04

エントランスにはすでに人の気配はまばらだった。議会の時には必ず発生する『おむかえラッシュ』は完全に過ぎ去り、広い構内にぽつりぽつりと人だか刀剣男士だかがいるだけだった。
ここは『平城』と一般に呼ばれる政府施設群だ。審神者も集まるこの施設はその中でもとりわけ大きいが、反面、刀剣男士の出入りはひときわ制限されている。
建物に入ってすぐに広大なエントランスがあり、奥に大きな階段がある。途中で左右に分かれるその階段には刀剣男士は入り込めない。議会の時、刀剣男士は皆一様にこのエントランスで主の帰りを待つしかない。
それにしても無駄に豪華なつくりであると常々思う。こんなところに金を使うぐらいなら本丸の食料支援を頼みたいところである。刀剣男士の食欲は短刀だろうが大太刀だろうが恐ろしい。エンゲル係数は毎月うなぎ上りである。

「ねえねえ」
「、んあ?」

こくり、とうたたねしかけた鶫に次郎太刀が顔を寄せて話しかけた。大量に配置されたテーブル席のソファーに腰かけていた小町は向かいに座る次郎太刀に視線を合わせる。水分がほしいと言った次郎太刀に与えたペットボトル飲料水はすでに空だった。

「あの厚藤四郎、たぶんそうだよね」
「んー?…あー、だろうな。霊質は間違いなくアイツのだし、ラ○ンでも厚藤四郎がどうたらこうたら言ってたし」

知人の大和の審神者を思い出しながら鶫はぼうっと遠くに立つ厚藤四郎に目配せする。ぴしりと立つその姿勢は崩れることがない。どこか表情が硬いのはおそらく主がなかなか出てこないからだろう。
鶫はエントランスに出てきたときにはその存在に気付いていた。多くの刀剣がいる中ではあったが、そうした探し物は得意な質だ。すぐに見つけて、少し複雑な気持ちになった。
丹色から出てくるのが遅くなるとは言われていたのだろう、主を探しに集まる刀剣男士の輪からは一歩離れたところに厚藤四郎は立っていた。しかし込み合う人の群れの中にせわしなく視線を行き来させていたことも見て取れた。

「門前に呼び出されたんだっけ?」
「らしいな」

携帯を覘いてみれば議会が終わってから丁度50分が経過していた。門前との話は長引いているらしい。

「あと10分で丹色ちゃんが出てくるかどうか賭けない?」
「じゃあ酒でも賭けるか?たまには禁酒しろ禁酒」
「やだね。おつまみ賭けようおつまみ」
「どっちに転んでも結局飲むじゃねえか!」

結局は次郎太刀の大好きな酒にありつけるのだ。彼が全くの損をしない賭けである。いったい何の意味があるのか。

「てか、俺そもそもあんま飲まないから賭ける意味ないじゃん」
「じゃあ主が勝ったらあたしがお酌してあげる」
「だから賭ける意味」

へへへ、とはにかむように笑う次郎太刀にあきれ果てて鶫は息を吐く。
そう言えば次郎太刀と酒を飲み交わすことは滅多にない。本来は今日は丹色と次郎太刀の3人(2人と1口?)で飲み交わす予定だった。それが消えたのだからたまには付き合ってやろうかなと柄にもなく思う。

「飯食ったらさっさと帰るか」

でもって、さっさと風呂に入って次郎太刀と飲もう。そう心に決めた。言外に酒に付き合ってやると宣言したようなものだが、次郎太刀はじとっとした目で鶫を見るだけだった。なんだその目は、何故素直に喜ばない。

