「ガルハール様。円卓の騎士と名高く、そして清廉なる騎士と誉れ高きサー・ガルハール。あなたに命を救われてから、あなたを思わぬ日はありませんでした。あなたの腕に抱かれる夢を見ない夜はありませんでした。どうか、どうかわたくしのこの想いを受け取ってはくださいませんか。わたくしは他に何も望みません。あなたの妻に迎え入れてくださいませんか」
「心美しきレディ。あなたのお気持ち、嬉しく思います。しかし、申し訳ございません。私はただの騎士。私は王を守護し、円卓を守る騎士として役目をまっとうすることしか能のない男です。どうぞ愚かな男に惑わされますな。どうか愚かな私などお忘れになりますよう」
それがすべての始まりだったと知るのは事の次第を千里眼で見届けたマーリンくらいしかいないだろう。ガルハール本人もそれがきっかけだったのだと気付くことはなかった。
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それはオジマンディアスの協力を取り付け、ついに戦力が整った立香率いる連合軍が白亜の城へ攻め入る前夜のことであった。先ほどまで飲めや歌えと騒いでいた者達も寝静まり、起きているのも哨戒の兵くらいのものだろう。
計画ではオジマンディアスの神獣兵団は聖都の西側の陽動、連合軍は正門突破が不可能であるため城壁越えを目指す。そしてランスロットとガルハールは騎兵を率いて三蔵と藤太とともに遊撃兵の掃討したのち、主戦力の城壁越えを手伝う予定である。
その姿をランスロットが見つけたのはダ・ヴィンチとの打ち合わせを終えて屋外へと出たときだった。
集落の近くにそびえ立つ崖の上に見覚えのある人影が視界に入ったのである。微動だにしないその人影はランスロットが近付いても特に反応を示すことはなかった。
岩に座るガルハールが見据える先は聖都の方角である。その横顔から感情を読み取ることはできないが仮に読み取れたとしても決していいものではないだろう。アヴェンジャーとして現界した彼がキャメロットに抱く感情など決まっている。
ランスロットに正体を明かして本来の格好になったとはいえ、顔や腕に刺青を施し、異民族の衣服をまとい防具も最低限に、異民族の剣を一振り腰に帯びた姿にかつての騎士の姿はない。
言うなればまさに蛮族。呪詛を吐き怨嗟で身を焼き、蛮族の兵を率いて白亜の城に迫った時の。ランスロットの脳裏にあの日の光景が色鮮やかに浮かぶ。あまりいい思い出とは言えない。
「そう距離を取らずともまだおまえを殺すつもりはないよ」
振り返らずにガルハールがランスロットに声をかけた。「そうか……」呟いてランスロットはたっぷり二人分の距離を開けて近くの岩壁に背中を預ける。
ランスロットのいる場所からは隠れ里の外と中がよく見えた。おそらくガルハールは見張りのつもりでここにいるのだろう。一歩引いて人知れず、さりげなくサポートする。ガルハールはそういう男だった。
もしくはランスロットを始めとした獅子王側だった者達が不穏な動きをしないか見張っているか。彼はランスロットやベディヴィエールをまったくと言っていいほど信用していない。共通の敵を見据えて同陣営に入ろうともまったく揺らぐことはなかった。
その証拠に彼の手には粛清騎士から奪ったと思われる弓が握られ、手慰みのように弦を弾いている。彼の腰掛ける岩には矢をたっぷりと詰め込んだ矢筒が立て掛けれらていた。不審者が現れればすぐに射殺す用意はできている。
どうやらガルハールはムスリム商人に扮してずっとキャメロット側の動きを探っていたようであるから、城の外にいることが多かったランスロットの行動についてはおおよそ筒抜けであったようだ。
あとから周囲の者に聞けば山の民の隠れ里を守りながらも難民達の村の方も気にかけていたという。弱き者達に対して見捨てることのできないその性分は昔のまま変わらないらしいとランスロットは内心苦笑する。
しかしガルハールはアヴェンジャーとして現界した。しかも聖都に歯向かう敵として。
