05


主が脆弱性を克服した。
この1文が本丸の内部に広まるのは一瞬のことであった。広めたのは獅子王で、メガホンよろしく言いふらした。ついでに言うと乱が泣きながら丹色を担いで本丸を駆け抜けたことも一因である。
とはいえ、広めたのは誰かなどはもはや問題ではない。気付いたときには加州には止めることもできないほどに本丸内部に浸透していたのだから。
本当か、と丹色が寝かされている小部屋周辺に集った刀剣たちは、キレた大和守がついさっき遠ざけた。主は気絶してるんだから騒ぐな、と。本丸最強に数えられる刀剣の実力はやばい。睨みをきかせるだけでその殺傷能力を発揮しそうだった。
人の気配が消えた廊下には、薬研が小部屋を背に座り込んでいるだけだ。言わずもがな、薬研は見張りである。
庭を挟んだ縁側からそれを見つめた加州は振り返って大和守を見た。

「主、離れから出てきたね」
「出てきたね」

朗らかな気分でそう問いかけたのに、間髪入れずに返ってきた声はやけに低かった。

「何お前まだ機嫌悪いの?」
「うるさい」

大和守が眉をしかめた。にこりともしないその顔は不機嫌、というほどでもないが、決していいものではなかった。

「集まってきた奴らも仕方ないって。待ちに待った主だし。……あ、もしかして乱に対して機嫌悪いの?」
「……」
「あ、正解?」
「黙って」
「乱ならミヤビが今説教してるし、俺たちがなんか言うこともないっしょー」

軽い口調で言う加州に毒気を抜かれて、大和守は深く息を吐いて踵を返した。それを認めた加州は、審神者の引っ込む部屋を一瞥して大和守と同じく踵を返した。
大和守が釈然としないつつも自室へ戻ると、加州がパネルをいじりだした。いつものことだった。

「近代化ってすごいよなあ」

言って加州がパネルを大和守に向けた。
中身は実に簡素だった。
『本日21時に大広間に全員集合。遅刻厳禁』
主たる丹色のことだろうとはすぐに察しがついた。大和守はそれを一瞥すると、座布団に頭を預けて寝転がる。あれ?と加州が小首をかしげた。

「寝るの?不貞寝?」
「もうホント黙っててくれる」



本日の夕餉は燭台切が担当した。
ひと眠りしてスッキリした大和守に反し、加州は時間が経つと共にソワソワしだした。数時間前の大和守と加州が逆になったようだ。

きのこの炊き込みご飯、吸物、イサキの煮付け、筍の煮物、アスパラガスのベーコン巻き、菊菜のサラダ……肉がない。全くないわけではないが肉がない。燭台切のご飯の特徴である。肉が少ない。ただし、美味しいので文句を言う者は滅多にいない。加州も文句はない。美味しいしね。
ポロリとアスパラベーコンからアスパラガスが転げ落ちた。机の上に落ちたアスパラガスを、加州は「あーーー」と気のない声を出して見つめて、拾うことなく箸をおいた。おかずは基本、各々でとりわけするので、各刀剣の前には基本取り皿とご飯と味噌汁などしかない。
ご飯一口、吸物一口飲んだだけで、取り皿にはベーコンだけが力なく横たわっている。

「いらないの?」
「お前はいるのかよ」
「食べとかないとあとでお腹減る」
「あーそう」

夕餉は基本的に騒がしい。各々が会話する声で、声がしないことはすくない。しかし、今の広間の様子はというと、静かだ。誰も喋っていないわけではない。誰かがポツポツと話す声はするのだが、いつものような賑やかさはない。
不思議そうに加州を見る大和守は、いつもと変わらぬ様子でもりもりご飯を口に運んでいるが、加州にはその神経がよく分からない。

「このあと歌仙に集められてんじゃん?主のことでしょ?」
「むしろそれ以外ないでしょ」
「うん、安定がなんでそんなに落ち着いてるのかが俺分かんないの」
「なんでそんなにソワソワしてるの清光」
「俺お前とこんなに意見が合わないの初めてなんだけど」
「それは嘘でしょ」

確かに嘘だ。しかし、広間にいる大抵の刀剣がソワソワしているのは事実だ。ご飯を作った燭台切ですらどこか目がうつろで、何かを考えている様子だった。
そんな中で通常運転の大和守。良く見れば歌仙や鯰尾と骨喰なども普段と別段変わらない様子だった。まあ彼らは性格が究極にマイペースなのでそうなのは分かるのだが、大和守のマイペースぶりは少々解せない。そもそもの性格がマイペースな大和守ではあるが、丹色のこととなるとそれなりに調子を崩すと思っていたのだが…かなり読みが外れた。実は平静を装ってるだけとか?そう思って大和守を観察するも、変わった様子は見られない。

「なに」

さすがにじっと見られては気分が悪いのか、大和守が訝しげに聞いてきた。

「ねえ気になんないの主のこと」
「別に。元気ならいいんじゃない。それにちゃんと出てきたし」
「お前強欲が一周回って主に対して無欲だよな」
「ごめん意味わかんない」

うん、俺も意味わかんなくなってきた。
そう呟いて頭を抱える加州を、大和守は横目に見て深い息を吐いた。一旦箸をおいて奥にあるすでに取り分けられたサラダに手を伸ばして取ると、また箸をとって加州へと体を寄せた。

