03


「あの約束を持ち出すことにならなくてよかったよ」

そう言う歌仙は縁側に腰かけ、のんきにお茶をすすっていた。加州らと分かれた丹色が歌仙を見つけ、近寄れば歌仙は丹色を振り返ることすらなくそう口にした。
いつまでたってもこちらを見る気配のない歌仙に、仕方なく丹色は廊下の壁に背を預けてその背中を見つめることにした。歌仙の向こう側に広がるその景色がやたらと懐かしい。

「今日来なかったら引きずりだしていた」
「相変わらずやることは雅じゃないよねえ」
「仕方ないだろう?主が手に負えない馬鹿なんだから」
「そりゃひどい主だ」
「本当にね」

そこでやっと振り返った歌仙の顔は、完全にあきれ返ったものだった。やー、そういう顔、本当久しぶりに見るわー。思わず上がる口角を隠さない丹色を見た歌仙は隣に座るよう促す。丹色が近寄ってくるのを確認した歌仙はまた庭に視線を戻した。

「御守りは」
「一応持ってはいるんだけどね」

丹色がすぐ横に立ったところで歌仙が話しかければ、丹色がじゃーん、と御守りを差し出した。たった一つのその御守りは、何の変哲もない、朱色の御守りだった。万が一の際に、彼女が受ける神気を肩代わりする、大事なもの。
それを見た歌仙がわずかにほっとすれば、丹色が苦笑した。

「もうそこまで心配しなくていいのに」

すぐには無茶な話しだ。そう返そうと思って口を開きかけた歌仙だったが、丹色の様子がいつもと違う感じがして口を閉じた。以前なら迷わず歌仙の横に腰かけたであろう丹色だが、今はその様子はなく、なぜか歌仙の横に正座していた。

「主?」
「これまで」

声色が硬かった。歌仙のよく知る何をするにも粗雑で雅のかけらもない主ではなかった。面布で見えづらいとはいえ、その口元は緊張でわずかにこわばり、その声も力がこもっていた。

「長きにわたりこの本丸を管理していただいこと、心より御礼申し上げます。このような事態にまでなってしまいましたが、ここで審神者として、改めて着任させていただきたいと思っています」

歌仙はしばし茫然とした。まさか丹色にそんな態度を取られるとは夢にも思わなかったからだ。
丹色は心底真剣だった。だからこそ、その手には力がこもり、己の手のひらさえ傷つけそうに握りこまれている。ここの審神者でありたい、歌仙らの主でありたい。丹色のそれが伝わったからこそ、歌仙の目はわずかに細められ、鋭い眼光となって現れた。そうでありたいのなら、だ。

「以前にも言ったはずだ。僕はどんなことがあろうとも君の刀だと」

剣呑な視線が丹色に突き刺さる。歌仙は今、本気でいらだっていた。そう、以前確かに歌仙は上記の言葉を口にした。今丹色に改めてそれでいいのかと問われたのは、なんだか疑われたような気がして非常に気分が悪い。

「だからその気持ち悪い言葉遣いはやめるんだ。似合わない上気味が悪い」
「…。私を主だと思ってないだろお前」
「ああ、そうだ。その品性の無さあっての僕の主だ」
「ねえ今超失礼なこと言ったの気づいてるかな歌仙くん!?」

丹色がかつてのように、思うままに言葉を並べて見れば、歌仙は実に満足げに頷いた。懐かしげに笑うその顔は正しくとろけるような笑顔、と言っていい。…しかし吐いた言葉が悪すぎた。心底嬉しそうな顔をしているわりには口から毒しか出ていない。
丹色も自然とその顔を不快気にゆがめた。しかし歌仙がその心情を悟りきることはかなわなかった。

「褒めたんだけれどな?」
「真顔やめてくれませんか」

真顔でこてりと首を傾げた歌仙に、丹色はもう何も言えなかった。この初期刀、本気で言っている。実に失礼な初期刀だ。

「それより、僕の前に誰かに会ったかい?」
「食材切と加州とやっさん」

厨で会った。少しだけ話した燭台切のことを思い出しつつそう口にすれば、歌仙の眉間にしわが寄る。
加州と大和守は相変わらず元気だったよ、と感想を述べるべきだったかと少し迷う。それを口にしようとすれば、その前に歌仙がその口を開いた。

