02

「主」

燭台切のすぐ横に立ったのは加州清光であった。神妙な、どこか信じられないものを見る目をして丹色を食い入るように見つめて、小さくその名を呼んだ。発される声はぼそぼそとしているが、近くにいれば十分に聞こえる声だった。
他者の──特に主からの視線を気にする加州のことは普段から燭台切もよく目にするところであった。だからこそ、この突然の邂逅には燭台切もハラハラとした面持ちで加州を見守るに徹した。

「…なんでそんなに丁寧なのキモチワルイ…」

燭台切は加州がなにを言ったのか理解ができなかった。

「加州お前そこに直れ直々に粛清してやる」
「あ、よかった主だ」
「よぉおっし加州私とちょっとお話ししようか鍛刀部屋で」

審神者が両手で加州の頭を掴んだ。容赦なく掴んでギリギリしている。その口元に浮かぶのは笑みだが、明らかに根っからの笑顔ではない。むしろ怒りの表情がわかりやすいほどに浮かんだ笑みだった。
加州が軽い動作で審神者の手から逃げ出すと、実に楽し気な笑顔で審神者を見つめて、ウィンクした。ちょっと待って、燭台切さん、このテンションに着いていけないや…。

「やーだっ」
「可愛子ぶればなんでも許されると思うなよ」
「俺のこと可愛くない?」
「世界一可愛いよバカ!!」

ちょっと待って僕の知ってる審神者じゃないこの人。
思わず心中でそう燭台切は呟いた。
…否、知ってる人で間違いはない。超燭台切光忠の主で間違いはない。しかし、それを突っ込まれたら、燭台切はこう言うだろう。どっからどう見ても自分の主の審判者なんだけどこの人知らないよ!?と。審神者である丹色と会ったことあるのは顕現の時と、本当にちょっと見たことある程度の人なので、知ってる人、というにはほど遠いのだけれども、その人物像くらいは知っている。…知っているつもりだったが、これはあまりに違う。燭台切の知る審神者とはかけ離れた性格で加州と話すものだから…こんがらがった。

「それで簡単にほだされるあたりが主だよね。ホント学ばないというか、なんというかさ」
「やっさんうるさい」
「ていうかそのヅラと面布邪魔なんだけど。ていうかださいんだけど」

ふと口を挟んだ大和守を、キッと審神者が睨んだ。への字に曲がった口元は見ていて少し面白い。
一瞬だけ不自然な沈黙が降り、ふい、と大和守の視線が審神者から逸れた。審神者は意表を突かれたように、息をつまらせたが、その次の瞬間に審判者が優し気に笑ったのを燭台切は見逃さなかった。

「本当はもういいんだけどねぇ。一応持ってるけれど、本当は御守りもいらないくらい」

大和守がおずおずと審神者に目を向ければ、審判者は嬉しそうに笑う。なんともまあ、コロコロと表情が変わる人だと思う。

「大丈夫」

もう一度、力強く彼女はそう言うと大和守に近寄っていく。一歩だけ後退った大和守を、彼女は全く気にせず近寄っていく。その目の前に着くと、その手を取ってやはり笑う。
どこか苦々しげに審神者を見ていた大和守だったが、ふとあきらめたように長いため息をついた。

「まあ変わらないようで安心したよ。悪いところも変わらないようだし?」
「ねえ君たち私になにか不満恨みでもあるのかな?」
「ないわけないじゃん」
「いい笑顔で言い切りやがったコイツ」

審神者がイラッとした様子で大和守を睨んだ。その瞬間、ドスッと音がした。

「ぬぉわぁああああああ!?」
「あ」

審神者の背後から加州が体当たりしたので審神者が盛大につんのめった。大和守がぼけた声でそれを避けたので審神者は地面にぶつかる…直前に、原因である加州が引き留めた。

「あっぶなあ!」
「それこっちのセリフだ加州何のつもりだ!」
「愛」
「黙れ小僧」

審神者の腰に腕を巻き付けた加州が嬉しそうに笑う。甘えるようにその背中に頭を擦りつけていたが、不意に「あ」と声をあげて燭台切を見た。思い出してくれてありがとう加州君。

「主ー、燭台切のこと忘れてたぁー」
「……」

審神者が固まった。その場に沈黙が降りたと思って、燭台切は改めて自己紹介をしようと口を開きかけた、その刹那。

「大変申し訳ございませんでしたぁあああ!!!」

審神者が土下座した。

「えっ…ちょ、えっ!?」
「散々本丸のことを放置していた審神者が突然現れたうえ、こんな調子じゃあ不安かと思われますが」
「畏まってももう遅いと思うー」
「そーそー。もう普段通りでいいっしょ」

沖田組が口をはさんで審神者の言葉をぶった切った。加州に至ってはその背中にのしかかって圧迫している。審神者が苦し気に呻くのなんて聞いていない様子だ。

「加州くん、主が苦しそうなんだけど」
「解放したらまたさっきみたいになるからもっと圧迫していいよ清光」
「おっけー」
「オマエラヌッコロス…!」

審神者と加州のすぐ隣に立った大和守が楽し気に二人を見下ろして、加州を煽った。ますます加州が体重をかけると、審判者はそれに圧されてどんどん小さくなっていくようだった。そうすると審神者も本格的にいらいらしだしたのが燭台切にも伝わった。苦しいからか顔は赤くなり始めていて、吐く息は震えている。さすがにかわいそうで、燭台切は慌てて二人を審神者から引き離しにかかった。

「ふ、二人とも…主が苦しそうだよ」

言って手を差し伸べようとしたところで、加州が顔を上げた。予想外なことに、その顔は状況を楽しんでいるものではない。真剣で、どこか仄暗い、光を排除してしまったような目だった。それに思わずぎょっとして、燭台切はぴたりと動きを止めた。

「ショッキーはそれでいいわけ?」
「ショッ…!?えっ…と、それで…って?」
「主のさっきの口調!言っとくけど!主ってば主甲斐がないくらい粗雑な人格だからね!?無理してあんな口調されるのいやでしょ!?」

無理してあんな口調、…とはさっきの丁寧な口調だろう。加州達とは違い、燭台切にとっては先の口調の方が自然ではあったが、実際はそうでもないらしい。実際、古参である加州達に対する話し方は、言い方は悪いが非常に勇ましかった。…そちらが主の素なのだとしたら。──…否、そうでなくても、だ。

「確かに、主にはあんな接し方はされたくない。なんたって僕らの主なんだからね。だから主、加州達のように、とまでは言わないけれど、もっと僕に対して砕けてほしいな」

ばん、と力なく審神者が地面をたたいた。加州が審神者から退いたので、どうやら是の意味合いだったらしい。

「っはーーー…!!」
「主大丈夫?」

大きく息を吸う審神者の前にしゃがみこんで、燭台切は審神者の顔をのぞき込む。

「…大丈夫で…だよ」
「でだよって…」
「それより加州と大和守を手打ちにせんと気が収まらん…」
「とりあえず落ち着いて主」

燭台切が手を貸して立ち上がった審神者は、地面に土下座したせいであちこちが茶色く汚れている。燭台切はそれを丁寧に払いながら主に傷がないかを確認していく。
審神者が燭台切の言う通り落ち着いてきたころ、燭台切はもう一度審神者としかと向き合った。やはり審神者の視線は強いように思う。

「やっと会えたね。ようこそ本丸へ、主」

 
モドル
手を