03


薬研がふと後ろを振り返った。そこには白い姿が特徴的な男がいた。思わず薬研は苦く笑う。

「盗み聞きたぁ趣味が悪ぃな」
「なに。見回りのついでだ」
「そーかい」

鶴丸国永。彼の顕現から、薬研のような古参の刀剣たちの間に重い曇天を見るような空気が流れ出していた。……否、本来はもう少し前から流れ出してはいたのだが、それが溢れてくるきっかけとして、鶴丸国永の鍛刀顕現にある。
薬研らの前に姿を現した鶴丸は薬研も最近見慣れてくるようになってきた白く重い出陣服だ。明日は完全な休暇をいただいたというので、その前夜にこうして不寝番を頼まれたのだろうと察しはついた。

「今日、風呂で歌仙とも話したのだが、俺の顕現はどうやら気ぜわしいことだったらしいな」

鶴丸が庭に降りてきた。ザクザクと薬研らのときには鳴らなかった庭の砂利が音を立てる。これが太刀と短刀の違いである。どうしても重さのある太刀では、どれだけ注意を払っても歩けば音がする。薬研らは注意さえしていれば、歩くくらいじゃ音はしない。
歩み寄ってきた鶴丸に、薬研は苦く笑んでみせた。

「あー、気を悪くしないでほしい。すまんな」
「別に悪くなどない。なので、驚きに飢えたシジイに思うことを話してみないか?」

ふるりと横に振られたその首に、薬研はそっと息を吐く。
鶴丸に言われたのは、何か思い悩むことがあれば聞いてやるぜ、ということだ。
視界の端に映る乱は落ち着かないのか、やはり膝に頭を埋めていた。
…寝てないだろうな?ふと思ったが今は無視することにした。

「大将については、どこまで?」
「どこまで、と言われてもな。神気に脆弱だとは聞いたが。なんでも、神気を多く受け取る割には、それを処理できないとか?」
「ああ、その辺か」
「あとは、明日で修行期限の半年がくると」

なるほど、と薬研は苦笑する。
どこから何を話したものか。もともと乱の不安愚痴を聞くために部屋をでてきたが、この調子だと薬研もはなさねば乱は口を開きそうにない。そうでなくても、薬研もすこし吐き出し口は欲しかったところなので、その言葉に甘えようと思う。

「そうだなぁ。とりあえず、気ぜわしい、ってのは、俺っち達にとっての話だ。大将にとっちゃ、当然のプロセスだったらしい」

鶴丸が黙った。見てみれば微妙な顔で薬研を見ている。

「ああー、まだ横文字には慣れなくてな、ぷろせす、とは」
「ああ、すまん。過程のことだ。旦那の顕現はするべくしてされた。そういう段階だったしい」
「ほー、なるほど」

つまり、主としては鶴丸の顕現は無茶なことと認識していなかった。対して薬研らは鶴丸の顕現と、その影響をかなり危惧していた。そういう違いか、と納得した鶴丸。語彙力も伸ばそうと少し決心した。

「大将は大丈夫だと言って、こっちは心配ばかりして。でもって実際はなぁんも問題がなかった。これが鶴丸の旦那の顕現だ。良いことだと分かってはいるんだが…俺っちたちばかりが心配してるようでなぁ」

その先は薬研も口を噤んだ。確かに主の体調の好転を示すこの結果は、喜ぶべきものだろう。しかし素直に喜べないのは、どこかおいてけぼりにされたような気もしたからか。それは徹底的に刀剣男士との接触を控えている状況を鑑みれば仕方もないことではある。

「以前からその気がなかったわけじゃないが…鶴丸の旦那の時は、その最たるものというか、な」

ただ、それで感情がどうにかなるかといえば話は別であって。
薬研のとなりで、乱が不意に頭をあげた。それまで丸まっていた乱がやっと鶴丸を見て口を開いたが、やはりムスっとした顔をしていた。

「ボクたちの制止がかかる前に、顕現したんだ。でもって、ランクアップすらさっさと済ませちゃった」
「嬉しいんだか、寂しいんだか、って感じだな」

ランクアップ、の意味なら未だに横文字に慣れない鶴丸でも分かる。実際に経験したからだ。
この本丸に顕現した鶴丸は、その初日を本丸の内部の把握に費やした。その翌日には刀装が準備され、無事初陣を果たした。無事とは言っても帰った時にはかすり傷だらけだったことは記憶に新しい。そこからは、主を鬼かと紛うような出陣・鍛錬の日々だ。おかげさまで鶴丸は初陣から3日でランクアップを果たした。
そのランクアップのときに思ったのは、主の気配をより色濃く感じた、という事だ。
実際に鶴丸が審神者と自分の神気と霊力がより密接に関わるようになった、と鶴丸は感じている。それを思い出して、鶴丸はなるほど、と思う。ランクアップとは、神気に弱い主にとっても重荷となる筈である。しかしそれを早々に済ませたという事は、主はその脆弱性をかなり克服している証拠だ。
制止を逃れて顕現させ、あっという間にランクアップさせた。どうだと言わんばかりの成長ぶりだが、何分それまでの過程を知らない者からすれば、じゃあなぜ出てこないのか、という疑問につながる。