「…燭台切さんのそのあだ名、本人の前で言ってないだろうね…?」
「安心しろよミヤビちゃん!君の審神者はそんなに失礼じゃないわよ!」
「つまり言ったんだな?言ったんだな」
「いや言ってねえし。信用されなさすぎだろ私」

安心しろ、と言ったのに何故素直に安心してくれないのか。心の底から理解できない。不愉快そうな顔をする歌仙だが、その顔をしたいのは丹色の方である。

「まあいいよ、君のその失礼な態度は今に始まったことじゃないしね」
「なにがいいの?君のほうが失礼だと思うよ私?」
「そんなことより、」
「おい」
「さっきのあの口調、乱に対してやっていないだろうね?」

突然出てきた名前に、丹色はきょとんとした。乱?と反復する丹色に、歌仙は深く頷く。

「君のことをかなり気にしていたよ。まるで加州が乗り移って鬱になったみたいに」
「意味は分からんがとりあえず酷いのは分かった」

実に加州に対して失礼なたとえだが、これ以上にわかりやすい表現が思い浮かばなかった歌仙。
正直丹色にとっての加州とは、可愛いが可愛げには欠ける刀剣の1人である。例えば畑仕事をさせれば「なんで俺だけ汚れなきゃいけないの」「主も汚れてよ」「おっそろーい」などと言って丹色に畑に馬糞撒きをさせた張本人である。そのほか馬当番なら馬糞集めや飲み水替えだとか…って、汚れ仕事ばっかじゃねえか。驚きの新事実である。
とにかく、楽しい記憶がない。苦しみを分け合った(?)記憶しかない。女子高生みたいに丹色からの視線を気にするところなどは確かに可愛いが、彼自身の可愛げは底辺であるというのが丹色の見解である。
そんな加州が鬱ったような状態の乱。女子高生が欝になったような景色をイメージすればいいのだろうか?なんか知らんがとりあえず放置しておけないのは分かった。

「乱に対しては今までどおりの態度で構い倒してやるのが一番いいさ」
「いや一応カミサマだしちゃんとした対応しておきたいんだけど…けじめとして」
「''一応''、だろう。全体に顛末を話したあとでも構わない」
「ええー…。…に、睨むな睨むな…」

美人が睨めば迫力がある。歌仙の睨む目は丹色を悪い意味でドキドキさせる。ひやっとして声をかけづらくなるので困る。
わずかでも渋ればこれだ。丹色は息を吐いて歌仙を見た。

「にしても、そうか、全員に話さないといけないんだよなあ…」
「大体の刀剣男士は知っている。本丸にきてひと月以上経った刀剣男士には『主は神気に脆弱である』と伝えているから端的に言っても大体伝わる」
「ていうことは…最近来たツルナガと博多と平野が何も知らないのね」
「ああ、いや、鶴丸さんは昨日いろいろ聞いてきてね。話した」
「じゃ短刀二人かぁ」

短刀の見た目は子供だ。やはり子供の性質も多かれ少なかれ併せ持つ。説明と理解してもらうには根気がいりそうだ。…この二人に限ったことではないのだけれども。

「今日の夕食後にでも広間に集まってもらおうか。そこで話そう。集めてもらってもいい?」
「分かった」
「先に乱に会っといた方がいいかなぁ」
「できるならそうしてくれ」
「お安い御用ですよっと」

丹色はパッと立ち上がると、その場でぐっと伸びをした。

「乱は今日は出陣だね。そろそろ帰ってくるし、ちょっと玄関まで行ってくる」
「それはいいけど他の奴らを驚かさないでくれよ」
「はいはいっと」

じゃあ行ってくるねーと軽い声色でその場を立ち去った丹色を、歌仙は一瞥するとまた庭に目を戻した。

「これから、か」

そう呟いて息を吐いた。

 
モドル
手を