04


丹色が玄関にたどり着いたとき、ちょうど扉の向こう側がやたらと明るかったので、ちょうど過去へ渡るための道が開いたのだと理解できた。太陽の光ではなく、移天門の稼働時の光であった。
怪我はないのは事前に確認済であった。式台に座り、草履をはく。静かに開けるよう心掛けはしたが、少し急いてしまって思いのほか大きな音がした。開ききった舞良戸がばん、とわずかに悲鳴を上げた。

出陣は乱、厚、五虎退、獅子王、骨喰、大倶利伽羅、太郎太刀。隊長は乱だった。
丁度手水舎で身を清めていたらしく、各々がタオルを持っていたり丁度桶に手を突っ込んでいたりとしている。乱は柄杓を持って片手を洗っているところだったらしい。厚は丁度五虎退をからかっていたのか、人差し指がぶっすりと五虎退の頬に突き刺さっていた。しかしそうした日常的な彼らの行動は写真のようにぴったりと静止し、皆一様に丹色を見ていた。
突然開いた玄関の先に、今まで姿を見せなかった審神者がいたのだから当然であろうが。

「…え、主?」

誰がそう言ったのか、それが皮きりで、まず声を上げたのが獅子王だった。

「は…はぁああああああ!?!?」
「あ、すみません。驚きましたよね申し訳ございません。扉に異常は見られないので大丈夫だと思います。壊れててもすぐに直します」
「いやそっちじゃねえよ!!」

断じて扉の音に驚いたわけではない。普通にほかの刀剣と話すようにツッこんでから、獅子王ははっと我に返る。うん、そこじゃない。

「アンタ神気に弱いんだろ!?」
「聞いて驚け克服した」
「マジかぁあ!!」

やばい、獅子王超おもろいんだけど。
内心でふくふくとひとしきり笑ったあと、丹色は姿勢を正してその場の全員に目を配らせた。

「詳しいお話はまたさせていただきます。──乱」

その中から、乱に目を向ける。いまだに柄杓を持ったまま驚いた表情をして固まっていた。

「──…あ…」

小さな声を零して、乱はやっと自我が戻ってきたようだった。次第にふるふると震えだしたものだから丹色も疑問符を浮かべるより他なかった。

「馬鹿主ぃいいっ!!」




数か月前の話だ。短刀達の一部が、庭に鈴虫を放ちたいと言った。翌日には丹色が鈴虫やその他の昆虫を買い集めてきてクリスマスプレゼントのように積みあがった。その置き場所が大広間だったのが災いして、誤って逃がしてしまった鈴虫に和泉守や加州が大騒ぎしたのを覚えている。そのうちに鳥や鯉も飼うようになって、本丸の庭は意外と生態系が豊かだ。
夏の夜は少々うるさいくらいである。季節は春先で、大した虫の音はないものの、断続的に鳥や虫の音がわずかに聞こえてくる。これくらいの声ならばずっと聞いていたいと歌仙は思う。障子に背を預けて外を眺めていた歌仙の耳に、不意に衣擦れの音が聞こえて、室内に目を配らせた。

「目が覚めたかい?」
「…歌仙?」

布団に寝かされて、きょとんとした顔をした丹色が歌仙を見ていた。上半身を起き上がらせた丹色が頭の痛みにわずかに顔をゆがませて額に手を当てた。

「なにこれ痛い」
「何があったか覚えてるかい?」
「…ものすごい勢いで柄杓が飛んできたのは覚えてる」
「じゃあそれが全てだ」

すでに日は暮れた。かろうじて光を孕む西の空が、幽暗の中の庭の景色をうっそりと照らし出している。わずかに聞こえる虫の声に、丹色はそういえば数か月前に虫を放ったなと小さく呟いた。その呟きに歌仙はわずかに笑みを深くした。

一方、記憶を掘り返した丹色が思い出せるのは、飛んできた柄杓。柄杓。…乱が持っていた、あの柄杓。
なるほど犯人は乱か、などと思って、足元の重みにそちらに目を向ければ、足元で乱が寝息を立てていた。

「大泣きして君を担いできた。あまり怒ってやらないでくれ。僕が存分に怒ったしね」

立ち上がった歌仙が部屋の壁の方へ足を運ぶ。電気をつける様子だった。

「ミヤビのお怒りとか超怖いお疲れ乱…」
「君ね…」

パチリと音がして室内が明るくなった。急に明るくなったので丹色も思わず目をぎゅっと閉じて刺激を和らげると、うっすらと開いて目を慣らした。
乱も寝ていたとはいえ、瞼越しに光の刺激があったのだろう。眩しさにぎゅっと目に力を入れた後、ふっとその目を開いた。次の瞬間には飛び起きて丹色を見る。そして、一気に悲愴な顔をするので丹色も思わず笑う。

