Autumn Leaves

 徐倫が逮捕されたと承太郎が重苦しく告白したことがきっかけだろう。

 恋人とのドライブ中にヒッチハイカーを轢いてしまい、運転していた恋人を庇って逮捕。現在は刑務所で裁判の日を待っているという。腕利きの弁護士もすでに彼女についているというが、どうも評判は思わしくない。

「あー……つまりきみはこう言いたいわけだ。『あまりにもできすぎている。まるでなにもかもあらかじめ用意されていたようだ』ってね」

 承太郎が話を終えてしばらくしたのち、向かいのソファーに座った花京院がノートパソコンのエンターキーを叩きながら言葉を発する。ダイニングが静まり返る中、本棚の上のラジオから流れる曲は一昔前のポップスだ。

 承太郎から助力を求められたのは数日前のことである。徐倫が警察の厄介になることは幾度かあったが、娘の逮捕で承太郎が顔色を変えたのはこれが初めてかもしれない。家族に対しての愛情表現が下手であり、また人間としても不器用である彼が離婚して久しい。娘からは嫌われているらしいが、それでも承太郎は彼女の父親だ。馬鹿な男だと思っている者は多いが口に出す者はいない。

「確かにぼくたち程度でも怪しいと分かるほどなのに警察も弁護士もそれを認めていない。誰かに嵌められたと考えるのが妥当だな。でも彼女を収監することが目的にしては大掛かりすぎる。わざわざ悪徳弁護士まで準備する用意周到ぶりなんだから、徐倫が捕まって困る人間がターゲットなんだろうね。原因はどうせ怨恨だろうし、そう考えると……君の場合心当たりが多そうだ」
「わたしが目的なのは構わない。が、徐倫を巻き込むのは感心しない」

 妻子を守るために離婚したというのにまったくもって意味がなかったな。なんて花京院は口にしない。承太郎にしては珍しく焦りが見える。今までだって小規模ながらも嫌がらせは何度かあったが、娘を巻き込むほどの大掛かりなものはこれが初めてだからだろう。せっかく離婚までしたというのに敵の目はそらせなかったようだ。
 
 承太郎も花京院も口にしないが彼らの敵が誰であるか、なんとなく気付いてはいる。過去の残滓とも呼ぶべきそれはこれまでも幾度か彼らの前に姿を現していた。その原因はもう二十年も前のことになるというのに消えてなくなる様子がない。直接的でも間接的でもそこから芽吹いた者たちは未だに彼らの因縁となる。

「決戦の舞台が刑務所なんて映画じゃああるまいし、敵の趣味はよくわからないな……理解したいとも思わないが」

 花京院はブリーフケースから紙束を取り出しテーブルに置いた。非常に細かいリストである。現在州立グリーン ・ドルフィン・ストリート重警備刑務所に収監されている全囚人、または全看守のリストだ。
 当然全員など途方もない数になるため、二十年以上収監されている者や未成年等、明らかに除外できる者は省かれている。あらゆる条件下で絞りに絞った一覧だ。名前と性別と年齢がアルファベット順に並べられている。
 紙束を軽く叩き、花京院は承太郎を見上げた。

「この中に心当たりのある名前は? もちろん偽名を使っている可能性もあるだろうが、まずはシンプルに当たっていこうじゃあないか」

 目を細めて承太郎がリストを手に取り見つめる中、花京院はなおもノートパソコンを叩いている。承太郎が気になった名前を挙げたらすぐにその情報を出す用意はできていた。言われれば罪状やそれまでの経歴だって事件の検死結果だってすぐに出せる。彼のスタンドに負けず劣らずの情報収集力だ。

 承太郎がリストを睨みつけ花京院が軽快にキーボードを叩く中、三人分のマグカップをトレイに載せた千里が現れた。二人の前にそれぞれコーヒー入りのそれを置いたのち、自身のマグカップを持って花京院の隣に腰を下ろす。「ありがとう」パソコンから目を離さずに花京院は呟く。
 千里は承太郎が家に来た理由を知っている。彼らの会話はキッチンにいても聞こえていたし、あらかじめ花京院から聞いていた。彼女は花京院の手元をちらりと覗き込んでから承太郎が見終わったリストを手に取って眺める。

