06

歓楽街の中心にひときわ大きな建物がある。移天ゲートセンターである。多数の人々があちらこちらの施設を行き来するのにも使う。とはいえ、本丸へは繋がっておらず、帰るには平城にある専用移天ゲートを使わねばならない。
その平城にある移天ゲートセンターへいけば、流石にこの時間には人ひとりいなかった。
そんなホールの隅っこにあるのが本丸転送ゲートである。壁一面に複雑な布陣が描かれた区域で、その中心に小さな扉がある。中は小部屋で、そこで審神者自身が力を使えば自動的に本丸へたどり着く仕組みになっている。静かなホール内では本丸転送ゲートが稼働する音も嫌に良く響いた。
先にゲートに入ったのは鶫と次郎太刀だった。それじゃあ、と手を振る次郎太刀に、厚はふと顔を緩めて手を振った。次郎太刀は実に話をしやすい気持ちの良い男だった。
見送った丹色が厚に手を伸ばした。その手を取れば、丹色がわずかに笑って手を引いた。

「さって、私たちも帰…」

不意に丹色の言葉が不自然に途切れた。

「大将?」

どうかしたかと首をかしげる。周囲に妙な気配はないし、丹色本人に何かが起きているわけでもなさそうだ。
しかし丹色は不意に真顔になって悔しげに口を噤んだ。

「なんでもない。帰ろう」
「大将?」

がうん、と重い音がひびいた。厚が目を向けて見れば、移天ゲートの方からの音のようだった。おそらく、何かしらのゲートが開いた音のようだった。特に変わった様子はなかった。ひとりの男がゲートから出てきただけだった。なんだ、と思って本丸転送ゲートへ向き直ろうとして、厚は素早く自身の本体を振り抜いた。
振り抜き様にばきりと数本分の木が折れる音がする。からんからんと軽い音を立てながら落ちたのは弓矢だった。
厚は丹色を庇うように立ち、矢の飛んできた方向を睨み付けた。

「……。わざわざ何の用でしょうか、門前さん」
「!」

しばしの沈黙のあと、丹色が突然の襲撃に動揺することなく凛と声を張り上げた。厚は驚いて声をかけたが丹色の視線が厚に向く様子はない。じっとホールの奥に佇む男を見据えていた。先ほどゲートから出てきた男だった。ホールの2階部分には弓兵を携えた鯰尾藤四郎が立っていた。飛んできた弓矢を放ったのはあの鯰尾藤四郎だろう。抜刀こそしていないが、その手はしっかりと己の柄にかかっている。

「大将、アイツのこと知ってるのか?」
「…元審神者の政府役人。まともに戦うとまず勝てる相手ではないので慎重に動くように」

言われて厚はわずかに奥歯を噛みしめる。例えばここにいたのが薬研や大和守なら対抗できたのだろうか、と。
しかし、丹色がこうもはっきりと勝てないと断言したのだ、あの鯰尾藤四郎も確かに強いのだろう。だからと言って厚には1歩として引く気にはならなかったのだけれど。しいて思うのは歌仙や大和守といった''本当に強い''刀剣の不在である。情けないが、あの鯰尾藤四郎には敵わないことは厚にも感じ取れていた。
男──門前は軽く片手を上げて合図するとそのまま無防備に丹色の方へと歩を進めた。

「彼を先に帰したのは正解だったね。そういうところはさすがは丹色審神者だ。まあ僕がここにいるのは、君の知りたいことを教えに来ただけのつもりなんだけどね」

合図を受けた鯰尾が柄から手を引いて二階部分から飛び降りた。柄に手をかけることなく門前と一緒に歩いて来たのを見て、丹色はわずかに息を吐く。そこに呆れと若干の苛立ちが見えている。不審な目のまま門前の方へと向き直った。

「知りたいとは思いません。そもそも、貴方が持ってくるのはいつも厄介事でしょう。関わりたいとは思いません」
「酷いこと言うね。もしかしたら君にとっていい話があってきたのかもしれないだろう?」

ついに移天門の陣中に入ってきた門前と丹色の間に厚が体を滑り込ませた。門前は一瞬厚に視線をよこしてわずかに笑うと丹色に視線を戻す。その際、丹色が宥めるように厚の肩に手を置いた。

