよ」
「…あ、あははは…」
「笑いごとかい?」
「その節は随分とご迷惑をおかけしました」

本当にね、と歌仙は諦めた顔をしながら薬研に目を向ける。

「君はどうだい?」
「反対したいのは山々だけどな。旦那がいいっつうんだ。俺もそれに賛成しよう」
「えー!許可だすのー!」

乱が頭を抱えた。
当然ながら猛烈な反対をすると思ったのだが、思いがけないことに二人が賛成してしまった。
自分が心配症すぎるだけなのだろうか。乱は苦い顔で3人の様子を眺める。駄目だと判断したら無理矢理にでもとめるからね、などという会話はしているものの、結局顕現の儀には入りそうな雰囲気である。そう思いながら睨んでいるうちに、歌仙が乱に目を向けた。

「今日の鍛刀は乱だろう。はやく」
「う、ううう…」

まさか許可が出るとは思わなかった。乱は不服な表情のまま、丹色の元に近寄る。

「ああ、そうだ主。御守りを見せてくれるかい」
「ん?うん」

ふと歌仙が思い至ったように丹色に告げる。丹色が出したのは1つの御守りで、赤と金の錦色の御守りであった。歌仙はそれを丁寧に観察すると、丹色に返した。

「鍛刀が終われば、もう一度見せてくれ」
「いいけど…、うわ、そういう事か」
「主に何かあればまずそれが反応するだろう?」

丹色の霊力は神気に対して脆性の目立つ霊質である。そのままでは神気から身を守れず、魂が焼かれてしまう。だから霊質を改善し、耐性ができるまでは丹色の代わりにその身を焼く御守りが必要不可欠であった。とくに、刀剣男士に近づく時には。数か月前は15分でも本丸にいようものなら、本丸に満ちた神気で御守りが5、6個が灰と化した。
そういうわけで、もし、鍛刀後にこの御守りに少しでも異変があれば、顕現はさせない。そういうことだ。これには乱もなるほどと笑顔を見せていそいそと丹色に近づく。とはいえ、心中は複雑で、やはり蛍丸は来ませんようにと願わずにはいられないのだけれど。


ちなみにこの後、丹色は無事蛍丸を顕現した。

 
モドル
手を