03



丹色がその部屋の戸を叩いたのは夕方前のことだった。
近侍として同伴した厚藤四郎は刀剣男士専用の待合であるエントランスホールで待ってもらっている。参加する審神者の刀剣男士は皆そこでまつので、寂しくはないはずだ。色んな刀剣男士と話せることだろう。

すでに中で待機していた門前と暁月は扉の向こうに現れた丹色を迎え入れて席に着いた。遅れて丹色も2人の向かい席に着いた。

広いとは言えない部屋だ。15畳ほどの部屋の真ん中に机を挟んで2人掛けのソファーが2つある。あとは本棚と端にものを置くための机が備え付けられているだけだった。
門前がコトリと自分のパッドを置いたのはその机の上だった。その上にパサリとやや粗雑に資料を乗せる。

「はいこれ、今月の君の戦績」

目を向けると、そこに列記されているのはここ1年の丹色の戦績データだった。グラフと数値で数枚にまとめ上げられている。

「まあ君も感じてはいるところだろうけれど」
「…そんなに低いですか?」
「そんなことはないんだけどね。ただ伸びなさすぎ」

ずばっと言い切った門前に、丹色は思わず声を詰まらせる。
バツの悪そうな顔こそしているが、あまり反省の意思は見えない。むしろ、その目はどこか反抗的な光を宿している。それを感じ取った暁月の顔から表情が抜け落ちた。
それを視界の端で確認しながら門前が問う。

「原因はわかるかい?」
「…多少の怪我で撤退することなどありません。もう新人じゃないんですから、そのあたりは見誤りません」
「そうだね、君は引き際を見誤らない。多少の怪我では引かないが、多少を越えると判断したら迷いなく本丸に帰してしまう。…それがこの戦績の原因だと僕は考えるがね」

丹色の目がわずかに剣呑なものになった。
以前も言われたことがある。故に、門前が何を言いたいのかがよくわかる。

「今までの君には、刀剣破壊することのデメリットが大きかったからね、良かったんだけど。『折ってもいい』ってくらいの作戦を展開してくれなきゃ、伸びるものも伸びないよね」
「…作戦は会議によって定められた方針で進めています。求められている成果も残していますが?」
「そうだね。今までと何の代わりもなく、ただ安穏と己の領域をまもっている」
「…」

門前が笑うようにいう。声は笑っているが顔が少しも笑っていない。

「刀剣を破壊しろとは言わない、しかし君は刀剣を大切に扱いすぎる」
「貴重な戦力を大切に扱うことがおかしいですか?」
「いいや?だが僕は最初に言ったはずだ、彼らは物だと。見誤るなと。情は要らない」

丹色は感受性が強い。刀剣男士が人の形をとるだけの、何か異質な存在であることは丹色とて常々感じることであるのだ。故に人間として彼らを見ることは無い。できない。
だがだからこそ、抱く思いもあるものまた事実だった。
刀剣男士を人として見ることは無いが、心を宿しコミュニケーションを取れる彼らを完全にモノとして扱えるかと言えば、答えは否だ。
丹色も随分と前から自覚はしている。刀剣たちにかなり情が移っている。しかしそれは当然のことで、必要なことではないのだろうか?刀剣男士に安息を約束し、戦場で心置きなく武力を奮ってもらう。それが審神者の仕事ではないか?そのための作戦指導であり、本丸運営だ。ただ寝て食べるだけの場所でいいはずがないのだ。

「戦う術を大切にすることは、おかしいですか」
「いいや?彼らは大切な戦道具だ」

立ち上がった門前は腰を曲げて丹色に顔を近付ける。その威圧的な空気感に負け、丹色は思わず身を引いた。

「良くも悪くも道具だ。特に君は審神者なんだから代わりは作れるだろう。同じ時間・手間をかけた刀剣男士の性能は同等。生き物じゃないんだから個性はない」

例えば、歌仙兼定と歌仙兼定。同じ時間と過程を経た両者の戦闘能力は同じである。
知っている。そんなことくらい、丹色にもわかる。けれど納得はできるはずもない。
負けるもんか。私は審神者、刀剣に戦う術をあたえ、守る者。