「このタイミングです。どう考えてもあの男のことじゃないですか」
「あ、やっぱり黒なんだ?」
「確信した上で私を呼んだでしょう」

門前と一緒に着いて来た鯰尾藤四郎を厚が睨めば、彼は両掌を天井に向けて肩をすくめるだけだった。主のこの性格はお手上げなんだと。そう言外に含ませている様子だった。
改めて門前を見てみれば、門前は飄々とした様子で丹色と話をしている。
この2人の会話がさっぱりわからないので下手に入れないが、その会話内容が不穏なものであることだけは察せられた。この男は丹色に何をさせようとしているのか。きっと門前を睨みつけていれば、門前がニイと口角を上げた。

「ああ、そうだ。『斬れ』」

しゅうと金属の掠れる音がする。鯰尾藤四郎が鞘を払った音だった。すかさず厚も鞘に手をかけた。明らかに丹色に向かって抜刀した鯰尾藤四郎と丹色の間に滑り込んでその一撃を受けた。

「っ」

重い。脇差の癖に太刀の一撃を浴びたような気分になった。が、ここで当たり負けするわけにはいかなかった。すぐ後ろ──それこそ、一歩下がろうものなら背中がくっつきそうなところに丹色がいるのだ。なんとしてでも力負けするわけにはいかなかった。

「っぁあ!!」

いっそ捨て身だ。戦場では間違いなく捨て身の行為だ。全身を使って鯰尾の刀身をはじき返すと、姿勢維持もそこそこにその鳩尾に強烈な蹴りを捻じ込んだ。鯰尾はわずかに喀血しながら吹っ飛んでいったが、厚もその場にべしゃりと倒れ込んだ。正直受け身を取る余裕もなかった。

「厚!?」

一瞬の出来事に丹色が驚いたように振り返った。慌てて立ち上がって「大丈夫だ」と無事を報告すれば、丹色はほっと息をついた。

「なんだ、やり損ねたか」
「っこの!」

丹色の手を取り、力任せに門前から引き離した。

「なかなか優秀じゃないか。あまり練度も高くないはずなんだがな」

門前はふむ、と値踏みするように厚をじっと見る。
厚の練度は低い訳ではない。だからといって高いとも言えないのが現実だった。さらにいえば、鯰尾藤四郎の練度が恐ろしく高いことも察せられた。差は一目瞭然。弾き返せたのは小手調べに近い初撃だったからか。
いずれにせよまともに戦えば勝機はない。

「いや、警戒を解いてくれ…っても、とくわけないか…。鯰尾、刀を仕舞え。もう十分だ」

けほりと鯰尾のむせる声がした。そのあとすぐに「はい」と掠れながらもはっきりとした返事が響く。すぐに納刀する音がして、一先ずは戦闘が終了したのだと悟る。

「あまり関心しない戦い方だったけれど。そう言えば比較的新参だっけ?」

ケロリと丹色に問うた門前に丹色は苛立ちのままに門前を睨め付けた。

「用向きはなんですか。さっさと答えないなら帰りますが」
「ああ、帰っていい」
「…っ」

門前は身を返して本丸転送ゲートから離れていく。

「知りたいことは知った」

ポケットに手を突っ込んだまま、上体だけを丹色の方へ向けて門前は笑う。鯰尾は強く打ったのか肩を押さえながらもその隣に寄り添った。それなりの蹴りを入れたはずなのに、大した負傷をしているようには見えないのは何故だろうかと厚は唇を噛む。
不意に今まで一方的に厚が握っていた手が強く握り返された。強く手を引かれたので驚いて丹色を振り返ったが、深くうつむいた丹色の表情は見えない。しかしいいものではないことは明白だ。

