02
厚がそこにいたのは本当に偶然のことであった。歌仙がいたらよくやったと言わんばかりの快挙だと諸手を上げただろう。
刀剣が本丸を出ることは基本的にはない。外へ出る機会と言えば、演練か政府施設への付き添い、そして戦の時くらいなものだ。故に、刀剣は個人的に玄関口まで足を運ぶことがほぼない。
稀にある来客のために、定期的に誰かが近くに控えることがある程度だ。
それなのに厚が個人的に玄関まで足を運んだ理由とは簡単で、稀に重度の迷子になる虎探しのためである。たまに探しても探しても虎がいないときがある。五虎退の虎がいなくなるのはしょっちゅうあるが、探すまでもなく時期に帰ってくる。それがたまに1匹足りなかったり2匹足りなかったり…。しばらく待って帰ってこればいいが、そうならなければ五虎退が本気で泣くので厚も渋々探し出す次第である。お兄ちゃんって辛い。
「いっねぇなあ…」
かくれんぼ得意すぎだろ。ぶつぶつと文句を言いつつ木々の茂みや手水舎の裏側をのぞき込んでみたが全くいない。いる気配もない。
参った。探すべきはあと1匹。その1匹がこの午前中、全く姿を現さなかった。これはどこかから出られなくなった線が強い。せめて大きな声で鳴いてくれればいいが、子供だからか普段のその声はか細い。
ため息をつきかけたとき、ふとどこからか虎の声がした気がしてきょろきょろとあたりを見渡す。しかしどこにもその姿はない。
「気のせいか…?」
探しすぎで耳が変になったのか。そう思ったとほぼ同時である。
──…!
いややっぱり声がした!絶対鳴き声がした!!どこだ、と茂みや軒下、手水舎の桶の中まで確認した。5分ほど探してみたがやはりどこにも見当たらない。玄関の靴箱も然り。どこにもいない。
ほとほと参って、厚は思わず空を見上げる。もうどうしろと。とりあえず五虎退でも呼ぼうか、と考える。
「……」
丁度午も過ぎ、小腹がすき始めた時間である。太陽は眩しく、ちりちりと厚の肌をわずかに刺激した。額がしっとりと汗ばんだ。暑いのは嫌いじゃない。
「……。いや、まさかなあ」
わずかに引き攣った顔を手で押さえて戻そうとする。ちょっと嫌な予感が頭によぎった。厚はぐるりとその場を見渡していく。最終的にその視線が行き着いたのは玄関脇の手水舎だった。
厚は手水舎に歩み寄って柱に手を添えると、ぐっと姿勢を低くした。全身をばねのようにして思いっきり縦にジャンプすると手水舎の梁に手をかけた。プランとぶら下がった体を振って反動をつけると梁に足をかける。屋根に手を伸ばしてグイグイとその強度を確認するとそのまま屋根にぶら下がって同じようにして屋根に上った。
傾斜が急なのでしゃがみこんで体を固定させると今度は玄関の屋根を見据える。
しばし後退すると、厚は一瞬だけ姿勢を低くしてだっと走り出し、手水舎から本丸の玄関の屋根に飛び移った。
「うお…っと」
屋根の瓦を落とさないように慎重になりすぎたせいか、少しバランスは崩したが問題はない。というか、思いのほか瓦屋根は頑丈だった。
その視線を軒下から屋根上へ移せば、そこにポツンと異彩を放つ白があった。
「ああああ!!いたよ!くっそもう!!」
ぎゃう、といつになくか細い声で鳴いたのは間違いなく五虎退の虎だった。その場から一歩も動かないあたり、どうやらここから動けなくなったらしい。この後五虎退に苦情を申し入れようと決意した。とんでもないところにいたぞこいつ。
厚は虎を抱き上げると、屋根から飛び降りた。浮遊感に驚いたのか、虎がわずかに厚に爪を立てた。痛い。
「うわ!」
着地する寸前、突然聞きなれぬ悲鳴がして厚はびくりとその場から大きく飛び退いた。見てみると、スーツを着た女が座り込んでいた。黒い髪に黒い目。
初めて見る顔だが、なんというか、言われなくても分かった。彼女が大将だ。
「えっ!?大将!?」
「へ?…あ、はい、ここの審神者です」
いやそういう意味で言ったんじゃない。
なんで面布してないんだ!と。厚が見たことがあるのは面布と白鬘に覆われた主だけだった。