「ホントにぃ?主ってば丹色ちゃんと会うと大概長話になるよ」
「…、知ってる」

癖だ。丹色にしろ鶫にしろ互いと話すのが一番気が楽なのだ。審神者になる前からの知り合いで、互いに真名を握る関係であることも理由の内の一つかもしれない。そもそも審神者になる前から何かと遠慮のない関係であった。互いの仕事のことに首を突っ込むことはないが、互いがストレスのはけ口になっていることは確かだろう。
愚痴もそれなりに出る。それこそ刀剣にもあまり言えないような愚痴もポンポン出る。本丸での時間がストレスというわけではないが、『人間』と話せるこの時間を鶫は大事にしていた。それなりに気心が知れているとはいえ、本丸にいる『人間』は己1人なのだから。やはり人と話せる安心感は悔しいが鶫にもあって、丹色との会話は毎月欠かしたくない行事と化していた。そしておそらく、それは丹色にも言えることを鶫はよく知っていた。…むしろ鶫以上に丹色はこの行事を大事にしてるかもしれない。

「丹色ちゃんも本丸に紅一点だもんねえ、そりゃ長話ししちゃうか。人間とはいえ主も男だけど」
「まあなあ…」

紅一点なうえ、いまいち丹色は未だ本丸の刀剣と良い関係性を結べていない。それは丹色の少々厄介な体質がもたらしたことで、解決には少々時間がかかった。それを克服した今はじりじりと仲を深めるだけなのだろうが、そうたやすくうまくもいくまい。モノとはいえ、刀剣は心を持ってしまっている。それも人とほぼ同じように、複雑で自我の濃い心だ。それも多彩だからきっと手を焼く。

「でもま、こうして議会についてくる刀剣が少なからずいるんだからストレスもそろそろ減ってくるころだろ。とりあえず近況聞き出して、適当にケツ蹴っとくわ」
「…あたし主と丹色ちゃんのその男友達みたいな関係嫌いじゃないよ」

あきれたように次郎太刀が鶫の額を小突いた。小突くというより、指で押しやってっきたものだから思いっきりのけぞった。何すんだこのやろう、と次郎太刀を睨むも、彼は楽しそうに今夜の晩酌に思いを馳せているようだったので黙っておいた。
それよりも、そろそろ厚藤四郎も疲れたことだろう。声でもかけてやるか、と体に力を入れたところで厚藤四郎がはじかれたように顔を上げたのでその観察に意識を戻した。

「大将!」

タッと厚が駆けだした先にあるのは階段だ。そこから先は刀剣男士は入れない。ぎりぎりのところまで駆け寄った厚の視線の先に、鶫の待ち人でもある大和丹色がいた。

「…うっわ」

機嫌悪っ!思わずうめき声をあげた鶫に対して、次郎太刀は丹色を見て不思議そうに首をかしげるだけだった。

「なんか丹色ちゃん…笑顔が疲れてない?」

そうか、笑顔なのか。アイツ今笑顔なのか。思って鶫はまた呻く。
鶫の目は実に残念な構造になっている。その目に映すのは全て真実だけで、例えば相手が笑っていても作り笑顔ならば笑顔に見えることは無い。作った表情は見えず、本当の表情だけがその目に映る。故に、相手がどのような顔をしているのかは声の調子や空気感から察することしかできない。
駆け寄る厚を見て表情は和らいだが、やはりその機嫌はいいとは言えない。門前に呼び出されたというが、どうせ胸糞の悪い話でもされたのだろう。

「薬研じゃないのが救いだよな」
「なにが?」
「アイツが連れてきた刀剣が。丹色んところの薬研、門前のこと超嫌いなんだよ。その上丹色の機敏には敏感だし。今のあいつ見たら一瞬で殺気立つぞ」
「……厚藤四郎で良かったわ…」
「だろ?飯どころじゃなくなる」
「まああたしもあの人のこと好きじゃないけどー」