「それなりに期待しているよ」

壁の陣は光だし、ゲートの中に入れば待ってましたと言わんばかりにすぐに門が閉じていく。門が閉じる直前に門前の言葉が聞こえたが、その意味を聞き返す時間などなかった。次の瞬間には数値に囲まれたどこか不安定な空間にいた。ただでさえ暗いその空間がブラックアウトしたあと、虫の声と木の匂いが鼻をついた。厚がよく知る本丸の匂いだった。
重いを立ててわずかに門が開き、その隙間から月明かりが差し込んだ。
いつの間にか丹色の握る力は弱まっている。本丸の扉をしっかりと開けてやろうとその手をすり抜けようとした瞬間、また痛いくらいに丹色の手に力がこもった。

「た、大将…?」
「…ごめん、ね…」
「…」

思わず出そうになったため息を飲み込んだ。
一体何に対して謝っているのか。謝るのはむしろ厚の方だ。丹色に恥をかかせたに等しい。あれが敵だったらと思うとそれだけで冷や汗が出る。

「その、今日のこと、誰にも言わないでほしい」
「…はあっ?」

意味がわからない。主が攻撃されたことを誰にも報告するなと。無茶な命令だ。絶対に歌仙には報告するつもりだっただけに、厚はおもわず顔をしかめる。

「お願いっ!このとーりっ!」

ぱんっと両手を合わせてきっちり90度のお辞儀を見せた丹色に、その姿勢の良さを褒めるべきか、できない相談を持ちかけてきやがってと怒るべきか迷いに迷った。

「せ、せめて3日だけとかでも…」
「なんで3日なんだ?」
「あー…」

あ、分かった。なんか妙なことに巻き込まれてるな大将。
妙な確信があった。ついでに言えば、この頼みごとをしてくる理由に、あの門前という男が絡んでいることもまた察せられた。妙に信用ならない頼みごとをしてきたなと厚は呆れきってため息をつく。

「無ー理ー。何か妙なことに巻き込まれてるだろ大将。歌仙1人じゃなくって本丸で会議しねぇとな」

じゃあな、と丹色の横をすり抜けて門戸を開ける。このまま歌仙のもとへ行く所存だったが、丹色がそれを許さなかった。

「ちょちょちょ、お願いっ!頼むからっ!悪いことじゃないのっ。絶対いい結果になるからっ!ねっ?ねっ!?」

すがりつくように頼まれて、厚は思わず足を止める。あんまり必死にとめてくるからちょっと考えた。
というか、大の大人が子供に縋り付くかよ。子供なのは見た目だけだが、それにしても普通は抵抗感があるはずだ。というか、女性ならそんな簡単に縋り付くな、見た目子供だけど。ちょっと距離が近い。呆れやら気恥ずかしさやらで少しむず痒い。

「本当だな?」

だまっていても丹色になにも起こらないと、そう言い切れるのか。本当に。

「私に危害が加わるようなことじゃない、うん。本当に」

そんなわけねぇだろ馬鹿野郎、と言いたいのをぐっとこらえる。
丹色と門前の会話があまりに不穏すぎた。『あの男は黒』。丹色と門前の会話を要約すればそういうことだ。あの男、とは誰のことなのか。黒、とはどういうことなのか。
聞いて答えてくれないであろうことは明白だった。

「今日斬られかけたのに?」
「それとこれは話が別というかなんというか…。いや、私もなんで斬られかせたのか分かんないんだけど」
「はい報告」
「うっそ!?待って待ってお願い待ってぇ!!」

丹色が後ろから厚を羽織り締めにした。うぐっと声をつまらせた厚に、丹色がヒソヒソと呪詛を吐くように囁く。

「本当に3日でいいから、ね?後悔させません、主いつだってウソつかない、これ本当」
「妙に信用ならないのはなんでだ…」

思いっきり顔を引き攣らせた厚だが、諦めたように息を吐いて体から力を抜くとぐっと丹色に体重をかけた。
不意打ちによろめいた丹色だが不思議そうに厚をのぞき込んだ。

「3日だけだぞ。その後はぜってー歌仙に報告する」
「…ありがとう!」

気にかかるがこうも頼まれたんじゃあ仕方ない。あとで歌仙に怒られたらきちんと丹色に埋め合わせをしてもらおう。
…怒る刀剣が歌仙だけならいいけれど。いくつか思い浮かぶ丹色に過保護な刀剣を思いながら、厚はここぞとばかりに丹色の懐にしばし寄り添った。

 
モドル
手を