02


受付の男性と2、3言話すと、書類を渡され、丹色は奥へと招き入れられた。狭い廊下を誰ともすれ違うことなく進むと、とある部屋へと入れられる。小さな机と液晶画面が設置された小部屋だった。
ついてきていた前田は室内を見渡して首をかしげる。

「ここは?」
「近畿議会と言いまして。今日は畿内の審判者が集まる集会の日です。そのためにここまで来ました」

言いながら丹色は勝手知ったる様子で画面や机の上を整えていく。カバンから書類と筆記用具を取り出し机の上に並べると一通りの準備は終わりらしい。改めて前田に向き直った丹色は画面のスイッチを入れて液晶画面を指さした。

「3ヶ月に一度、ここ平城では近畿議会が開かれ戦況の報告と今後の方針を話し合います。…まあ、話すのは代表の人だけなんですけれどね」
「そんなこともしていたのですね…」
「ええまあ。ほら、壇上に立っているのは我らが大和の代表の審判者ですよ」

そこにはたくさんの審判者の姿と、壇上でマイクなどをセッティングしている男の姿が見て取れた。あまり審神者の組織的な事情は分からないが、国という単位でいくつかの集団に分かれていることは知っている。ということは、彼は丹色の上司に当たるのか。

「正真の実力者です。そのうち知り合うこともありましょう」

机上を整えた丹色がカバンからペットボトルを取り出して端に置いた。

「…そう、ですか」

実力者。そうは言われても、前田にはその男の強さというものがさっぱりわからなかった。演練に出ても、基本は同じレベル帯の刀剣たちと戦うことが多い。そうでなくても戦場でほかの部隊と会うことは滅多にない。自分たちがどの程度の部隊なのかは前田には認識しかねた。
それを聞こうか迷っていると、丹色が申し訳なさげに前田を見つめてきた。

「会議のあいだ、お待たせしてしまいますが…」
「あの、僕には構わず」

少し困ったように前田の様子をうかがう丹色に、前田は慌てて手を振る。無茶を言ったのは自分だ。困らせたいわけでもないので、端の方に会った椅子に座って時間をつぶすことにした。

しばらくすれば始まった近畿議会では本当に戦況報告が盛んにおこなわれていた。とはいっても発言は主に国ごとの代表のものばかりではあったが。稀に丹色が補足するようにインカムで言葉を発するくらいだ。
折れた刀剣の数、負った刀剣の数、傾向、出現回数、敵部隊の目的…。たくさんの議題に関して報告や対策や検討されていく。丹色も複数のノートを持っていたが、そのうちの一つはメモ用なのか乱雑に様々なことが書き込まれていてとにかく書き留めることを書き留めたといった様子だ。

それを見ていて思うのは、毎月これに一人で参加しているのだろうか、ということだ。
画面の向こうにたくさんの審神者がいるのに丹色だけ個室なのは、彼女が神気に脆弱だからなのは明白だった。これだけ審神者が集まるのだ、刀剣男士がいないわけもなかろう。丹色が通ったのは刀剣男士は本来ならば通らないところだろう。

「(月に一度…)」

そのタイミングを見計らえば、こうしてまたそばに付くことは可能だろうか。少しずるい考えが脳裏をよぎり、前田はふるふると頭を振ってその考えを打ち消した。
政府の施設というからには当然安全性は高いだろう。本当はついてくる必要はあまりないのでは?その可能性が高い。
前田の主人は神気に弱い。今のところ何ともない様子なのですでに克服しつつあるのかもしれないが、そのせいであまり彼女と関わり合いが持てていないこともまた事実だ。

「(ま、また付いて来たい…けれど、他のみんなにも恨まれそう…そもそも主君は神気に…でもなんか大丈夫そう…?いや、でも大丈夫じゃないから個室なんですよね…)」



議会が終わるまでの二時間以上、ずっとそんなことを考えていたものだから、会議後の前田の表情は実に暗いものだった。
一息ついて振り返った丹色はいっそキノコどころかカビ付きのコケまで群生しそうな前田の雰囲気にぎょっと肩を揺らした。

「(く、暗!!!)」

放置しすぎたか、と反省する。ついいつもの調子で会議に集中してしまったが、その間前田は独りぼっちだった。
大変申し訳ない。丹色は手早く荷物をまとめると、進んで前田の手を取った。
それまで考え込んでいたらしい前田はそこで初めてはっとして丹色を見上げた。

「行きましょうか。お待たせして大変申し訳ありませんでした」
「あの…いえ、僕は…」
「お詫びをさせてください」
「えっ…えええ!!だ、だめです!」
「さ、行きましょう」

