「もうちょっと右です。あ、ストップ。行き過ぎです。あー、そこです、そこ」
静かな六畳一間に響く、何ともけだるそうな声。
「このDIOに肩たたきをさせるなど、百年早いぞ小娘」
「いいじゃないですか。暇だからやることないかって聞いてきたの、DIOさんですよ」
「そういう意味で言ったわけじゃ」
「手、止まってますよ」
「WRY……」
休日の昼下がり。いつもなら床が抜けそうな程密度が高いのに、この日は珍しく私とDIOさんしかいなかった。
吉良さんは休日出勤。ディエゴ君は長期遠征でずっと帰ってきていない。
カーズさんとプッチさんは少し前に買い物へ行った。ピカチ●ウの限定ぬいぐるみが今日発売なんだとか。
ディアボロさんは色々あって今はいない。
一緒に騒ぐ彼らがいないとDIOさんも大人しいようで、先ほどから黙々と私の凝り固まった肩をほぐしている。
普段から静かならいいのに。そうすれば吉良さんにかかるストレスも軽減されることだろう。
規則正しく肩に与えられる心地よい刺激に瞼が下がっていく。
耐えられず頭もこくり、と揺れる。このまま眠ってしまいたい、と思っていた時。
「いっ」
突然、首の後ろにちくりとした痛みを感じた。
「なにするんですか!」
後ろを振り向きDIOさんを睨む。その唇には赤い血が僅かだが付いていた。長い舌でペロリと舐めとる嬉しそうなDIOさん。それとは反対に苛立つ私。
「腹が減った」
「そんな軽い理由で私を仲間入りさせようとしないでください」
「だが名無子。腹が減っていて、食べ物を目の前にされているのだ。しかも吸ってくださいと言わんばかりに首を見せているのだぞ。それでも我慢できると思うか?」
「するんですよ」
「無理だな」
「ほんと偉そうだなあんた」
DIOさんにとっては、ただの食事かもしれない。だけど、私にとっては人間として生きるか、人間をやめるかの究極の選択でもある。たとえ肩たたきのお駄賃だとしても、血をあげることだけは絶対に出来ないのだ。まあ、お金もあげたくはないんだけど。
「このDIOが名無子に尽くしてやっているのだぞ。少しくらい私に何か返してやろうとは思わないのか」
「普段から迷惑ばっかりかけてる人が何言ってるんですか。寧ろもっと私に返してほしいくらいなんですけど」
「フン、いいから吸わせろ」
「い、嫌です!近寄らないでください、この変た……わっ!」
DIOさんに後ろから羽交い絞めされ、肩と頭を掴まれ無理やり首元を曝け出す格好になる私。あっ、死ぬかもと思ったが時すでに遅い。巨体の筋肉ダルマに敵うわけがない。さようなら、私の人間人生。こんにちは、日の光から逃げる私。
色々と諦めかけていた時だった。
「ただいま〜」
死んでいたディアボロさんが玄関を開けた。部屋の真ん中でDIOさんに襲われる私を見て、それまで落ち着いていたディアボロさんが焦るように言った。
「えっ、お、お前ら何してるんだ?」
「どこからどうみても肩たたきだろう」
「全くそうは見えないんだが!?」
「ディアボロさん!」
この住人の中では頼りないディアボロさんが、今日はいつにも増して輝いて見えた。
「DIOさんに血を吸われそうになってるんです!助けてください!」
ディアボロさんだって元はギャングのボス。それなりに強いはずだ。私には見えないがスタンドだってある。能力はよく知らないけど。きっと助けてくれる。
「二人で何をしていたかはわからんが、名無子にそれ以上近づけばこの俺が黙っちゃいない!キング――」
「空腹には勝てん。この際お前でもいい。いただくぞ」
「あっ」
「……っていうことがあったんですよ」
あの後のこと。買い物から戻ったプッチさんとカーズさんの目に真っ先に飛び込んできたのは真っ赤な玄関、そして雑巾で血を拭う私の姿。DIOさんは満腹後の眠気に抗えず寝てしまっていたので一人で掃除をしていた。
吉良さんが帰ってくるまでに終わるか不安だったが、プッチさんとカーズさんが手伝ってくれたので直ぐに片付いた。
「ディアボロは何度部屋を汚せば気が済むんだろうな」
「まったくだ。餌の分際でこのカーズが寝る場所を汚すなど図々しいにもほどがある」
「ところで、名無子」
「なんですか」
「DIOに吸われた時の感想を聞いてもいいかな?」
お母さん、この部屋の人達は変態ばかりです。
(家族で15題/TOY様)