「しかし環境が違えば?他の刀剣男士との関係性によっては性能以上の能力を発揮することだって少なくありません。事実、私の刀剣がそうです」

刀剣同士の関係性。それは信頼関係がはやり大きい。刀剣同士にそれがあるのとないのではその差は大きい。何も仲良くさせるというわけではない、互いの癖や弱点・強味を知っていればいいだけなのだ。それだけで刀剣個々の、ひいては部隊の動きも変わる。

「確かに戦績はいいとは言えません。課題である認識もあります。しかし戦果は──私の部隊がもたらす戦場そのものに対する効果は大きいと自負していますが?」

そのように訓練している。丹色は日々刀剣と会うことが叶わなかった。丹色本人に弊害があるゆえ、作戦行動中も細かな指示ができなかった。だから事前にありとあらゆる状況を踏まえた訓練をさせているし、それが功をなしていることは戦果にも表れている。

「…戦績は伸び悩んでいる。しかし丹色部隊が作戦終了宣言した戦場には敵の一匹たりとも残されない。しかも同じ時間で作戦行動する他部隊の損害が極端に減ることとも報告されている」

つまり、丹色部隊とは自分の部隊だけでなく、ほかの部隊を考慮した動きをしている。むしろそちらの方が大きいのかもしれない。

「門前、お前褒めるか叱るかどっちかにしたほうがいいんじゃないか?」

やっと口を開いた暁月がどうなんだと門前を見上げた。

「やー、でもね。作戦行動時の刀剣の動きは素晴らしいの一言に限るのは本当なんだ。時間がかかっても、撤退がない限りは最終目標を必ず撃破してくる。まるで軍隊…むしろ特殊部隊かと思うくらいだ」

楽し気に言う門前に丹色と暁月の視線が集う。2人ともいぶかしむような目つきだ。
丹色からすれば、『そうのように訓練したのだから当然』だし、暁月からすればその評価が意外だった。意外だったが、暁月はなるほどと視線を丹色に移す。

「ふぅん、なるほど。そんなチームなら、間違いなく俺の方が有効活用できるね」
「もったいないだろう?」
「ああ、もったいない。しかも、それで戦績が伸びないなんてね」

なにがどうもったいないのか。それではまるで、丹色の刀剣に暁月の刀剣よりも優れた部分があるかのようだ。

「刀剣男士ってのは、良くも悪くもモノなんだよ。頭がいい奴も少なからずいるがな、大局眼ってやつを持ってるのがいない。戦場での立ち回りはさすがの一言なんだけど」
「…?」

丹色がますます意味が分からないと顔を顰めた。

「昔、刀剣たちが大将首も持たずに帰ることが多々あったろう」

そう言えばそうだ。結局最終対象を見つけられずに帰ってくることは多々あった。今でもときおりネットで『○○のボスにたどり着かない!』という悲鳴じみた声が上がるのを見ることがある。ネットなので言い方はアレだが、要は標的が見つけれれないという悲鳴である。
もちろん丹色にもそういうことが昔あったが、当時は丹色も刀剣も新人で、特に指揮者たる丹色が戦のいの字も知らないありさまだった。不思議なことではない。

「刀剣男士の本性は刀だ。つまり''人に使われるモノ''。人に使ってもらわなければその力は揮えない。

…逆を言おう、指示されたこと以上のことができる刀剣男士は、実に稀だ」

そこで初めて丹色が驚いたように目を見張った。暁月の言葉を補完するように門前がわらって口を開いた。

「あとは、敵を効率的に倒す算段もなかなかだよ。真っ先に倒しておきたい敵をまっ先に確実に仕留める。これって実は難しいんだよ。暁月もこれで歯がゆい思いをしているくらいだしね。その作戦における最善じゃない。政府軍という大きな組織作戦における最善を考えて行動するってなかなか難しい。人間でもね」