 細かい文字の羅列を追う作業はなかなかに時間のかかるものである。ラジオはすでに次の番組を流していた。淹れたてだったコーヒーもぬるくなり、無言のまま確認が終わったリストがテーブルの上に積み上げられていく中、言葉を発したのは承太郎ではなく千里だった。二人分の視線が向けられる。彼女はリスト一点を指差し花京院に見せた。

「典明、この男の情報を出してくれ」
「知っているのかい?」
「いや。他人の可能性もある」

 千里にしては歯切れの悪い返事だった。不確定要素はあまり口にしない彼女だからこそ、確定的ではない発言を避けたいのだろう。
 花京院がすぐに情報を検索し画面に映し出した。写真付きのそれを二人にも見えるようノートパソコンの向きを変え、それを読み上げる。

「ジョンガリ・A。年齢は三十五歳で罪状は殺人。元軍人のスナイパーで腕前は相当なものだったみたいだが……そうか、彼が有名な狙撃手なら千里が知っていてもおかしくないか」
「知っているのか」

 承太郎の問いかけに千里は答えなかったが、彼女にしては珍しくひどく難しい表情を浮かべていた。なにかを考え込んでいるのか口元を手で押さえながらじっと写真の男を見つめ、たっぷり時間をかけてからようやく口を開いた。

「わたしの見間違いでなければ、おそらくこの男が関わっている」
「どういうことだ。知り合いなのか」
「――弟だ」

 ひどく苦々しく吐き出された言葉はそれだけだった。だがその一言が承太郎と花京院の頭の中から一つの記憶を掘り起こす。

「弟って……そういえば二十年前、あの旅できみの弟と戦ったことがあったか」
「そうだ。あれはあの男に心酔していた」

 エジプトに入る前のこと、スティーリー・ダンとの戦いのすぐ後のころだっただろうか。覚えているのは当事者である千里と、承太郎と花京院の三人だけである。ジョセフたちには話していなかったから、彼らは知らない。だが会ったことがあるとはいえ、承太郎も花京院も千里の弟の顔はほとんど覚えていないから知らないと言っても過言ではないだろう。
 繰り広げられたのは姉と弟の殺し合いだった。クオレマ・コルメトイスタと名付けられた姉とジョンガリ・Aの名を与えられた弟。両親の支配から救ってくれたDIOを崇拝する弟とDIOに支配されそれを憎んだ姉。姉弟のスタンドであるプラネット・スマッシャーズとマンハッタン・トランスファーは奇しくもどこか似通っていた。

 狂信的なまでにDIOを崇拝していたジョンガリ・Aならば承太郎や徐倫を狙う動機は十分だ。この二十年で心を入れ替えた可能性も考えられたが、それは絶対にありえないと千里は断言する。彼にとって姉弟を暗闇から救い出し、新たな人生を提示してくれたDIOは神に等しい存在だ。そんな男が偶然徐倫と同じ刑務所にいるとは思えない。調べ上げれば彼が刑務所にいる目的も明確なものになるはずである。

 この男が、徐倫を。呟く承太郎を前に目を細めた千里は自身の膝元に視線を落とす。そんな彼女に対して花京院はそっと肩を抱き寄せた。

 切り捨てたとはいえ、ジョンガリ・Aは千里に残された唯一の肉親だ。両親はとうの昔に死んでおり、親代わりであった彼女の祖父母は老衰によりすでに逝去している。親戚はまだ生きているが、それでも親のいない千里にとってジョンガリ・Aが最も近しい家族である。そこに思慕か憎悪かわからないが、鋼の女といえどもなにも思わないはずがない。

 千里にとってジョンガリ・Aは弟であり、自身のイフの存在である。狂気を受け入れ狂気に従った彼女のもう一つの姿だ。祖父母より先にDIOに出会っていたならば、一歩間違えていたならば、きっと彼女もそちら側に行っていたことだろう。
 そうならなかったのはまともな大人であった祖父母に引き取られたからだ。自身の指針となる大人に出会ったことにより、千里はまともに成長することができた。まっとうな世界でまっとうに生きることができた。

