貧しき者の夢想

 DIOの手先によりエジプトへ向かう飛行機が墜落し、香港でSPW財団の船をチャーターすることができたことまではよかったのだが、いつの間にか船長は殺され、敵が船長に成りすましていた。四方を海に囲まれた船の上という孤立した空間の中、承太郎は敵スタンドによって海中に引きずり込まれる。しかしそこから決着がつくまでにさほど時間は必要としなかった。激しい渦潮の中でスタープラチナの指が敵スタンドの顔を削ぐ。そして偽船長の顔から噴き出す血液。渦潮が消え去ったことにより、船上にいたものたちは承太郎が勝利したのだと知った。

「プラネット・スマッシャーズ! 俺を助けろよォ!」

 自身のスタンドを倒され、顔面から血を流しながら船長が海中で叫んだ。往生際の悪い野郎だ、もう一発ぶち込む必要があるだろう。承太郎は溜息を気泡にして吐き出し、海中でがぼがぼと二酸化炭素の泡を吐き出しながら海面を目指す船長を追いかけ浮上する。敵にまだそんな力が残っていたのかと驚く一方で船上には未だ敵が潜んでいることに危機感を覚える。早くジョセフたちに伝えなければと、力強く海水を蹴った。

「聞こえてるんだろうよォ、プラネット・スマッシャーズ! そこにいるんだろうがよォ!」

 水面から顔を出し必死の形相で叫ぶ船長の形相に、ジョセフたちはまだ敵が船内にいることを知る。家出少女を庇いつつ即座にスタンドを発現させ周囲を見回すが、人影どころかその気配すらうかがえない。どこかに隠れているのだろうが、こちらを見ていることには間違いない。SPW財団の用意した船とはいえ、船長が偽物だった時点で敵の一人や二人を潜り込ませることなど容易だ。十中八九スタンド使いだろう。仲間がやられたにも関わらず未だ姿を現さないのは警戒しているためか、一人では勝ち目がないと踏んだのか。とにかく船という閉鎖空間の中にいるならすぐに見つかるはずだ。承太郎が船長を殴って黙らせるのを横目に二手に分かれようとアヴドゥルが提案し、ジョセフとポルナレフが率先して船内に向かう。狭い船内ならばハーミットパープルやシルバーチャリオッツが妥当だろうとの判断の上である。広い甲板の上ならばマジシャンズ・レッドやハイエロファントグリーンが十二分に効果を発揮することができる。アヴドゥルが周囲を警戒する中、花京院は未だ海面に浮かぶ承太郎を船に引き上げようとハイエロファントグリーンの触手を伸ばす。
 不意にスタープラチナの目が船上に小さな光を確認した。なにかが太陽の光で反射したのだろうかと承太郎は目を細める。刹那、一発の銃声が響いた。一直線に眉間を狙って飛んできた銃弾をスタープラチナがつかみ取る。ようやく敵が姿を現したのかと銃弾の飛んできた先を見上げるも人影はない。帆船であるから隠れる場所などほとんどないはずなのだが、巧妙に身を潜めているのだろうか。先ほど光ったのは銃本体なのだろう。これ以上の狙撃は居場所を確定されるおそれがあるためか、二発目が飛んでくる気配はない。しかし狙撃手が船内ではなく甲板のどこかに潜んでいることは確定的である。承太郎は素早くハイエロファントグリーンの触手で甲板に上がった。

「大丈夫か承太郎」
「ああ。だがこれで敵は甲板にいることが判明した。あとは敵の隠れている場所を見つけるだけだ」

 花京院は甲板での変化を見逃すまいとハイエロファントグリーンの触手を四方に伸ばした。それを横目に周囲を警戒しながら承太郎は銃弾を捕らえてから握ったままだった拳を何気なく開き、瞠目する。掌の中には先ほどつかみ取った銃弾があるはずだったのだが、銃弾どころか破片すらない。眉間を狙って飛んできた銃弾を取った瞬間、確かに手の中に銃弾の感覚はあった。しかしまるで溶けてなくなってしまったかのように銃弾があった名残もない。拳を解いた覚えはないから海中に落としたとは考えにくい。そして一つの結論に至る。銃弾自体がスタンドであった場合、跡形もなく消え去ってもなにもおかしいことはないのではないか。つまり敵は銃型のスタンドを使っているということになる。遠距離型のスタンド使い。そして未だ敵の姿は見えない。だが敵からはこちらの姿は丸見えである。先ほど船上から水面に浮かぶ承太郎を狙撃した。花京院たちに気付かれず、承太郎を狙うには花京院たちより高い場所にいる必要がある。飛んできた銃弾の角度からもそれは推測できる。

 承太郎は自分たちより高い場所に視線を向ける。マストの上は隠れる場所がないためありえないだろう。ならば操舵室の上か。あそこならば高さも充分であり、身を隠す障害物もある。わずかな変化も見逃すまいとスタープラチナの目を向けた。五人のスタンド使いを倒そうとしているのだから敵もプロの暗殺者かなにかだろう。空気の揺れ一つ感じさせず、なにかが反射して光ることもない。だが承太郎には確信があった。そこ以外考えられない。視線を操舵室の上から外さず、花京院に耳打つ。