彼の憎悪は生前自身に濡れ衣を着せ、そして自身を殺した円卓の騎士に向けられている。誰かに言われることもなくランスロットもベディヴィエールもそれは重々承知していた。
その特性上、ランスロットへの憎しみは収まっていないはずだ。しかし連合軍にとって重要な戦力と分かっているために、復讐心を心の奥底へ押さえつけているだけである。
「おかしなものだ。よもやおまえとこうして再び轡を並べる日が来ようとはな」
しかもお互いに獅子王へと楯突く叛逆者だ。変わらず弓弦を弾きながらとても愉快そうにガルハールが喉を鳴らして笑う。
寝返ってから立香と行動を共にすることの多かったランスロットとは違い、ガルハールは別行動が多かった。
そのためこうして二人がきちんと顔を合わせて話すことはこの世界で再会してから初めてのことである。難民キャンプで再会した時はガルハールの隠す気のない悪意を前に立香が慌てて二人を引き離したため碌に言葉を交わすことはできなかった。
「あの時……おまえはこのような気持ちだったのか」
話したいことも聞きたいこともたくさんあったが、ランスロットの口から自然と飛び出した言葉はやはりそれだった。異民族を指揮してガルハールが騎士王に盾突き、死んだ日のことである。
だがランスロットがどのような感情を抱いていようともガルハールは一笑に付すだけだ。
「さて、な。だが今回は人類史を守るための正義の味方だ。おまえと私には全然似合わない役柄だと思わないか?」
「――再び王に剣を向ける気持ちはどうだ」
「愚問だな。それはおまえの方がよく分かっていることだろう?」
かつてランスロットとともにキャメロットの双璧と謳われた男である。その強さはランスロットもよく知っている。ギフトを賜ってなかろうとも敵であればこの上なく厄介であり、味方であれば心強い男だ。
しかしそれも互いの利害が一致しているがゆえである。このような状況でなければガルハールはためらうことなくランスロットに剣を向けるだろう。ベディヴィエールだって彼にとっては憎き相手である。躊躇いなく剣を振るっているに違いない。
唯一ギャラハッドの霊基を有するマシュだけは例外であった。今のガルハールのマシュへの態度を見てもそれは明白である。ギャラハッドは最後までガルハールの無実を訴えていた。
なおも変わらずガルハールは遥か遠く、聖都のあるだろう方向を見つめている。その先にいる彼らもまたガルハールにとって憎悪の対象だ。
「ガルハール」
「なんだ」
「すまなかった」
そこで初めてガルハールの目がランスロットへと向けられた。琥珀色の瞳は仄暗く、無感情を装いながらもその奥には隠しきれない憎悪の炎が揺らめいている。
「謝るな。無駄な行為だ」
「赦さなくていい。これはけじめという俺の自己満足なんだ――本当に、すまなかった」
無表情を貫いていたガルハールが弓を置きおもむろに立ち上がったかと思うと、すらりと己の剣を抜く。だがすぐに息を吐き出してそれを鞘に納めた。首を振り、再び腰を下ろす。
「霊基がおまえを殺せと叫んでいる。私もおまえを殺したい。だが今は殺せない……苦しいものだな」
それはガルハールがその姿で顕現した時点で分かりきっていたことだ。白銀の鎧を着た円卓の騎士ではなく異民族の指揮官として、奴隷達の英雄として、奴隷達の願望器として召喚されたのだから、彼の敵は明白である。
流れる雲の隙間から月の光が差し込む。ガルハールの横顔を照らし出し、刺青の紋様を浮かび上がらせる。穏やかな風が伸び放題のダークブロンドの髪をわずかに揺らし、自嘲気味に笑う彼にかける言葉をランスロットは知らない。
かつて親友だったはずなのだが袂を分かち、魔術によってガルハールという男の人となりを忘れてしまった。思い出した時にはすでに遅く、あの戦いで彼を殺した後だった。ようやく謝罪するチャンスを与えられたというのに、彼は悪鬼と化していた。
「王に疑いがあらばこれを糾し、王に過ちがあらばこれと戦う……おまえに託したはずだったんだがなあ……」
ガルハールが呟く。アーサー王の補佐役と言うべき役目をランスロットに譲った男の言葉であった。