「――とにかく会いに行く。典明、わたしのコードネームで手配してくれ」

 敵がジョンガリ・Aとわかれば千里の行動は早かった。すでに弟ではないと思っていても、身内の不始末は身内で片付けなければならない。二十年前に殺さず見逃した代償である。
 まさか承太郎を行かせるわけにはいかず、花京院は後方支援の役割がある。故に財団の特殊エージェントとして今もスタンド使いと渡り合っているである千里が赴くのが適切だ。

 彼女のコードネームはクオレマ・コルマストイスタ。意味は十三番目の死。あの憎くて仕方のない男に付けられた名が元である。
 かつてはその名で呼ばれることをひどく嫌がっていた千里だが、今はそれを受け入れ逆に利用している。過去の残滓をあぶり出すには空条承太郎という名と並んで都合のいい名前であるからだ。その名はDIOに忠誠を誓っていたものたちをおびき寄せるにはとても役に立っていた。彼女の肩書きであるA級エージェントは対スタンド使い専門の意味を持つ。スタンド使い殺しのスタンド使い。過去の残滓の始末役。それが彼女の役割である。

 千里の意図を即座に理解した花京院はすぐに異議を唱える。

「それは危険だ。敵だってぼくたちが来ることを予測しているはずだ」
「看守の目の前で何かをしでかすほどあれも馬鹿ではない。何かあればすぐに殺す」
「罠の可能性だってあるんだ。わかっていてきみを行かせるわけにはいかない」

 承太郎からもなにか言ってくれ。花京院に水を向けられ、それまでだんまりを貫いていた承太郎はおもむろに口を開いた。エメラルド色の双眸がまっすぐ千里を射抜く。

「――いいのか。もしかしたら目的は徐倫ではなく、おまえをおびき寄せる罠かもしれない」
「わかっている。だがそれならば好都合だ。どれだけ時間を稼げるかはわからないが、わたしがあれを牽制する。空条、おまえはその間に娘を救い出せ」
「わかった。すまないな」
「承太郎! ――まったく、きみたちはいつもそうだ。割りを食うのはいつもぼくなんだから」

 呆れ混じりに花京院は盛大に溜息を吐いて二人を見る。頭のどこかでは結局こうなることはわかっていたのかもしれない。
 そもそも徐倫の救出が主目的であったのだから、そこに姉弟の穏やかでない再会という一つ案件が加わっただけのことだ。そう思い直して花京院はノートパソコンのディスプレイに刑務所の見取り図を映して二人に見せる。あらかじめ考えていた救出プランの説明だ。話し合いがどう転ぼうとも最終的に徐倫を脱獄させることには変わりない。

「知っての通り刑務所があるのは絶海の孤島だから地上から堂々と逃げるには道が限られるし、大脱走よろしく地面に穴を掘って逃げるのは無理だ。……だが、なにも海の下を通ることもない」

 潜水艇を用意しよう。懐かしいだろう? エジプトへの上陸のときも潜水艦を使ったじゃあないか。まああのときは不法入国といったところだったけれど。脱獄もまあ、不法であることには変わりないか。

「千里はジョンガリ・Aと面会して彼を抑える。同じ時間に承太郎は徐倫と面会して刑務所から連れ出してくれ。ぼくが刑務所内の監視カメラをハッキングして逃走ルートのナビゲートをしよう」
「悪いな、花京院」
「そう思ってくれるなら今度食事でも奢ってくれ。――千里、きみは確か米軍にツテがあったよな? 嫌だろうがジョンガリ・Aについてもう少し詳しく調べてくれ。刑務所内でなにかをやらかそうとするのなら単独犯とは考えづらい。外部に協力者がいるはずだ」
「わかった」
「決行はジョンガリ・Aとの面会の日だから決まり次第連絡する。下準備はぼくがすべて整えておくが、こちらの計画が外部に漏れないとも限らない。気を付けてくれよ」

 ああ、と呟き承太郎は席を立つ。いてもたってもいられず、しかしできることもなにもない。もどかしさに焦る気持ちを抑えるだけで精一杯なのだろう。
 承太郎の後ろ姿がドアの向こう側に消えたところで、今度は千里が深々とソファーに沈み込んだ。背もたれに体を預け、右手の甲で目元を覆い隠す。相当参っている証拠だ。
 承太郎も千里も平静を装いつつも心の中はざわめいていることだろう。この中で冷静でいられるのは花京院だけである。