「花京院。操舵室の上が怪しい」
「そうか…まだあそこは調べていない。ハイエロファントで調べてみよう」

 さりげなく家出少女を背後に庇いながら花京院はそっとハイエロファントグリーンの触手を操舵室の上に向かわせる。敵はこちらの動向を見ているはずであるため、背後から触手を伸ばせば気付かれないだろう。承太郎の耳打ちはアヴドゥルにも聞こえていたらしく、すぐにでも攻撃に移れるよう身構えている。スタンドの銃弾だろうとマジシャンズ・レッドの炎の前では効力を失うはずである。
 突如ぴくりと花京院が反応した。それと同時に操舵室の屋根から激しい銃声が響き、黒い影が飛び出す。黒いセーラー服の少女だ。一同がそれに気付いたと同時に少女の両の手に握られているものに気が付く。少女は無表情のまま銃口を承太郎たちに向け、引き金を引いた。サブマシンガンの軽快な銃声が甲板に響く。

「マジシャンズ・レッド!」

 いち早くアヴドゥルが反応し、マジシャンズ・レッドの炎が向かってくる銃弾を溶かす。だが少女は攻撃の手を緩めることなく、そのまま重力に逆らうことなく炎に突っ込んだ。甲板に飛び降り、サブマシンガンを乱射しながらマストの陰に走り込む。そしてブラインドファイアで承太郎たちを狙う。マジシャンズ・レッドが炎の壁を作り出し、それを防いだ。マストの陰から銃だけを出して撃っているため、少女の顔は見えない。
 激しい銃声が聞こえたのか、船内からジョセフとポルナレフが駆け戻ってくる。それに気が付いたのか銃声がやんだ。サブマシンガンもマストの陰に隠れる。花京院が二人に状況を説明している間、アヴドゥルはいつでも防御できるように身構え、承太郎もマストの陰を睨み付けた。少女だからといって油断はできない。相手はスタンド使いなのである。今のところ銃撃しかしてこないが、まさかそれだけではあるまい。

「出てこい。甲板という逃げ場のない場所で五対一。てめえに勝ち目はねえぞ」

 承太郎の問いかけに反応はない。マストの陰から黒く光る銃身がちらりと見えた。これまで現れた敵とは違い、酷く慎重であるようだ。

「ああまどろっこしい! 出てこねえならこっちから行くぜ!」
「ポルナレフ、待て!」

 しびれを切らしたポルナレフがてシルバーチャリオッツを発現させ、アヴドゥルの制止を無視しマストに向けて走り出す。マストの陰からサブマシンガンの銃口が顔を出す。再び激しく銃弾が飛び散るが、シルバーチャリオッツのレイピアがそれを弾き飛ばした。しかし勢いを弱めない弾幕にポルナレフは足を止めざるを得なくなり、アヴドゥルが再び炎の壁を展開する。銃弾の雨を掻い潜らない限り距離を詰めることはできないが、弾切れがあるのかどうかわからない敵のスタンドの前では下手に近付くこともできない。
 一体どうするとマストを睨み付けたまま考えあぐねる一同の中で花京院が動いた。エメラルド・スプラッシュで敵をマストから追い出すと言うのだ。危険だとジョセフが異を唱えたが、行き詰っている今、とにかくやってみようとの結論に至る。家出少女を承太郎に任せ、花京院はマストから大きく迂回するように走り、銃口の覗く側とは反対の方向から回り込む。銃口が自身に向けられたと同時にハイエロファントグリーンがエメラルド・スプラッシュを放った。シルバーチャリオッツのように点の攻撃ではなく、広範囲の面の攻撃である。いくらサブマシンガンを持っているとはいえ、すべてを打ち落とすことはできない。花京院の謀った通り、マストの陰から敵が飛び出した。マストを間に挟むようにして敵の少女は大きくバックステップを踏み、ハイエロファントグリーンの弾幕をサブマシンガンで相殺する。しかし互いに落とし損ねた弾がそれぞれの体を掠める。

「花京院!」
「大丈夫です。ここはぼくに任せてください」

 サブマシンガンが弾切れを起こした瞬間、ハイエロファントグリーンの触手が鞭のようにしなり、少女を襲う。しかし少女は軽く体をひねることでそれを避け、使い物にならなくなったサブマシンガンを投げ捨た。甲板にぶつかる瞬間にサブマシンガンは消え、花京院に向かって走り出した少女の手には新たな銃が発現される。マスケットじゃ。長い銃身を見てジョセフが驚きの声をあげる。
 触手を避けながら少女はマスケットを構えず銃身を握り、一気に花京院に詰め寄った。そして下段の構えから一気にマスケットを振り上げる。咄嗟に花京院は体をそらしてそれを避けたが、前髪の先を台尻が掠めていった。そこから少女は一歩踏み込み、振り上げたマスケットを花京院の額めがけて振り下ろす。

「チェックメイトだ」

 花京院の口元が歪んだ。額にあと数センチのところでマスケットがぴたりと止まる。中途半端にマスケットを振り下ろした体勢で、少女の体はハイエロファントグリーンの触手に拘束されていた。触手の攻撃を掻い潜り、その懐に潜り込んだということは、触手に背を見せたことになる。全身を拘束されてはスタンドを発現させるどころか一歩も動くことができない。少女の灰色の瞳がじっと花京院を見つめる。揺らぐことのない表情から戦意は喪失されていない。
 気後れするようなまっすぐすぎる視線に威圧されながら、花京院は少女に当て身を喰らわせた。張りつめた糸がぷつりと切れてしまったように少女の体は崩れ落ちる。それを抱きとめ、花京院は少女の額に手を伸ばし、前髪をそっと横に流した。生え際に植え込まれた気色の悪いそれに思わず顔をしかめる。そしてやっぱり、と呟いた。忌まわしき肉の芽。やはり少女もDIOに操られていたのだ。
 それにしても、と花京院は少女の灰色の瞳を思い出し、思わず身震いする。どこまでもまっすぐすぎる双眸。しかし人形のように感情を孕んではいなかった。少女はなにを抱え、DIOに付け込まれたのか。意識を失った少女に問うすべはない。