「そんな顔ばっかしてると、主に捨てられるぞ」
「はあ!?なに、うぶ!」
「さあ食え。燭台切が問答無用で押し付けてきてさー。超迷惑なんだよね」

嫌いな食べ物 菊菜
鍋に入ってる物ならまだ食べられないこともないが、サラダともなれば無理である。絶対に食べない。しかし燭台切は知ったことかと大和守に押し付けてきた。「ちょっとでいいから食べなさい」誰が食べるか!
どう処理しようかと考えていた大和守だが、加州に食わせればいい。まだ少しも食べていないのだから大丈夫だろう、と加州の口に勢い良く菊菜を突っ込んだ。
ちなみに加州も菊菜は嫌いである。
口を押さえて真っ青になる加州から視線をそらし、大和守はまた膳に向かう。

「──……」

菊菜を見つめるだけで気分が落ちていくようだった。小皿に乗った菊菜はあとひと欠片。捨てよう。

その横で、加州は咀嚼する度に吐き気を覚えてついには蹲った。口内のものを吐き出さないのはプライドと意地である。
隣で悠然と食事を再開した大和守には殺意しか湧かない。あとで絶対絞める。
一方の大和守は左下から投げ掛けられる殺気にはもちろん気づくものの、とっとと食事を平らげることに集中した。
どうせ審神者の話が終わったあとはバタバタするのだ。さっさと食べて、今のうちにゆっくりしておこうと。

「そういえば僕このあとお風呂に行くけどお前どうするの?」
「……っ!…おっ前ぶっ殺す!!!」

やっと菊菜を処理した加州が大和守に掴みかかった。そんな加州を投げ飛ばさんと、大和守は転がって加州を掴み返した。

「燭台切さぁん!また加州と大和守が喧嘩してるー!」
「えっ!?ああ、もう!」

何度かコロコロと転がった末に大和守のマウントポジションをとった加州が自分の菊菜サラダを大和守の口に突っ込まんと箸に手を伸ばしたが、その隙に大和守に返し技を決められたので未遂に終わった。
はっと顔をあげた大和守に影がさした。見れば燭台切がすぐ横に立っていて、大和守と加州の頭に拳骨を落とした。

「い゛っ…」
「〜〜!!」
「2人とも。今食事中なの。わかる?今僕たち…ていうか2人以外みんな食事中なの」

懇懇と諭された。
諭されてる間も互を小突きあったりしたものだから、また同じ場所に拳骨が落ちたりした。解せない。



「燭台切のやつ、本気で殴ったな…」
「あんなところで乱闘起こしたアンタらが悪い。あとタイミングも悪かった。大将が出てきたのは知ってるだろ?」

氷嚢を大和守に渡し、薬研は腰に手を当てて呆れ返って言い放った。厨の端のスペースに座り込んで、大和守はムッスーとした面持ちで頭に氷嚢を乗せた。一足先に氷嚢を受け取っていた加州も、その横で氷嚢を乗せて項垂れていた。

「なんかお腹すいた…」
「だから食べた方がよかったのに」
「うるさいっ!大体お前のせいじゃん!」
「自分のせいだろ。人のせいにしないでよね」
「お前が菊菜なんか食べさせなかったらもう少しくらい食べれたよ!!」
「はあ!?それ言うならご飯取り上げた燭台切が悪いでしょ!」
「あーあーあー!ホント喧嘩好きだなアンタら!」

また勃発し始めた喧嘩を薬研が大声で打ち切った。

「たっく、あと1時間もすりゃ大将が手でくるんだ。広間の片付けとかもあるんだから手つ」
「主ここまで出てくるのっ!?」
「だ、い…はあ」

加州が薬研に詰め寄った。薬研の言葉など大して届いちゃいない。否、届いているが伝えたい主旨が全く伝わっていない。
引き攣る頬を隠すことなく加州を見る薬研だが、やはり加州には薬研の表情などあまり関係ない様子だった。

「まあ、広間には顔を出すんじゃないか?歌仙がそんな話をしていたし」

そっか、と息を吐く加州の後ろで、大和守はふーんと相変わらず頭を氷嚢で冷やしていた。
ふと薬研と目が合った大和守が不意に口を開いた。

「そういえば、主の様子はどうだったの?」
「あー、悪い。大将の目が覚める前に歌仙と交代したもんでな。会話はしてねえんだ」
「ふぅん」
「なんだかんだでお前も気になってんじゃん」
「そりゃまあね」

薬研が戸口の上にかかった時計を見た。もう8時をすぎていた。

「さ、そろそろ準備していかねえと、大将が来ちまうぞ」
「うわ、もうお風呂入る時間ないや」
「え、ちょっ、俺なんて今日遠征帰りなんだけど!?」
「帰ってすぐシャワー浴びてたじゃん」
「そういうことじゃなくってぇえ…」

がっくりとうなだれた加州の頭に、薬研が改めて氷嚢を乗せた。

「ま、明るく迎えてやろうぜ」

そうだねぇ、と軽く大和守が返したが、相変わらず加州はうなだれたまま頷くに終わった。

 
モドル
手を