05
政府施設はいくつかある。審神者の管理を司り、審神者議会もよく開かれる『平城局』。政府の中心施設であり、研究施設も兼ねた『平安局』。情報機関である『藤原局』。
他にもいろいろ拠点はあるが最重要施設として挙げられるのはこの3機関だろう。
それぞれが広大な敷地面積を有し、独立した時空間にその拠点を置くが、そうした施設群は共通してある一つの時空間に繋がっている。
「っあーー!!久々にきたわこれ!もうご飯だけじゃなくってのもう!そうしよう!」
歓楽街と一般に呼ばれる時空間区域がある。政府の人間が気を抜きに来たり、会食を行ったりもする。生活雑貨や娯楽品も充実しておいてある、政府唯一の憩いの場だ。審神者がよく通販で利用する万事屋の本店もここにある。
本来本丸から出ることをよしとされない審神者も少なからず訪れることのできる場所だ。とはいえ、普段から来れるわけではなく、今回のように議会後などに機会は限られるが。
解放感を全身で感じながら丹色が両拳を空に突き上げた。
「お前なんのためにこんのすけが必死こいたかわかってんの…」
「刀剣をつけるため」
「いや…間違ってないんだろうけど…お前さ」
丹色が本丸を出る直前のこんのすけは必死だった。必死に丹色を追いかけ、刀剣をつけさせた。丁度厚藤四郎が丹色と出くわしていたのでこんのすけがおらずとも厚が同行した可能性はあるが、高いとは言えなかった。実際丹色は一度厚の申し出を断っている。
その理由が、刀剣──しかも短刀──がいると飲めないからだった。刀剣がいるとどう考えてもセーブがかかる。関わりが薄い刀剣を連れて飲むのははばかれるし、だからと言って歌仙や薬研のような古参を連れていけば問答無用で本丸へ帰される。奴らは丹色に対して厳しい。
「大将…飲むのはいいが…大丈夫なのか?弱いって聞い」
「ぜんっぜん余裕だから大丈夫!!」
「…そーかよ」
厚の声を遮って力説する丹色。無理スンナと言いたげな顔で丹色を見上げているが丹色は知らん顔である。
「とりあえずさっさと店入るか。視線がうっとおしい」
周囲に目を配らせながら鶫が言う。審神者も多く訪れる場所ではあるが、刀剣男士──それも次郎太刀──を連れてくることはあまりない。じろじろとした視線に耐えかねて鶫が言う。
「どこ行く?」
「俺気分的には焼き鳥」
「ええ、じゃああき菜?」
「あそこ個室ねえしなぁ…」
「じゃあポッポちゃんどうよ」
「決まりで」
話すや否や、二人ともさっさと歩きだしてしまったから、厚は慌ててその後ろを追う。
「……」
「んん?なーんか不満そうねえ」
「えっ、い、いや…」
「主が見知らぬ他人と仲良しなのが気にくわない?」
うっと厚が言葉に詰まった。それを見た次郎が腹を抱えて笑い出したから厚もムッとする。
「やぁ、もー。丹色ちゃんの本丸の短刀ってほんと可愛い」
「かわ…!」
「悪い意味じゃないよ、丹色ちゃんってちゃんと好かれてんのね、安心した」
「は…」
次郎が安心する意味が分からなかくて、厚はわずかに首を傾げる。
前を歩く二人は迷うことなく道を行き、話しているからかたまに互いの方に視線を投げかけている。その揺れる背中を見ながら、次郎はわずかに目を細める。
「ほら、あの子、神気に弱いじゃない。それでアンタたちとも距離をとってたわけだし」
「…そういうこと、知ってんのか」
「うちの主とアンタの主の仲がいいからねぇ、そういう情報はすーぐ入ってくるよ」
「…ふぅん」
軽い相槌とともに丹色と鶫を見た。仲がいい。男女の仲というわけではないだろう。どちらかと言えば同性同士の仲の良さに近いものを感じる。鶫は同期と言ったが、それはつまり歌仙と同じくらいの長さの付き合いがあるということだ。それも刀剣ではなく、人間なのだからその気心は歌仙以上に知れているのかもしれない。
「ま、そんな丹色ちゃんが未だ本丸に解け切れていないって聞いてたから不安だったんだけど」
「……」
「杞憂だったね。主もきっとそう思ってる」
あながち次郎太刀の言うことも間違いではない。
別に本丸に丹色を厭う者がいるわけではない。丹色は間違いなく厚ら刀剣男士を大切に扱っているし、本丸の設備からも丹色の配慮が感じられる。1口に1つ持たされる御守りには他の本丸の刀剣男士も驚くほどだ。本丸の刀剣男士は皆それを承知しているだろう。