うちの刀剣ってすごかったのか。
ぽかんと口をあんぐりと開ける丹色を見た暁月は静かに息を吐く。いっそ丹色の刀剣が哀れに思えてくる。もっと輝ける要素はあるのに、もっと高みへといける可能性もだってあるのに。そうすればそんな刀剣たちが慕う丹色審神者自身や、その本丸の格があがって、待遇だってよくなるというのに。
暁月は姿勢を正して口を開く。

「話が戻るが…君は環境が刀剣男士の性能を上げると言ったね。それは俺も同意だ」

暁月は思う、だからこそもったいないと。

「刀剣の性質を知っているか?彼らは戦闘特化の付喪神だ。戦場が苛烈さを増せば、刀剣の精神はますますその本性を剥く。切っ先はより早く敵を捕らえ、刃はより鋭くなる。まさに刃物だ。丹色審神者の刀剣がそれを手に入れれば、きっと大きな戦力となる」

そのためには、戦場や作戦を厳しいものにしていく必要がある。言っては悪いが、刀剣を恐慌寸前まで追い詰める必要もある。戦場自体は丹色とそう変わりのないところだが、少しでも刀剣に厳しくするというのなら。

「たとえば…そうだね、二振りずつを1日15〜20回ぐらい出陣とか。俺は普通にやってるけどどう?」
「い、嫌です。私にはリスクが大きい。というか、それ事務処理えらいことになるでしょ…それに、私のところのような刀剣を育てるのは難しいのでしょう?だからこそあなた方はもっとと言う」
「しかしあまりにも戦績が伸びていない。あんまりこの状況に甘んじるならその刀剣、俺がもらい受けよう」
「は、はあ!?」

声を荒げて暁月を見る丹色に横で見ていた門前が面白いものを見たように笑う。笑い事じゃない。

「いいねそれ、頑張ってよ」
「俺もいい駒が増えて万々歳だしな」
「ちょっと、」
「だったら戦績を見せてくれ」

門前が丹色の言葉を遮って言った。門前は笑うが、どう見ても好意的なそれではない。言い返せずに絶句する丹色に門前はとどめと言わんばかりに言ってのけた。

「それが君の仕事だ。もちろん拒否権はない。君の立場は弱いんだから。もちろん戦果も落としてくれるなよ」

無茶だ。




ふらふらと面談室を出た丹色は深い息を吐いてのろのろと歩き出した。
戦績をあげる必要がある。でなければ。ぐるぐるとそれだけが頭の中を巡っていた。
……そんなことできるのか?ふと思ったが、2人して言うのであれば不可能ではないのだろう。

さっさとここを出て厚と合流しよう。それから鶫と会おう。そう思って記憶を頼りに平城の大きな建物内をするすると進む。今までは神気対策で普通とは違う部屋を使っていたが、今回の議会は通常通りのホールで参加した。いつもとは違う道を歩くから、少し頼りない。

「(厚も待たせてる…)」

早く行こう。そう思ってエントランスホールの戸を開けた。ほとんどの審神者は帰っているだろうから、待合の刀剣男士も少ないことが想定された。きっと寂しい思いをしている。
慌てて戸を開けて外へ出た丹色は目を見開いた。たくさんの刀剣男士がまだ待機していて驚いた。
何かあったのか、審神者はまだ帰っていないのか?

何故だと視線をめぐらした時、ある文字が目に入った。

『第4エントランスホール 東海道』

正直脱力した。何かがあって刀剣男士が残っているのではない。ここは東海道議会に参加する審神者の刀剣男士の待合であったのだ。
丹色は大和審神者で、近畿議会だ。厚藤四郎を待たせている近畿議会のエントランスホールは第2エントランスホールであるから、単純に道を間違えたものかと思われた。

そうとなれば、ここはさっさと出て第2エントランスホールを探そう。
キョロキョロと地図を探しつつ出入り口に向かう。遠回りになっても良いから、確実に厚藤四郎と合流せねば。見渡して、エントランスホールの出入り口を見つけると足早にそちらへと向かう。
そのとき、ガタンと大きな音がエントランスホールに響いた。会話する刀剣男士の声がパタリと止む。音の方角を見遣れば、審神者の出入りする中央出入口の扉が開き始めていた。
その時だった。
どっと刀剣男士たちが一様にその扉の方へと動き始めた。その波に逆らうのは容易ではない。なんとか人波を縫って進もうと思うも、うまく進めない。ふいにぶちりと嫌な音が響く。一瞬はなんの音かと思ったが、はたと気付いて腰元に手を伸ばした。

