優秀な守り刀です
ばぃぃいんとけたたましい金属音が響いた。しまった、と内心で後悔する。これは丹色が自分の目覚ましで起き損ねた時にする音だ。犯人はこんのすけ。なかなか丹色が起きないときにこれを実施してくる。
布団から腕を伸ばした丹色は枕元をまさぐり、物言わぬ目覚まし時計を探り当てるとぐっと手に力を込めた。次の瞬間、渾身の力でそれをこんのすけに投げ付けた。戸惑いはなかった。
「あーさーでーごーざーいーまーすー!!!!!」
「うる、さい…!」
飛んできた目覚まし時計を華麗に避けたこんのすけは叫びながら足早に丹色の枕元まで駆けつける。その後方では目覚まし時計が大破した。いくつ目になるか分からない目覚まし時計であった。
耳もとで叫んだこんのすけを布団に押し付けて枕に顔を埋めた丹色。しかし睡魔とともに沈む意識に比例して腕の力は弱っていくので、こんのすけが丹色の拘束から抜け出すのは容易かった。
「昨日何時に寝たのですか!」
「くじ」
「きっちり8時間睡眠ですねおはようございます!」
「くそぎつねぇぇ」
人間口を動かせば嫌でも目が覚める。実際丹色の言葉も重ねる毎に明瞭になってきている。さあ起きろ。こんのすけの思惑通り、目が覚めてきた丹色がのっそりと身を起こした。朝5時の戦いは今日もこんのすけの勝利である。
「ねぇ朝のあの音何して出してるの?」
じゃばじゃばと日課の洗濯をしながらこんのすけに問う。朝からけたたましく鳴り響いたばぃぃんという打撃音がいまだに脳裏に鳴り響いている。銅鑼でも鳴らしたかと思ったが、ここにはそんなものはない。丹色の疑問も当然と言えば当然のものだ。
木桶の中の内番衣装を踏み洗いしていたこんのすけは丹色の問いに、こてりと首を傾げた。なにをいまさら、と。
「鍋に頭突きいたしました」
「すごい身を張るね!?」
「主がひどい物臭でございまして…」
よよよ、と泣きまねをするこんのすけに、丹色は驚きを禁じ得ない。まさかそんなネタみたいなマネを本気でやっていたのかと。実際こんのすけとしては丹色に起きてほしくて考えに考え抜いた本気の策である。
「着古したスウェットで洗濯するし?」
「そこなんです!!どうして!浄衣を着てくださらない!!」
「来客の時くらいでいいでしょー」
「これからは刀剣男士もここへ足を踏み入れるんですよっ!!」
「こないだ短刀が来たときは浄衣でよかったと心底思った」
「でしょう?」
少し前のことになる。
丹色が本丸でこれからよろしく云々の話をしたその翌日、さっそく一部の短刀が顔を出した。その日中にお昼を一緒に食べる約束をしてみたりとまるで審神者のような会話をしたのである。実際審神者なのだが今まで関わりが薄かった分、新鮮だった。
本丸に顔を出した翌日ということだったので一応朝から簡易浄衣を纏っていたが、これが見事に幸いした例である。短刀に情けない姿を見られずに済んだ次第である。
「そろそろこのスウェットも卒業かなぁ」
「!!そうですね!これからは浄」
「何色のスウェット買おうか」
「買わせませんからねっ!絶対に買わせませんからねっ!!」
「そんなんだから小姑なんだよこんのすけは」
「あ な た が そうさせてるんです!!」
丹色の希望としては今がグレーのスウェットなので次は紺がいい。こんのすけは全力で嫌がっているが。
ふーふーと威嚇するように毛を逆立てて丹色を見るこんのすけは丹色にとって大した脅威には映っていない。丹色はこんのすけを一瞥すると洗っていた着物を持ち上げて専用のハンガーに通した。
「ちゃんと儀式の時には着てるじゃない。自分の部屋の掃除とか、日常生活でだけだよ」
「ならばせめて事務業務に携わる日中ぐらいは着てください」
「事務の時ぐらい楽なかっこうしたい」
意見が真っ向から対立している。こんのすけはため息をつくと大人しく洗濯を再開した。ここでキイキイと怒っても体力を消耗するだけだ。それよりお腹がすいてきた。
「ところで朝ごはんはどういたしましょう」
「こないだ買ったレトルトの牛丼あるけど食べる?」
「あなたレトルト全部捨てるって言ってませんでした?」
「無理だった」
「でしょうね!」
そんなことだろうと思った!
