06
広間に襖の開く音が響く。物音一つしない広間に、その音はやたらと響いた。
丹色が入室したのは上座側の入口だ。刀剣男士らが一様に丹色を見ていたので、正直緊張する。同じように丹色もしばし広間内を見渡していたが、不意にまた歩き出して上座を陣取った。きっちりと正座をしてしゃんと姿勢を伸ばした。
「まずは、長らくの不在をお詫び申し上げます。ご心労をおかけしたことでしょう、大変申し訳ございませんでした」
言って、まず頭を上げた。
わずかに広間がざわついたが、丹色はさっさと次の内容に入る。下手に質問などは受け付けない方がよい。
「ここに数カ月いた者はご存知でしょう。私は情けなくも、審神者でありながら神気に弱いという致命的な弱点がございました。半年間、私が離れに引きこもったのは、ひとえにこの脆弱性を克服するためです」
言って、丹色は改めて広間の刀剣らを見渡した。見定めるように見るもの、驚いたように見るもの、戸惑うように見るもの、感情が読めない者、様々だが誰もが丹色にどう声をかけたものかと悩んでいるのは丹色にも見て取れた。
「これまで、姿も見せない私のもとで力をふるい、本丸を維持していただき、誠にありがとうございます。この本丸があって、私がここにいるのはあなた方のおかげです。そのおかげで、私はこの脆弱性を克服できました」
丹色は大きく息を吸うと、声を大にして言い放った。
「心もとないところがあるのは承知していますが、私はここの審神者でありたいと思っています。この本丸のすべてに拒絶されるまでは、この本丸にかじりつく気でいます。…厚かましいお願いですが、よろしくお願いいたします」
これだけです。
そう言って締めくくった。最低限、言いたいことはこれだけだ。
言いたいことや聞きたいことは山ほどあるが、とりあえず今はこれだけでいい。
思って丹色は刀剣らの反応を見た。果たしてどう返ってくるか。とにかく丹色には、今のところ審神者をやめる気など毛頭ないので刀剣たちには受け入れてもらうより他ない。
「何か聞きたいことはありますか」
「ある」
即答だったな鶴丸国永。
とりあえず訊いてみれば、真っ先に鶴丸国永が手を挙げた。内心で小さくツッコんで丹色は「はい鶴丸さん」と鶴丸を見た。
「君はこっちには来るのか?」
「こっち…本丸のこの母屋のことでしょうか?」
「そうだ。今までこっちに来なかったのは、神気が満ちていたからだろう、今は大丈夫というからには、これからはこっちに顔を出すのか」
「ああ、そうですね。そうしたいとは思っています。職務上、離れに引っ込むことが少なくはないでしょうが、できうる限り顔を出す気でいますよ」
「え、マジで」
思わず、といった風に加州が声を上げた。
「じゃあじゃあ!会おうと思えば毎日会えるの?」
「もちろん。あと、行けるなら演練にも付いていこうかと思っていますので、よろしくお願いしますね」
「ほっほんとうですかっ!」
ばっと今剣がたちあがった。これ、と石切丸が裾を引いたが、今剣は相変わらず立ったまま動こうとはしない。
「ええ、可能ならば是非」
やった、と今剣が小さくこぶしを握るその横で、同田貫がふんと鼻を鳴らした。
「やることは今までと変わんねぇんだろ?だったら俺は敵をたたっ斬るだけだ」
「ええ、期待しております、同田貫」
丹色は笑んで同田貫を見る。そこから周りを見渡していると、ふと和泉守と目が合った。合った瞬間にふいと逸らされたが。
うん、まあそういう反応もあるよね。
少し残念に思いながらも、さらに視線を巡らせる。実に様々な表情が出そろっていた。嬉しそうな顔、不満げな顔、怒ったような顔、楽しげな顔。喜怒哀楽コンプリートである。
「他には?」
答えはなかった。それに頷いて、丹色は立ち上がる。
「こちらに顔を出すことも少なくはありませんし、何か御用があれば私の離までいらっしゃっても結構です」
す、と息をすった。大きな声で、はっきりと明言した。
「よろしくおねがいします」
─────────
「──とは言ったけどね…!?」
翌朝、丹色はいつも通りこんのすけとキャットファイトしながら無事起床した。こんのすけにたたき起こされ、こんのすけに当り散らしながら身を整え、こんのすけと口論しながら刀剣男士たちの洗濯を行った。
そのあと離れの書院で出陣予定者のオーダーを組んでいた時だ。
いつも通り、丹色はパソコンに出陣行程表を打ち込んでいき、こんのすけは部屋の隅にあるタッチパネルで刀剣や資材のチェックと物品発注のリストアップをしていた。タッチパネルと言っても、こんのすけ自身はパネルの前に座り込んでいるだけで、画面はこんのすけの意思によって勝手に動く。
そうした中、突然項垂れて途方に暮れたような声を上げた丹色に、こんのすけは不思議そうに首をかしげた。普通に可愛い、いつもこうだったらいいのに普段は可愛くない。
