限りなく運命に近い僕らでありますよう
「アイラ・千里・コルッカさんはフィンランドから来たんだ。フィンランドってわかるかー? 北欧だぞ、ヨーロッパの上の方だぞ」
白のチョークで黒板に『Aila・千里・Kolkka』と書かれた名前の横にはカタカナで読み仮名が振られている。黒板に貼られた世界地図を指し棒で示しながら話す担任や留学生の転入にざわめく教室内などどこ吹く風にその少女はぼんやりと教室のどこかを見つめているようだった。
「父方のおじいさんが日本人なんだそうだ。ミドルネームが日本人名なのもそのためだな」
「千里と呼んでください。昔日本に少しだけ住んでいましたが、日本語はあまり得意ではないので――」
イントネーションがやや怪しいところがあれど、得意ではないと言うわりには流暢だ。静かなアルトボイスは耳に心地良く、その容姿はもちろんのこと、涼しげな目元や日本人にはない白い肌の色に男子生徒も女子生徒も釘付けだ。笑顔が少ないのは緊張しているためだろう。教師も生徒たちもそう思い込んでいる中で。
「うそ……」
そこで初めて千里がどこに住んでいるかを知った、など些末なことだった。留学など聞いていなかったどころかあの旅からは想像もできないほどに物を言う彼女に対してそれしか言葉が出なかったと、後にまどかは語る。
■□■□
「ミスター・ジョースターと……まあ、留学を勧められた」
スカートからすらりと伸びた足を組み直し、面倒臭そうに千里は呟く。黒のタイツを履いていたあの頃とは違い、白く長い足を惜しげもなく大衆に晒している。本人はあまり気にしていないようだが通り過ぎる人々の目は釘付けになる。外国人というだけでも珍しいというのに、その日本人とは違った肌の色はどうしても人目を引く。夏服のため剥き出しになる両腕もまた白く、人工皮膚で隠しているのか片腕が義肢だとまどか以外は気付かないだろう。
「よくOKしたね。千里なら断りそうなのに」
「元々日本に用事があった。そのついでだ」
あれから半年が経っていた。空港での最後の別れの時に会いに行くと言ったはずなのに、それより先に会いにきた友人。それが不本意なものだとしても、まどかにとっては嬉しいことには違いない。
承太郎と花京院はこのことを知っているのだろうか。ジョセフが一枚噛んでいるのなら知っているかもしれない。知らないとしたら伝えなければならないだろうが、それは彼女を存分に独り占めした後でもいいだろう。
よく喋るようになったね、とまどかがからかえば、じろりと睨み付けられる。あの挨拶は不本意なものだったらしい。不本意ながらも第一印象を優先したのだろう。ジョセフか誰かに言われたのかもしれない。
だが今の千里の態度の方がまどかとしては安心できる。あの黒板の前でクラスメイトに挨拶をした少女は偽物の千里だった。そう考えると本当の彼女を知っているのは自分だけなのだと思えてきて、まどかは優越感を覚えた。口にしたらまた睨まれてしまうから言うことはできないけれど。
■□■□
「日本にしばらく滞在する必要があると言うから、それならついでに留学してみたらどうかと勧めたんだ。ジョジョは承太郎たちの高校を勧めていたが不良が多いと聞いたから却下したよ。まどかの高校なら不良は少ないというし、それに同性の知り合いがいた方が千里も安心だと思ってな。――いつまで、って千里から聞いていないのか? 少なくとも用事が終わるまではいないといけないから……半年はいるだろうな。――おれ? おれはまあ、付き添いさ。彼女のおじいさんに頼まれたんだ」
転校初日の千里を迎えに来た男はまどかのよく知る人物であったから、彼女は再び驚いた。いつの間にか国際免許を取得していたらしいシーザーの運転する車に乗って二人の少女は空条邸へと向かう。後部座席で千里はずっと窓の外を眺めているため、自然と会話は千里の隣に座るまどかと運転席のシーザーの間で交わされることとなる。
「千里もシーザーさんもなんの用事で日本へ来たんですか?」
「千里の生家の後片付けだよ。少しややこしいことになっていてな」
そこでまどかはようやく思い出した。帰る家はあれど、千里も両親を失っている。詳しいことは聞いていないがそれだけは知っている。
とはいえ、とシーザーはバックミラー越しにまどかと目を合わせた。笑みを浮かべる。
「ほとんどのことはおれと弁護士で事足りるから、きみたちは気にせず学生生活を楽しむといい」
委任状だってちゃんと用意してある。SPW財団お抱えの凄腕弁護士が用意してくれたから日本でも十分効力はあると彼は言う。
千里とシーザーの来日は随分と前に決まっていたことらしい。留学の手続きをすることを考えれば当然ではあるが、それでもそんな連絡をくれなかった友人にまどかは少しばかり不満を覚えた。知っていたら空港まで迎えに行ったのに。カフェでお茶したり買い物に出かけたり、やりたいことがたくさんあるのに。
「そういえば日本にいる間、どこに住むんですか?」
「おや、千里から聞いていないのか? 承太郎の家だよ。広くて部屋も余っているからとジョジョに言われてな」
うそ、とまどかは呟き、思わず隣に座る少女を見る。まどかの視線を受けて、千里は面倒臭そうにちらりと横目に彼女を見た。すぐに窓の外へと視線が戻る。じっとりと睨め付けられようとも会話に参加する気はまったくないらしい。
今日は歓迎会をしてくれるそうだ、ホリィちゃんの手料理が楽しみだよ。楽しそうなシーザーの声を聞きながらも、まどかの頭の中ではぐるぐると思考が渦巻く。つまり承太郎は千里が留学することをすでに知っていたのか。そうなるともしかしたら花京院も彼から聞いているかもしれない。となると、知らなかったのはまどかだけか。
あまりいい気持ちはしなくて、思わず千里の手の甲をつねった。義手ではなく生身の手をつねられれば千里でも当然痛みを感じる。それでも彼女はまどかではなく窓の外ばかりを眺めていた。
実際のところシーザーと千里は今朝まで市内のホテルに泊まっていて、千里が学校に行っている間にシーザーが荷物を空条邸に運でいた。この件に関してはジョセフもとホリィも一枚噛んでいため、まどかは当然のこと承太郎も花京院も彼らの来日については知らない状態だ。彼らを驚かせようというジョセフとシーザーの小さないたずらである。