昼休みのチャイムが鳴り、暫く経った頃、名無子はクラスの中でも抜群に目立つ人物のもとへと足を運んだ。
「あ、名無子ちんやっほ〜」
向かってくる人物に気が付いたのか、のんびりとした口調で話しかけるのは紫原敦。
名無子と仲の良いクラスメイトだ。
「紫原君、このまいう棒食べる?期間限定のやつ」
「もうゲットしたんだ、早いね。いるいる〜」
小さな手から一本受け取ると、早速封を開ける。
「と、ところで紫原君、先輩の写真は……」
紫原の前の席に座った名無子は、恐る恐る尋ねた。
「ん〜?ああ、あれか。任しといてよ。ホラ」
紫原が自身の携帯を取り出し「ね」と画像を見せる。
その画面には端正な顔立ちの青年が、バスケットボールを片手に写っていた。
「あっ、ありがとう!」
名無子の顔が一瞬にして輝く。心なしか声は震えているようだった。
「お、この味結構イケるな」
この光景に見慣れてしまったのか、名無子のことは気にも留めずお菓子を頬張る。
「はあ……練習してる氷室先輩もかっこいい」
何をかくそう名無子はバスケ部の氷室辰也に夢中である。
うっとりとした表情で画面を見つめている名無子を横目に、貰ったまいう棒をかじりながら紫原は「重症」とだけ呟いた。
「そんなことない、ただの恋する乙女です!」

「誰が誰に恋してるの?」

突然降ってきた言葉に、名無子は驚きのあまり携帯を閉じるのを忘れていた。
「あれ、これってもしかして……」画面を覗き込むようにして氷室が言うと、やっと気付いたのか、急いで携帯を閉じる。
「せせせせせせせ先輩どうしてここに……!?」
慌てる名無子を見ながら氷室は「たまたま通りかかったから」とはにかんで言った。
「名無子ちん顔真っ赤だよ」
まいう棒を食べ終わった紫原が自分の頬に指をさして指摘すると、名無子は両手を頬に当て隠すように言った。
「だっ、だって……!」
好きな人が、憧れの人が突然すぐ隣にやって来たのだ。
しかも丁度その人の話をしているときに。噂をすればなんとやらだ。
恥ずかしさや色々な感情が噴き出して頭は沸騰寸前、もしもこれが一人だったら、きっと今頃脱兎のごとく逃げ出していただろう。
「だって?」
氷室が顔を近づけた。慣れない距離に心臓がさらに激しく音を立てる。
「うっ、あ……えっと」
ずっと憧れていた人が、そこにいる。
半ばパニック状態の名無子は、目をきょろきょろと泳がせ、そして。
「名無子ちん?」
「おっと」
その場に倒れた。

幸いすぐ隣にいた氷室が受け止めた為、冷たい床との熱いキスは免れた。
まさか気を失ってしまうとは思いもせず、紫原と氷室は顔を見合わせる。
「アツシから聞いていた通り、面白い子だね、名無子ちゃん」
気を失っている名無子を支えながら、氷室が言う。
「室ちんがいじめるからじゃん。ま、今日は少し体調悪かったみたいだけど」
紫原は至極だるそうに、ゴミ箱へ向かって空になった菓子の袋を投げる。
「じゃあ保健室に連れて行かなきゃ」
まっすぐにゴミ箱へ入ったのを見届けてから、氷室は気を失っている名無子を横抱きした。
「うわ〜、室ちんセクハラ〜」
「どうして」
悪びれもなく氷室が言う。

「相思相愛なら、訴えることも何もないだろう?」
教室を出る寸前にちらりと見せた顔は、今まで見たこともないくらい、とても意地悪だった。

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