普通ならこんなに刀剣とは話せない。元来丹色は人見知りであるし、丹色は霊力が多くないし、しかも神気に弱い審神者だ。そうでなくても刀剣男士には合わせる顔がないというのが正直なところだ。
それでもこうして話せるのは、この刀剣男士がほかでもない前田藤四郎だからだろう。穏やかな空気感は丹色には居心地が良い。
ぐいぐいと前田をひっぱて行けば、ぽつぽつとほかの審神者の姿も見受けられるようになってきた。しかし、丹色は彼らの視界に入る前に脇道に逸れるようにしている様子だった。人ひとり通らぬ道の先から声がして、丹色がぴたりと足を止めた。

「…ううん、道を変えましょうか」
「どうしてそんなに人に会いたがらないのですか?」
「…本来なら刀剣男士は立ち入れない場所なので、見つかるとちょっと厄介なんです」

前田の手を引いたまま、丹色は足を戻し始めた。

「ちょっと歩かせてしまいますが──」

「こちらへ」、そう続けかけた丹色の言葉は角の先から聞こえた小さな悲鳴に喉の奥へしまい込まれた。
振り返った丹色が見たのは、角の先で何かにぶつかったらしい女がどすりと尻もちをついたところだった。

「わはは、すまんなぁ。しかしこんな狭い廊下を我が物顔で通られる我らも気分が悪いものだ」
「下賤な小娘にぶつかられた俺たちが謝ってほしいくらいだな」

聞こえた男の大声に、丹色が前田と繋いだ手に一瞬だけ力を籠める。
尻もちをついた女は年の若い審神者のようだ。白い鬘と面布をしている。丹色と同じ白鬘だが、邪魔だからか左右で二つにゆるくまとめられている。彼女は唖然としたようで角の先を見上げていた。

「これが強力な審神者?俺たちを馬鹿にしているのか」
「どう考えても弱いじゃないか、どんな賄賂を贈ったんだ?ん?」
「まさか神職者なのに体を売るわけもあるまいな?」
「立花の奴も掴まれてるのかねえ」

なんだあれは。そう思わずにはいられず、前田はつい足を彼女らの方へと向けた。
それを強い力で押しとどめたのは丹色だった。何をするのかと問う前に、丹色は前田を近くの角の陰に押し込むとがっしりと肩を掴んだ。

「ここにいて、しばらくは出ないでください」

言うだけ言って、丹色は1人女の方へと足を向けるものだから前田も焦った。
前田が付いて来た理由は、もちろん主のそばにいたいという刀ならではの思いもあった。しかし、それ以上に本丸の外へ出るのならその身を守ってやりたいからだ。それでこその懐刀だ。
もしこれで丹色のみに何かあれば。
しかし主の命も無下にはできず、ひとまず前田はいつでも飛び出せるよう体制を整えて丹色の様子を絶えずうかがう。出陣ではないし、何より突然の外出だったので装備は万全ではないが人間数人を退けるくらいはできよう。

未だに品のない笑い声がする方へ足を進める丹色は、まず座り込んだままの女に声をかけた。

「お怪我はありませんか」
「えっ…」

まさか声がかけられるとは思わなかったのか、女が驚いたようにパッと丹色の方へ目を向けた。

「なんだお前?」

角の先にいたのは声の通り、二人の男で審神者のようだった。しかし丹色がそれに目を向けることは一切なかった。ただじっと女に手を差し伸べて、それを取られるのを待っている。
しばし茫然と丹色の手を見つめていた女だが、はっとした様子ですぐにその手を取った。
立ち上がった女の衣服をはたいて誇りを落とすと、丹色はまじまじと女を見た。

「清廉な気配、穢れひとつない浄衣、無垢の霊気。…審神者は刀剣と契約を交わした地点でその性質をその身に纏うことになりますが、非常に穏やかです。大切にさせれているのですね、きっと今もあなたの刀剣男士が心配していることでしょう」

女が驚いたように肩を揺らした。

「これだけの要素がそろっていて、よくもまあ愚考を晒せますね」

にぃ、と面布の内側の口角がつり上がった。

「私なら、恥ずかしくて嘘でも言えない」

嘲笑うような声色の丹色に、前田はそろそろと近寄りながらも胸が高鳴る。

「(しゅ、主君かっこいいいいいいいいいいい!!!)」

雰囲気が台無しなのは分かってるので、声には出さなかった。
男らが言われたことを理解して怒りを覚える前に思い出したように「しっていますか」と丹色が女に問う。

「ここ平城は審神者をまとめるための、審神者の中心施設です」
「は、はあ…それは知っていますが…」
「それ故歴史修正主義者からの襲撃を警戒し、常に施設内は監視されています。行動はもちろん、発言もね」
「へ…?」
「なにが言いたい、女!!」