認めていない、というわけではないのだろうけれど、あまり丹色に関わろうとしない刀剣もいることは確かだ。それはその刀剣の性格も大きいのだろうけれど。短刀で言えば、小夜左文字がその代表だろう。
「おい!お前!」
鋭い男の声がして、厚はハッとして顔を上げる。丹色とぶつかったらしい酔った男が手を上げたところだった。すかさず走り出した厚だが、間に合うかは微妙だった。
酔っているのか、怒りのせいか、その顔は真っ赤で、呂律もあまりうまく回っていない。振り上げた手は拳を作っていて、ぽかんとする丹色に一直線に振り下ろされていた。
「政府の駒のくせに人にぶつかっておいてすぐに謝らねぇなん」
「おっと、そこまでだ」
パシリ、と男の手が掴まれた。男の背後に、真っ白な男が立って男手をギリギリと掴んでいた。
「な、ん…刀剣、男…」
「ぶつかって行ったのは君のように見えたが、どうなんだ?足元も覚束無いようだが。よければ俺が政府まで送ってやろうか」
黄金の瞳をわずかに細めて言う男──鶴丸国永。言わずとしれた希少価値の高い優秀な刀剣男士だった。
言い方は優しげだが、その目はどこか剣呑だった。怯んだ男は2歩3歩と後退する。追う気はないのか、するりと手を離した鶴丸国永。彼が肩を竦めれば、男は舌打ちして駆け足で去って行った。
「──ありがとうございます」
しばし降りた沈黙のあと、丹色がそう声を掛けた。鶴丸国永はわずかに目を見開いたあと、わずかに笑む。よく言われることだが、鶴丸国永の笑顔はどこか儚い。
「……いや、怪我は」
「ありません。貴方のおかげです。ありがとうございます」
「そ、んなに礼を言われることかな」
「あれ?照れてます?」
丹色がにんまりと笑った。ちょ、他人の鶴丸国永に何を言うつもりかと慌てるのは鶫。
「ヒーローみたいでかっこよかったですよ?今後とも、歴史のためにがんばってくださいね」
「…これはこれは。俺はとんだ仕事人間に捕まったらしい。まあ、精々頑張るさ」
ますます照れた顔から一転、どこか拍子抜けした鶴丸国永に、丹色が笑うとその頭に鶫の拳骨が振り落とされた。
「すみません…連れが失礼を」
「連れがいたのか」
「俺も反応できなくて…ありがとうございます」
「いや、2人とも気をつけてな。では」
ふと笑うと、鶴丸は踵を返した。見送る2人を振り返りはしなかった。
────
ポッポちゃん、と看板に書かれたその店は鳥肉料理をメインに扱う居酒屋だ。完全個室制で、カーテンと仕切り板で6人ずつが座れる掘りごたつの小部屋がいくつもある。丹色らが通されたのは入口にほど近い小部屋だった。
「折れかけの刀剣の救済方法?」
丹色がわずかに顔を顰めた。突き出しの煮込みホルモンを口に運んだばかりだった。おいしいはずの料理が一気に味気なくなった気がする。
隣でおそるおそる煮込みホルモンを口に入れようとしていた厚もその手を止めた。
「なに急に」
「安芸の審神者に聞かれた。知り合いでさ、すげえいいおばちゃん」
「ふーん」
「で、なんか知ってる?」
ううーん、と思わずうなる。
お待たせしましたァー!という声とともにシャッとカーテンが開いた。飲み物と頼んだ食べ物を持った店員がそこにいた。その店員がその場を去ったのを確認して、丹色がまた口を開く。
「霊気をガッツリ注ぎ込めば一命は取り留めるんじゃない?」
「え、そうなの?あー、でも、そっか、結局手入れにいるのは資材と霊力だもんな」
霊力が刀剣の命を繋ぎ止める。その事例に身に覚えがあったから丹色はすんなりとその答えを導き出した。ぐいぐいとハイボールを飲んでいれば隣から心配げな視線が飛んできたので一気飲みはやめることにした。
「それもあるんだけどさ、思い出してよ。私たちって出陣中の刀剣の、部隊長とは連絡取れるでしょ?」
「そーだな。…って、あ」
鶫が思い出したようにあげた声に、丹色はそういうことだと頷く。
出陣中の部隊の状態は本丸にいる審神者に手に取るようにわかる。そもそも審神者と刀剣の結びつきは強いものなのだが、政府が用意した出陣のためのシステムがそれをさらに助長している。さらに言えば、こんのすけを介して出陣中の部隊長とは連絡が取れる。
「部隊長は折れない」
どちらかがともなく言う。部隊長は折れない。この作用を利用して少々無茶な戦闘も行ったこともある。