結局捨てられなかったレトルト類を朝から食べる宣言をした丹色にはほとほと呆れる。今度こっそりレトルトを捨てておこう、こんのすけは内心でこっそりと決意する。また喧嘩の種になるのは明白だったが丹色の健康を思ってのことだ。そしてレトルト類ばかり食べていたことが刀剣たちに知れたらそれこそ彼らまで心配する。そしてその叱責は最終的にこんのすけに飛んできかねない。刀剣男士って大体審神者に盲目だから。監督不届きでこんのすけにとばっちりがきかねない。ツライ。
「…そう言えば、今日は近畿議会でしたね」
手洗い洗濯が終わり、洗濯機も動きを停止したころこんのすけがふと言葉を漏らした。思い出したような、というよりも何か心配事があるような声色で、洗濯機を開けて中を覗き見ていた丹色は「そうだね」とこんのすけを不思議に思って見る。こんのすけを見つめたが、こんのすけは黙っているのでとりあえず丹色は洗濯機の中から服をどんどん取り出す。業務用の大型洗濯機である。しかも性能も優秀な洗濯機である。正直高かった。
「こんのすけ?」
未だに黙るこんのすけに、丹色は洗濯物の詰まった籠をいちど床に置いてこんのすけに歩み寄った。丹色からすれば小さな生き物であるこんのすけのそばにしゃがみこむと、無遠慮にこんのすけ脇の下に手を通して抱き上げた。慣れたことだからかこんのすけは悲鳴を上げることはなかったが文句の一つもたれないこんのすけには丹色も驚いた。
「突然なに?何が心配?」
「そりゃあ…」
ぱたりとこんのすけの耳が後ろに倒れた。いつもは憎らしいくせに、たまに前触れなくしおらしくなるから丹色も対応に困る。正直可愛い。むかつくから言わないが。
しかし、こんのすけをこうもしおらしくさせるようなことは今回の近畿議会にはなかったはずだ。別にいつもと同じで、変わったことなど……あったわ、変わること。
「神気?」
「御守り、ちゃんと持って行ってくださいね」
「はいはい。急にしおらしくなったかと思えば…」
丹色は刀剣男士たちと面会したその日のうちに、政府である手続きを済ませた。正式に神気を克服したと政府に申告したのである。今まではこうした議会においても特殊な扱いを受けていたが、それが今回からはなくなる。
議会には多くの審神者が参じる。審神者の多くは二振り以下の刀剣を引き連れてやってくる。義務ではないが、審神者の安全を考慮した政府により推奨された事項である。
とはいえ基本的には刀剣はその議会には参加はできない。一定の場所で待っている必要があるのだが、逆を言うとそれだけの刀剣が一か所に集まるということだ。少し前の丹色にとっては脅威と言っていい空間だった。
「別に大丈夫だって。実際、こないだ他の刀剣部隊に会ったけど何もなかったしね」
「そう、ですか。ならばよいのです」
一応は納得してくれたようすである。顔をあげてにぃと笑んだこんのすけに、丹色は安心してこんのすけを地面に下ろす。
「さって、洗濯済ませて部隊編成決めよっか」
そう言って伸びをした。
昨晩からすでにあらかたの出陣編成は練っていた。というか、週1で国ごとの審神者で通話会議をして、そこで決めた方針に沿って出陣する。その出陣の成功率とその精度は審神者次第だ。刀剣を折らないために、脳みそに詰め込んだ付け焼き刃な知識を総動員する。
審神者とはどんな職業かと聞かれれば、丹色は迷うこと無くこう言うだろう。「軍人職だ」と。
「機嫌が悪いですね」
久々の公なので、お気に入りのスーツを身にまとってみた。しかし、その表情は面布の上からでもわかるほどに不機嫌だった。理由は簡単で、ついさっき担当役人から入った通信が不愉快だったからだ。担当の名を門前真一という。おそらく本名ではないが、そう呼ばれているのだから丹色も門前と呼んでいる。
「先ほどの通信ですか」
「まあね、会議のあとに面談したいってさ。出陣成果表を持ってたから、たぶん戦績に関してだろうね」
丹色の脳裏に映るのは、こんのすけが媒体になった通信映像。丹色の前に映し出されたのは笑顔で出陣成果表をパシパシと指で弾く門前の姿だった。その横にいた大和の代表審神者の表情は良いものではなかった。
「本丸に戻ったら戦績のこと言われるだろうなぁとは思ってたけど。気が重いよね」
「最近の戦績、落ちましたっけ?」
「うーん…。むしろいいと思うよ。だからこそ、もっと上を目指せってね。それはいいんだけど、やなんだよね、あの人たちの考え方」
門前と丹色の関係は決して良いものではない。門前は審神者の担当官としては非常に優秀だ。それは丹色本人も言っていたことだから間違いないだろう。しかし考え方は嫌だという。
はて、とこんのすけは首を傾げる。
「考え方、ですか」
「ああ、こんのすけ本丸からあまり出ないもんね」
「そうさせたのは誰ですかっ」
「ごめんて」
かつて丹色は、意図せずこんのすけを害したことがある。今でこそこんのすけはピンピンしているが、失ったものも少なからずある。それがこんのすけが独自で持ち得た時空間移転機能である。丹色のせいで完全に壊れた。修復はもはや不可能の域であり(修復できても機能としての信用性に欠ける)、こんのすけは本丸に据え置かれた時空間移転装置──移天門──での移転を余儀なくされた。
その時のことを思い出してか、がるる、と犬のように唸って見せたこんのすけ。全く怖くない。キツネも一応犬のはずだったが。
そんなこんのすけを丹色は見事にスルーした。手早く白鬘の髪を整えて頭をかいた。
「はあ、下手したら無茶な任務付けられるしね」
「はあ、ご自愛下さいね?」
「分かってる」
よくわからないが、あまり良くないことなのはこんのすけにもなんとなく察せられた。こんのすけの忠告を一応は聞いてくれているようだが、その返答の声色はどこか刺々しい。下手にこの話題には触れまいとこんのすけは内心で息をつくと、カバンを頭で押して丹色の足もとへと押し出した。
「さあ、もうすぐ時間ですよ!」
「あー。はいはい」
急かされるようにして足に取り付かれたので、丹色は足でこんのすけを払い除ける。書類で少し重たいカバンを持ち上げると離家の隅の壁の引戸に手をかける。いつまでたってもこの国は文書主義だ。紙の書類が多いことこの上ない。
目の前に移天門が現れる。ちょうど引戸の向こう側が本丸の玄関口である移天門まで繋がっている。ちなみにこの引戸を使えるのはあと数日だ。特殊な技術のこの引戸はあくまでも丹色が刀剣と会うリスクを下げるために設置された。これからは会っても良いということで、数日後には撤去される予定だ。便利なので丹色はまだ使っているが。
丹色はパンプスを履いて振り返る。廊下にちょこんと座ったこんのすけがこちらを見ている。
「行ってきます」
そう言って引き戸を閉じた。
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モドル