「…お、お守り…」

この身の代わりに神気に焼かれるお守りが、ない。
克服したとはいえ、お守りが大切なものであることには変わりない。しゃがみこんだ瞬間に、刀剣男士にあちらこちらから蹴飛ばされたのでたまったものではない。
なんとかお守りを探さねば、と立ち止まり振り返るも、刀剣男士の波で見えやしないし、すれ違い様に刀剣男士とぶつかる勢いでヨロヨロと立ち位置が変わる。もはやどの方向にお守りが消えたかすら分からない。
困った。大切なものなのに、と焦りを隠せなくなってきたそのとき、ぱしりと誰かが丹色の腕を掴んだ。ぐいっと強く手を引かれ、驚いて見遣れば白い背中が見えた。

「は…?」

鶴丸国永

それも、丹色の刀剣男士ではない。何故自分は見ず知らずの刀剣男士に手を引かれているのか。お守りの回収はまだなのに、離れるわけにはいかないのに。触れる手から感じるものに、丹色は僅かに息を詰めた。
混乱は増すばかりで、丹色は足を踏ん張ったが鶴丸国永は止まる気配がない。

「あの、待って!止まって!」

そう声をかけてみたが、彼は振り返ることすらなかった。やがて壁際まで引きずられたそのとき、さらに強く引かれて手を離された。よろめきながら振り返った丹色の目の前に、お守りが突き出された。光沢のある白地に躑躅色の花と花色の葉があしらわれた、派手なようであまり目立たないお守りである。見間違うはずもない、己のお守りであった。思わず両手でひっ掴むように受け取ると、鶴丸国永はおもしろいものを見たように笑った。

「俺の装束に引っかかった。すまなかったな」
「い、いえ…帰ってきたので」
「そうか。様子を見るに、東海道議会の審神者ではないのか。良かったら送るが」
「ああ、いえ。貴方も主がもうすぐ出てくるでしょう。構いません」
「いや、俺の主は近畿議会でな。どうせここは出るんだ」
「…何故近畿議会審神者の刀剣男士がここに?」

近畿議会はすでに解散した。通常、審神者はすでに平城を出ているし、そこの審神者の刀剣男士なら、彼はここにいるべきではない。

「終わるまで時間がかかると聞いていてな。まあ散歩だ散歩」
「はあ…。…早く戻るべきでは?」
「あいつのことだからな。まだまだかかるだろうな」
「それはそれは…。早く戻ってくるといいですね」

退屈を嫌う性格の刀剣男士だ。だからこんな所にいるのだろうなと苦笑いする。

「そういえば、君は近畿議会だったんだな。何故こんなところに?もう終わったろう」
「ええ、まあ…。私も諸事情で時間が掛かっていて。あと、ちょっとした迷子ですね」
「ならば戻ってやらないとな。連れの刀剣はいるんだろう?」
「ええ。厚藤四郎を。出るのは遅くなるとは伝えていますが…さすがに時間がかかったので寂しがらせてしまったかも」
「へえ、寂しがりなのかい、彼」

想像が付かんな、と顎に手を当てる鶴丸国永の本丸の厚藤四郎はとても逞しいらしい。そんなたまじゃないなと結論付けるように呟いていた。

「寂しいというより、きっと話し相手も無くて暇でしょうから…」
「一口しかつれていないのか」
「守刀として連れてきただけですので。短刀一口ですね」

へぇえ、と鶴丸国永が声を上げた。

「君のところに俺はいるのかい」
「いますね 」
「だが護衛は短刀なんだな?」
「言ったでしょう。守刀だと」
「言ったな」

そうか、と呟いた鶴丸国永はくるりと踵を返すとさっさと出入口へと歩を進めた。だがふと足を止めて僅かに目を細めた。

「いい考えだ」

 
モドル
手を