「相変わらずかーわい」
「ある、じさ…」

見る間に乱の目に涙がたまったので、さすがに焦った。

「ちょっ!?泣く!?泣いちゃうの!?」
「主さぁあああん!!」
「うぶ!」

思いっきり抱き着かれた。抱き着かれたのはいいが勢いがありすぎて布団に逆戻りした。ごめんなさいとひたすら謝り倒す乱に、苦笑を禁じ得ない。
少々息苦しいが、乱の頭をぽんぽんと撫でてやると、すぐに落ち着いたようで腕の力は弱まった。が、離れる気配が一向にない。

「乱が元気ないって聞いたから、玄関に行ったんだよ」
「かせんにきいた…」

涙で緩んで今剣のようなしゃべり方になっている。

「ごめんね。寂しかったよね…」
「ちがう、ボクのわがままで…主さんが元気になるなら、別にいいんだよ。ただ、ふあんで…」
「そっか」

そこをケアできなかったのは丹色の落ち度だ。それを言っても乱とは堂々巡りしそうなのであまり言わないことにした。これからケアすればいい。

「もう大丈夫だから、いつでも会えるよ」
「うん」
「ほしいものは…高くなければ買ってあげる」
「じゃあケーキ」
「承知しました。何なら作ってあげようか」
「それはいらない絶対やだ」
「おい」

それは傷つく。釈然としない心境で乱の頭を撫でていると、不意に乱が丹色から離れた。布団に手をついているのではたから見たら押し倒されているように見えなくもないが、ここは気にしないでおこうと思う。相手は乱であるわけだし。

「ボクのこと、嫌いじゃない?」
「もちろん。こんなかわいい子を嫌いになんてならないならない」
「うん、ボクが可愛いのは知ってる」
「うーん、論点が少しずれたような…」

確かに乱は可愛いのだけれど、そうではなく、親が子供に思うような…ってもういいか、と納得する。

「かせーん、主は目覚っめっ!?」

獅子王がやってきて、丹色らの光景を見てその身を固まらせた。あ、これいらぬ勘違いしてるやつだ。
察して丹色が弁明する前に、歌仙が口を開いた。

「この通り目は覚めてるよ」
「え!?歌仙いた!!」
「でもって変なことはないから落ち着け」
「お、おう…」

肩の力を抜いた獅子王にホッとしていれば、乱がすっと丹色からどいた。
合わせて丹色が起きあがれば、乱が丹色の額に手を伸ばして髪を払った。

「たんこぶできちゃったね」
「勲章だと思えば軽いね」
「うん、主さんだ」
「君の主ですよ」

言えば、嬉しそうに笑うものだから思わず丹色も笑う。
とりあえず乱は大丈夫そうである。そう判断し、丹色は布団から出て獅子王に向かって正座した。

「獅子王も、今日は驚かれたでしょう。後ほど説明させていただきますね」

獅子王がきょとんとした。しかし、それもつかの間で、すぐにわずかに眉をしかめて頭の後ろで腕を組んだ。

「だから敬語やだって。顕現した時も言ったじゃん」
「そう、だったね。ごめん」
「まさか忘れた?」
「まさか。けじめだよ」
「けじめ?」

不思議そうにする獅子王に、丹色は苦笑するだけで黙殺した。立ち上がろうとすれば歌仙が手を出してきたので、有り難く力を借りることにした。少々体がいたい。

「これから夕飯でしょ。先に食べてきてよ」

そう獅子王に告げると、獅子王は釈然としない様子ながらも頷いた。

「そういえば主、ちゃんとご飯食べてるの?」
「言いつけ通り、健康的な出前とってるよ…」

出前が多いせいで出費は嵩むのだが、このあたりは引きこもる前にキツく言われていたから、それなりには守っている。
台所に貯蓄されているレトルトカレーが脳裏によぎったが、今は忘れることにした。あんまりあれ食べないし、うん、大丈夫…。

「ほんとにー?」
「ホントホント。だからさっさとごはん食べてきて。私もいったん戻るし」
「…はぁーい」

渋々引き下がった乱に、丹色はほっと息をはく。視界の端で獅子王が複雑な顔をしているのを確認して、そちらを見た。

「獅子王?」
「あと、変な遠慮もいらねぇ。主に遠慮されんの、なんかやだ」

うわなんだこいつ可愛い。
口にはしないがそう思う。分かったと返事する無表情な丹色ではあったが、内心でニヤニヤする様子を、歌仙が呆れきった目で見つめていた。

 
モドル
手を