「ワガママなのはわかってるんだけどさ…。この半年でボク達の扱いは変わったし、主自身も変わったのがわかる。…ボクたちのこと、どうでもいいとか思われてたらもう生きてけない死ねる…主を疑う自分すら折りたい炉に入って溶けたい息したくない主のところに化けて出そう」
「山姥切のようになっているな…」
「しかも不穏な方向にな」
「だって不安なんだよぉおおお…」

そんなに気にするほど、主の様子は変化しているのだろうか。…変化しているのだろう。でなければ、こうも情緒不安定にはなるまい。

「蛍丸さんの時で、主がだいぶ良くなってるのは知ってたもん…鶴丸さんで決定打だ…主出てくるの遅いよ…」
「乱お前いい加減女々しいぞ。大将なら乱に対しても嫌なことはしねえってわかってるだろ」
「うるさいなー、ボクにだって乱れるときはあるんですぅー」
「蛍丸?」

二人の会話に鶴丸が思わず聞き返した。意外な名前が出てきたな、と思う。
今まで審神者に関連して蛍丸の名が出ることはなかった。彼も鶴丸と同じレアと付く刀剣だが、一見審神者などとは関係なさそうに見えたのだが。しかし、よくよく考えれば蛍丸は大太刀だ。薬研らが気を揉まないわけがない。

「そういえば、よく顕現を許したな」

その蛍丸は現在、前線組の一人に数えられている。数少ない大太刀の一人ということからその成長が早いのも頷けるが、それでも彼の錬度からすればその顕現は結構前のことのように思われる。
実際、薬研は苦い顔を隠さなかった。

「あの方の顕現はたしかふた月ほど前か。まあ、悪い前例があっただけに、油断はできなかったがな」
「前例?」
「もぉすっっごく悪い前例があったの!江さんじゃなくて!」

ぶっすー、とむくれた乱がキイイと怒って岩をバシンと叩いた。江雪左文字を顕現した際に倒れた、というのは鶴丸も知るところだが、それより悪い前例とは。聞かされていないだけあって少しハラハラする。

「以前、太郎太刀の旦那を顕現したときだ。…今から4か月くらい前かな。何を焦ったのか、ちょっと無茶をしたんだ。でもって俺っちたちには黙ったままの顕現だな。…案の定、旦那を顕現したときにぶっ倒れてなぁ。…大将の目が覚めたとき、思わず怒鳴っちまった」
「へえ?」
「あんた死にたいのかってな」
「それはまたきつい言葉を」

だが、鶴丸もきっとそうしただろう。

「ミヤビに至ってはもう口も開かなかったね。やー怖い怖い。でも主にはいい気味だよね」
「流石に参ったのか、その後からは顕現には慎重だな」

薬研がカラカラ笑う。乱に注意を促さないあたり、薬研もいい気味だと思うところはあったのだろう。
しかしそれもつかの間、あーあ、と疲れたような声で空を仰いだ。

「けれど、俺っちたちはそれ以来慎重になり過ぎてたらしい。接触もあまりいいものではなかったからこそ、鍛刀の時に付く刀剣も決めてたし」
「なるほど、ほかの刀剣が主を全く知らないわけだ。やはり付くのは歌仙か」
「まあ、そうなんだけどな。歌仙の旦那がいないときに俺っちか乱か…。会うのは鍛刀とか刀装作りとか、それくらい」
「戦績報告は?」
「歌仙の旦那がパソコンで。直筆の文字にも神気が宿るってんで、こうなった」

鶴丸の想像以上の徹底ぶりだ。忠義篤いな、と思わずにはいられない。主への忠義・好意は鶴丸にも当然ながらある。けれど、そういうもの以上の思い入れがあるように見えた。
でなければ、乱はここまで思いつめはしなかったろう。彼らの主に対する傾倒ともとれるこの思い入れはそれほど強い。

「君たちが主を大層大事にしているのはわかった。では主も君たちを大層大事にしているのではないか?だからこそ、君たちもそこまで思い入れがあるんだろう?」

薬研の目がわずかに見開かれた。
違いなかった。

「誰にだって不満はあるものだ。存分に刀を振るえて大切にされるのはとても気分はいいが、俺にだって主に思うことはある」
「…そうなのか?」
「もっと構ってほしい」
「…アンタな」

自分、今すごくいいこと言った。そう思ってどや顔をするも、鶴丸を見る薬研の目は明らかに死んだものだった。解せぬ。
まあしかし鶴丸の言うことには薬研も賛成だ。ハッとさせられた気分になり、乱に意識をやる。乱も思っていたことは大体吐き出せたようだし、ここからは励ましタイムだ。薬研は、自責の念で唸って頭を抱える乱の頭をぽすぽすと叩く。

「そうだ、その通りなんだよなぁ。それなら、大事にされてる自信なら、俺っちにだってあるぜ乱」

乱だってそうだろう。だからさ、もし明日大将が出てこない、なんてことがあったらミヤビと一緒に引っ張り出そう。
そう声をかけた。

 
モドル
手を