たぶんまともに門前のことが好きな人間っていないともう。脳裏に門前の姿を思い浮かべて鶫は苦々しく口を噤む。良くも悪くも厳しい人間だ。鶫のような、審神者からしたらそれこそ悪い意味で厳しい人間だ。門前と聞けば、やはり一番に出てくるのは嫌な記憶である。
丹色は相変わらず難しい顔はしているものの、厚と話してかなり気が逸れたらしかった。表情はマシだ。さっきの憤怒のような表情はなくなった。ずっとあれと話すのはさすがの鶫も嫌だ。
当たりを見渡して鶫を見つけた丹色が厚の手を引いてこちらへと歩いて来た。

「おつ」
「おつ」

軽く手をあげてたった一言挨拶を述べれば、同じく丹色も一言だけ挨拶を返してきた。
一緒に来た厚藤四郎は少しばかり混乱したような顔をしている。
顔が完全に「なんだコイツ」だった。たぶん鶫と次郎太刀の不躾な視線には気付いていたのだろう、そんな人間と主が知り合いだったから余計に混乱した。そんなところか。

「丹色ちゃん久しぶりー」
「お久しぶりですじろちゃん」
「神気克服したって?おめでとう!」
「ありがとうございます」

ここへきてやっと笑みを見せた丹色に内心ほっとする。ずっと不機嫌だったらどうしようかと思った。
その横で、しばしぽかんとしていた厚藤四郎がくいっと丹色の袖をひいた。

「大将、この人たちは…」
「ああ、うん。紹介する」

まずはこっちが、と鶫を指さす丹色。おい人を指さすな。

「鶫。安芸の審神者だ。丹色とはいわゆる同期だな」
「ドウキ?」
「同じ時期に審神者になったんだ。よろしく」
「よ、よろしくおねがいいます…?」

とりあえず、といった感じに挨拶を返してくる厚。その声色はおずおずとした雰囲気を湛えているが、鶫は顔をひきつらせるだけだった。普通なら知らない人に警戒する短刀の姿だ。いじらしいものもあるはずだが、鶫にとって問題はその表情である。

「(すっげぇ『納得いかない』って顔しとる!!!)」
「あたしはご存知次郎太刀ー。今日は近侍だよぉ」

呑気に手をひらひらと降りながら自己紹介する次郎太刀が心底羨ましい。
だってこの厚藤四郎とよろしくできる気がしない。目はぎらぎらと鶫を睨みつけているし、表情に至ってはいっそ怒りすら見える。丹色が何も言わないあたり、実際にはそんな顔はしていないのだろう。しかし鶫は相手の心がばっちり見える。もう隠しようもなく見える。厚によろしくする意志がすこっしも見えない。

「おう。うちには次郎太刀はいないんだ、ちょっと新鮮だなぁ」
「そうなの?じゃあ今日はあたしがめいっぱいお話ししてあげましょー」
「はは、ほどほどにたのむよ」

知ってるか次郎太刀よ。その会話の間、コイツ少しも笑うことはなかったんだぜ?
次郎太刀は短刀に対して悪い印象も何も無いからか普通に話しているが、相対する短刀がなんかやたらとツンケンしている。飯に行くに当たって問題は丹色の機嫌ではなく連れている刀剣の方だったようだ。飛んだ変化球である。
これじゃあいっそ、顔見知りである薬研の方が良かっ…良かねえわな、今頃門前に向かってブチ切れてるだろうしな、薬研なら。丹色の初期刀歌仙も以下同文。
丹色本丸といえば以前、前田藤四郎にもなかなか痛い目を見せられている。鯰尾藤四郎は遠慮を知らない性格だし(これはどこの本丸もか)、…アカン、丹色のところの粟田口は色々とアカン。

「…なあ丹色」
「うん?」
「この時間で申し訳ねえけど今日さ、俺さっさと帰」
「え?私の愚痴聞くのが楽しみ過ぎてつらい?うんうん爆発的噴火直前の富士山並みにたまってるから聞いてってよ」
「悪かった」

だからそのキレ顔やめてくれ。思わず謝れば次郎太刀は「丹色ちゃん笑顔固いよー」と一言。これで笑ってるのかよ。笑顔がみえねーよ。

 
モドル
手を