ぽかんとした女は、笑う丹色を不思議に思っているようだった。対して男は不快そうだった。

「見ない顔だな。新入りか」
「これだから世間知らずは困るんだ」
「…政府施設とは本丸同様、非常に特殊な施設です」

男らの言動はまるっと無視の方向のようだ。答えることなく丹色が演説のように言葉をつづける。

「施設中に根を張って、一定の言葉が発声されるとチェックが入る。神が嫌うワードや言葉そのものに穢れがあるワード、もちろん歴史修正をほのめかすワード」

しぃ、と笑ったままの口元に人差し指があてがわれた。

「『賄賂』『身売り』『黄泉』『修正』『売国』…結構いろいろあるんですけれどね、いちいち管理局がチェックしてるんですよ。…ああ、あなた方が言ったことも含めて、かなり言っちゃったな」

丹色が喉の奥で笑っている。主は思いのほか性格が悪いらしい。
そう思いながら、前田はふと足を丹色の方へと向けた。

「チェックはいるかもね」
「このクソガキ、分かりやすい嘘はやめた方が──」

男の声が詰まった。それまで死角にいた前田が姿を現したからに他ならない。

「刀剣男士…!?」
「主君の命により参りました。何事ですか」
「えっ、登場はやい…」

丹色が顔をひきつらせたが、それ以上に顔をひきつらせたのは男たちの方だった。丹色の構想に完璧に添えなかったのは惜しいが、前田は出たことを後悔など少しもしていない。

「ああ、ああ…いや…その」
「彼ら、人事にもの申したことがあるご様子です。案内してあげてはいかがでしょう」
「おいお前!」

怒った様子の男の肩を、もう片方の男が掴んで止めた。

「言いたいことがあるのはそのお嬢さんらしい、さっきからやばい単語ばかり発してる!俺たちは審神者としての職務もある、失礼する!」

バタバタと走り去る男たちを見送り、丹色がふうと息を吐いた。その横では前田が丹色を非難するように見上げていた。前田としてはこの数分間、ずっとひやひやしっぱなしだった。無茶は控えてもらいたい。
その視線から逃げるように「大丈夫か」と改めて女に問おうとした丹色だったが、女の様子を見て「げっ」声を濁らせた。
女はしきりに丹色と前田を見比べていた。

「あの…その前田藤四郎は…」
「うっわばれた…」

丹色ががくりと頭を垂れた。

「どうかいたしましたか?」

一応、政府の前田藤四郎の振りをしつつ女に問えば、女はケロッと声を発した。

「その…その前田藤四郎はあなたの刀剣ですよね?」

あっ、ばれたってそういう…。
戸惑った様子の女に、前田はどう返答したものかと主人を見上げる。

「──ええ、私の前田藤四郎です」

観念したように丹色が言う。

「ここは刀剣禁制区域では…」
「ちょっとした事情がありまして。許可はいただいています」
「さっきのチェックというのは…」
「もちろん嘘ですよ」
「えっ、嘘なんですか!」

最後の言葉は女ではなく、前田の言葉である。てっきり本当だと信じていた。そのうち本当に政府役人が訪ねてくるのではないかとひやひやしたのに。ますます非難の色を強めて丹色を見る前田に、女が苦笑いした。

「あの、遅くなってすみません、助けていただいてありがとうございます」
「いいえ…」
「あの、号字をお伺いしても?」

ぐっと女が丹色に身を寄せた。相手が女性とはいえ少しムッとする前田。

「へ?ああ、いや…」
「おっ御礼がしたいんです!」
「いっいいですいいです!そんな気を遣わず!」
「いいえ!あ、私の名前は」
「あー!わ、私用事があるんです!前田行くよ!」
「へえ!?あ、主君!」

前田が素っ頓狂な声を上げたが、丹色も構ってはいられなかった。
女も慌てて追いかけようとしたが、尻餅をついたせいかビキリと腰に痛みが走ってその場に伏せった。ハッと彼女が顔をあげた時には、その場には誰もいない状態で足音もしなかった。

「うっそお…」

がっくりと項垂れて、彼女はただただ腰を摩って痛みを誤魔化すしかなかった。

 
モドル
手を