「まだ戦えます」
いつになく真剣な眼差しで宗三は言った。
「ダメです」
名無子の答えは先程から変わる気配は無い。
「宗三さんは少し休みましょう」彼らが戦場から帰還したのを見て、口を開くやいなや、名無子が言い放ったその宣告は、宗三の顔を暗くするには十分過ぎる程効果があった。
「何故です?休む間もなく戦場へ赴くわけでもないでしょう」
表情こそ変わらないが、納得いかないといった様子で、不服そうに言った。
「いいから、私の言うこと聞いてください。次の戦いには絶対に宗三さんは出しません!」
その強い口ぶりに、名無子も今までの主人と同じになってしまったのでは、と思った。
「僕だって戦えます」
「知ってますよ」
「戦力外ということですか?他にも、強い刀剣達がいるから。もう僕は用無しだと。そう言いたいんですね」
「またそうやって卑屈な方向にしかとらえないんだから」
「それは」
別に、なりたくてなったわけじゃない。
時代が自分自身を捻じ曲げたのだ。信長の手によって短く磨り上げられてから、その名に魅せられ、幾度となく他人の手に渡り、刀としての意味はなさず、ただ己の強さの象徴として飾られる。
人の執着心は醜い。ただただ、そう感じた。だけど。
名無子だけは違っていた。いや、信じたいと思う自分がいた。自分を人の姿で呼び覚ました人物。
初めて出会った、自分を天下の象徴として扱わない人間。
興味が有る、無いではなく、純粋に不思議だった。しかし、それも今日までのこと。名無子も、本当は僕を鳥籠に入れ飾りたいだけなのだと知ってしまったら。
「別に、あなたがそうしたいならいいですよ。元々戦いは得意じゃありませんし」
「ほらここ」
突然、名無子が宗三の足下めがけてしゃがみこんだ。嘲笑うかのような、見放したような笑顔を作っていた宗三の顔が驚きで崩れる。
「気が付かなかったんですか?」
名無子が見てと言わんばかりに、着物の裾を大きく広げたその中をよくみれば、左足首に大きな切傷がついていた。
「あの時の……」
これで帰れる。敵部隊最後の一人に一撃を与えた宗三が、本丸にいる名無子の顔をほんの一瞬思い浮かべた。それが仇となった。敵は崩れ落ちる間際、せめてかすり傷だけでもと思ったのだろう。痛みに抗うように暴れた敵の刃が、宗三の足を掠めた。たった少しの油断が生んだ傷。その時の様子を思い出した宗三は、顔をしかめた。
「私が言った意味、わかりました?」
戦に出されない理由は至って簡単。怪我を負った宗三が、ただ単に主に心配されているだけ。そうだと知った宗三は、動揺からか言葉をつまらせる。傷を見ていた名無子は、いつの間にか立ち上がっていた。心配そうな名無子と、自然と目が合う。
なんとなく、素直に返事をするのが嫌で、つい「わからないです」と、意地悪をした。
宗三の返事を聞いた名無子は、困ったように笑って。
「心配なんです。誰よりも」
祈りにも聞こえる切ない願いが宗三の耳に届く。
「しょうがない人ですね」
今回だけですよ。満足した宗三が観念したように呟くと、名無子は嬉しそうに去っていった。


(ごめんね、ありがとう/確かに恋だった様)

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