出陣のシステム上、部隊長は最も審神者との結びつきを助長させられる。それだけ審神者との縁は強くなり、それだけの霊力供給と保護がある。
逆を言えば、折れそうな刀剣にそれと同様の条件を付けてやることができれば折れることを回避できる。
「現実的ではないけれどね。結びつきって簡単に強弱できるものじゃないし、その方法だってあるのかないのか」
「…お前地味に言動が門前に似てるところがあるよな。上げて落とすところとか」
「私あんな人を人と思わないような生き物になった覚えないんだけど」
「すまんかった」
これ刀剣の前でする話なのかな。次郎太刀がそっと呟いた。厚もそれには心底同意したいがこの会話を止める気にはならなかった。丹色にしろ鶫にしろなんだか真剣に考えている様子だし、なんだかんだで丹色が生き生きしているように見える。やはり人間同士の会話というのは弾むものらしい。
「うーん、じゃあ出陣のシステムって、その結びつきを太くするようなものってことか」
「だろうね。普段から審神者と刀剣は霊力と神気のやり取りがあるけれど、結びつきが太ければ太いほどその供給量は多くなる。部隊長がほぼ確実に守られるのは結びつきが太くて供給される霊力量が多いから…ということを門前さんから聞いた」
「門前ソースかよ…超リアル」
「裏付けされたことしか言わないからねあいつ」
ケッと丹色が視線を鋭くさせた。なんだか門前に関わる度にどんどん丹色がすさんでいるように思うのだが気のせいだろうか。鶫は内心で冷や汗を流す。
今日も門前に呼び出しを食らったというから、機嫌が悪いことは覚悟していたが、ちょっと門前の話になっただけで悪い顔をされると鶫まで心が荒む。
「ああー。つまり、霊力をより多く──それこそ部隊長レベルに注ぎ込めばいいと」
「理論上は。ただ、部隊長に据えるしか方法がないんだけど」
あーだこーだと話し合う2人を目尻に、厚はもぐもぐと唐揚げを口にする。おいしいが燭台切の唐揚げの方がおいしい気がする。次郎太刀が顔を寄せてきた。ちょっとどころかかなり酒臭い。思わず仰け反った。
「なーにむすくれてんの?」
「オレだって、大将守れたし…。普通にアイツを追い返すくらいできたし…」
「うっわ、拗ねてる。そんな寂しそうな顔しなくても、この後嫌ってほど絡まれるよ」
「…うん?」
オレ?と己を指さす厚に次郎が苦笑する。
「それまであたしに構ってよ。うちの主もこんなだし」
じとっと次郎が睨むように鶫を見たが鶫が次郎を見ることはなかった。同じように厚も丹色をじっと見てみる。しばらくすると鶫と話しながらも頭をぽんぽんと撫でられたので思わず姿勢を正した。このいつだって気にかけてくれてる感、たまらん。
「…うちの短刀も頭撫でたら可愛くなるのかねぇ」
わずかに顔を赤くしてシャキッと姿勢を正した厚をみた次郎の反応はなんというか…複雑そうだった。
思わず首を傾げれば、次郎太刀は少し困ったように笑って手を振った。
「そういえば、そっちの本丸って粟田口は揃ってるの?」
「ん、あー、兄弟は脇差以下しか。そっちは?」
「鳴狐はいないねぇ。長男はいるけど」
「へえ、いち兄いるんだ」
いいなあ、と思わず次郎太刀を羨んだ。丹色の本丸にいる粟田口で、最も年長者といえるのは鯰尾藤四郎か骨喰藤四郎の2口だ。実際にそれだけ長くこの世にあった刀剣なのかと聞かれると微妙なところなのだが。
しかし次郎太刀は聞いて顔を引きつらせた。
「あー…いるけどうちのと会うのはあんまオススメしない」
「へっ?問題があるのか?」
「ううーん、粟田口兄弟に関しては問題ないんだけど、主に…あー、うん、なんでもない」
何故だ、と厚は小首をかしげる。だが、よくよく考えると、鶫の本丸にも厚やほかの兄弟の存在は考えるまでもなくいることは伺い知れる。あまり他の本丸の兄弟と関わるのはよくないのだろう。
そう納得することにして、厚は次郎太刀の言葉を軽く流しておいた。
「そうか。まあオレも気長に待つさ」
「う、うん…そうしな」
たぶん丹色ちゃんのことだから狙って鍛刀することはないと思う。
そう内心で確信しつつ、次郎太刀は口を塞ぐように酒を煽った。本丸の酒の方が好きだ、あとで主を巻き込んで飲みなおそう。
そう心に決めた。
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モドル