「なんでここに?」
そう言ってからはたと気付く。丹色の隣に大きなカバンが転がっている。これからどこかに──スーツ姿なのでおそらく政府か──出かけるのだろう。
「審神者の集まりです。厚藤四郎は…ああ、虎…」
「おう。…あー、それ、やめないか?」
虎を見た丹色も何かを察したらしい。正解だと言わんばかりに厚は虎を掲げるとおずおずと切り出してみた。
「それ?」
「その敬語。少なくとも短刀連中は嫌がるぜ」
それを言うと、丹色は「あーー…」と目を細めて中空を見る。どうやら身に覚えがあるらしい。
「どうせ前田にも言われたんだろ?んで、同じように俺も厚って呼んでくれよ」
「よくご存知で…。分かった」
「そういえば、審神者の集まりだっけ?止めて悪かったな」
「あっ」
思わず話しかけてしまったが、そういえば丹色政府施設へ行く途中だった。丹色も厚の言に我に返ったように慌てて立ち上がった。
「急いでるのか?」
「えっ、いや、まだ余裕はあるけれど…」
言いながらも丹色は手早く移天門を起動させるパネルに指を這わす。
どうかしたかと首を傾げる丹色に、厚はしばし黙る。
「いや、さあ…俺も「審神者様ーーー!」
連れて…って…えっ」
猛スピードで何かが飛んできた。それは丹色の目の前に止まると、まくし立てるように毛を逆立てた。
「申し伝え忘れておりました!此度の議会には刀剣を連れて行っていただきます!」
「今回は門前とも会うんだけど」
「門前様も神気の問題がないかと気にかけていらっしゃるご様子です。それも踏まえてのことかと。出発の前に選定をお願いいたします」
「えーーー…」
どこか渋る丹色に、厚はこてりと首を傾げつつ声を上げた。
「はい!はーい!そういうことなら俺を連れてってくれ!」
その場のノリで手を挙げた厚。ちょっと政府とやらに行ってみたいと思って立候補してみた次第である。
「え゙」
あ、なんか嫌そうな声出された。厚は丹色の固まった表情を見て色々悟った。あ、だめなんだ、と。
「お、俺じゃだめなんだ…前田は良くても俺はだめなんだ…」
「ああああああそんなことないそんなことない!!いやホントまじで!全っ然オッケーでございます!!むしろ一緒に来てよ!」
「いいのかっ!?」
ぱあっと笑顔になる厚に丹色は全力の笑顔を顔に貼り付けた。
「(やばい、今回は…やばい)」
笑顔の中身はかなり引き攣っていたが。
丹色の脳裏によぎるニコニコ笑う門前の姿。普段笑わない人間がああもニコニコするとこんなに気持ち悪いなんて。知りたくなかった発見である。
いや、そんなことより、今回の問題はそんな門前と己の刀剣を会わせることになる可能性の方だ。もう何を言われるか分かったもんじゃない。それ自体はいいのだが、それが丹色本人ではなく厚に向くのを丹色は危惧している。刀剣に人間事情の叱責だのなんだのを向けさせたくないのが丹色の思うところである。
「あー、ですが…その。」
「うん?どこへでも付き合うぜ?」
「わあ!かっこい、じゃなくて!」
「なんだ?」
「いえ…こっちの都合です…」
こうなれば徹底的に門前とは会わせん。そう心に決めた。
「厚が付いてきてくれるってさ」
「まあ、厚藤四郎様なら審神者様をうまくセーブしてくれることでしょう、構いません」
「よっしゃ!…そういえば俺、防具の装備をしてねぇんだわ。取ってきてもいいか?」
そう言う厚の服装は内番服ではないが、防具や刀装は付いていない。軽装だ。確かにこれで共をするのは心許ないであろう。
「何分くらい?」
「10分あれば」
「大丈夫。とっておいで」
「じゃちょっと行ってくる!」
勝手に行くなよなー、と言い残して虎を抱いて走り去った厚を見送り、丹色は僅かに息を吐く。
不意に取りだしたのは携帯で、なれた手つきで操作する。画面には『ツグミ』と表示されていた。
omk会話内容
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モドル