「どうかいたしましたか?」
「こんのすけ、私って感受性強いんだよねー」
「存じておりますが…」
はあ、とため息をついて、丹色はパソコンを打つ手をいったん止めて、部屋の外を指さした。
釣られるように丹色の指さす先に視線を巡らせたこんのすけは、ぎょっとして身体をびくつかせて立ち上がった。
「なっ…なん…っ、ああ、でもいいんでしたっけ…?」
「いいんだけど、なんかもうぎょっとするよね」
丹色の指とこんのすけの視線の先にあるのは、何気ない庭の風景だ。…その岩陰にたくさんの短刀達の頭がなければ。
「隠れる気あるのかな」
「ないのでは?でなければ戦場であれだけの戦績はありません」
「いやそうなんだけどさぁ」
そういうことじゃない。
ところで彼らは何をしているのか。偵察能力も高い彼らだ。丹色が短刀達の存在に気付いたことも察しているはずだ。
とりあえず、こちらから近づいてみよう、と離家を出ていく。
「うーん、となれば可能性はただ一つ、陽動だな」
「あー、なるほど。陽ど…」
「…」
一つ言うなれば、今の陽動うんたらかんたら言ったのは丹色ではない。そしてこんのすけでもない。
声で誰かは感知したのだが、一応振り返ろうと思い、ふっと後ろを振り返った。
「よっ、驚いたか?」
「こんのすけー、追い出して」
「な!?挨拶もなしにそれか!?」
ひどい、と丹色に一歩近づこうとした鶴丸国永に、こんのすけのロケットのような頭突きが飛んで行った。
「い゛ってえ!?」
「幼気な短刀達になにをさせているのです!」
「ちょ、こんのす、いた!」
「それなりに個性の強い短刀達がただであなたに付き従うとは思えません!何を言ったのです!」
「いたっ!ちょ、待っ」
「というか、仮にもこんな女性ですが審神者の背後から襲撃するとは何事ですか!!いいですか、────」
後ろでこんのすけと鶴丸がバタバタと取っ組み合いをしている様子だったが丹色はそちらに目を向けることはなかった。
それよりも、短刀達が何をしているのかが気になったのでそのまま歩み寄れば、はっとしたように一人が顔を上げた。秋田藤四郎だった。
「わ、わああああああ!?主君んんんん!!」
「へ?なに?」
ぎょっとして叫んだ秋田に呼応するように、何だ何だとほかの刀剣たちも顔を上げた。愛染、前田、今剣、秋田、五虎退、平野、厚、博多…。薬研と乱と小夜以外はオールスターズである。
「あああああ主様…っ!はだっ裸足ぃいいい!」
「お、おい五虎退気絶しそうだけど大丈夫か?」
「大丈夫だろ、五虎退強ぇし」
「厚適当やなあ」
「ていうか鶴丸さん、やっぱりこんのすけにおこられましたねー」
「行かなくて正解だったようです」
裸足で庭におりた丹色を見た五虎退が半泣きになった。愛染はそれを心配そうに見るが、厚と博多はそれを適当にあしらうだけだった。
今剣と平野は冷静に状況を分析していて、前田は後方で苦笑しているだけだった。苦笑はしているが、楽しそうだ。それにわずかに息をついたが、それ以上に思うことはただ一つだ。
「…強かですね」
こんのすけは彼らが何か言われて陽動係を引き受けたものと思い込んでいるらしいが、案外逆かもしれない。つまり、自ら陽動を買って出たと。
読みは当たって、みごと鶴丸はこんのすけの説教部屋行きになったわけだ。
丹色の言葉を聞いた短刀達はきょとんとして丹色を見たが、そのあとは笑顔で丹色を取り囲んだ。
「大将のところに遊びに来たくてさー。それで話し合ってたら、鶴丸さんが来てさ」
「ちょっと主君を驚かせてみないかって…」
カラカラ笑う厚と半泣きの五虎退の説明で大体は合点がいった。
「うん、話の全容はつかめたかなぁ。でも遊ぶのは昼からでもいいかな。まずは今日の出陣予定組まなきゃ」
そう言って姿勢を低めれば、はーいと口々に返ってくる短刀達の返事。
「…お昼は私も参加していいかな」
そう言えば、その瞬間にその場が静まり返った。
さすがに性急すぎたかな、と弁明しようとした瞬間に、短刀達のキラキラとした視線が突き刺さった。
「い、いいんですか…!?」
「わあ、主様とごはん…!」
「う、嬉しいです…!!」
想像以上に喜ばれた。
驚いてこっちがきょとんとすることになったが、すぐに丹色の顔にも笑みが浮かぶ。
が、そこではたと思い至ることがあった。
しまった。これじゃあ午前の出陣に短刀達を入れられない。
ある程度は出陣オーダーを決めてしまっていただけに、もう一度練るのは面倒だ。
そうは思うも、手を取り合って喜ぶ短刀達には「たまにはいっか」と思わせられた。
いい機会だ。短刀達だけでなく、ほかの刀剣とも話せるかもしれないし。
そう思って改めて脳裏に出陣メンバーの羅列を思い浮かべた。
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モドル