炎の魔剣

 その男を前にして、ガウェインは言葉を失った。城内で、柱にゆったりと寄りかかった男は余裕の笑み浮かべながらガウェインを待っていた。いち早く王の元へ向かわなければと急くガウェインを、男はその姿を見せることで立ち止まらせた。記憶の中にあるそのままの姿で男はガウェインの前に現れた。

「何だ、生きていたのか。何度も見逃した私が言える立場でもないが、殺す価値なしと山の翁にも見逃されたか? それとも尻尾を巻いて逃げて来たのかな?」

 そこでようやくガウェインは聖抜の儀にいた謎の男の正体に気付くこととなる。彼を邪魔したクーフィーヤで顔を隠していた男。それがガルハールだったのだと今更ながらに気が付いた。

「そういえばケイはさっさと逃げていたなあ。パーシヴァルは隠れて泣いていたか。あの泣き顔は見ものだった。――ガヘリス、パロミデス、ペリノア王、ボールス……彼らは馬鹿だったよ。とっとと尻尾を巻いて逃げればよかったものを、不要な正義に駆られて無駄死にした。本当に、馬鹿な奴らだよ……馬鹿な奴らではあるが、お前達のように愚か者ではなかった」

 歌うように、嘲笑うように男はガウェインに言った。ガウェインにとって決して忘れることのできない記憶である。遠い昔ではなく、つい半年前の話だ。

「もっとも愚かだったのはガレスだろうなあ。あれは愚かな娘だった。考えることなく愚直にも馬鹿共に従ったばかりに自らの罪に圧し潰された。いくらギフトを賜ろうとも純粋無垢な騎士に汚れ仕事などできるものか。身の程知らずというのはまさにあの娘のことを言うのだろうなあ」
「――なぜ、知っているのです。あなたはあそこにはいなかったはず」
「見ていたからな、すべて。お前達が召喚された時から同胞を殺し、十字軍を倒して聖地を奪取し、聖都が誕生した時まで、残さずすべて見ていたよ。お前達が罪業を背負い、決して救われることのない獣と成り果てたその瞬間まで私は余すことなく見ていたぞ」
 
 どろりとガルハールの瞳に暗い炎が宿る。歪められた口元が、嘲りと含んだ声色が一言一言確実にガウェインの心臓を穿つ。

「獅子王に従うことを免罪符にして、憎むこともできずに同胞を殺したとき、どんな気持ちだった?」

 私を殺した時と違って心が痛んだはずだよなあ。お前達はいつだって挫けることなく罪を重ねる。

 こんなところで立ち止まっている暇はないと剣を抜くガウェインに対して、ガルハールは剣を抜くことなく、しかし剣よりも鋭い言葉を持ってガウェインを切りつけ、切り刻む。

「――あなたは一体なぜここにいるのですか」

 ガウェインはようやく言葉を吐き出した。思わぬ人物が目の前に現れたせいで思考が乱れ、何を言うべきか逡巡した結果、その一言だけをどうにか絞り出した。
 それをガルハールは鼻で笑う。自身がいることを未だ信じられないらしい男を前に笑わずにはいられなかった。

「なぜって? 当然お前達と同じく獅子王に呼ばれたからさ」

 ガルハールは獅子王が召喚した一人目の円卓の騎士だった。王は彼を自身が擁する騎士の一人として認識していたのだろう。他の騎士達を差し置いて一番最初に呼ばれた理由は分からない。
 だがガルハールは王の話を聞くや否や御前を辞した。その霊基の性質故に王や他の騎士達とは相反する存在だったからだ。アヴェンジャーとして召喚されたその瞬間に、為政者の敵、無辜の民の味方として彼が呼ばれた理由は確定していた。ガルハールは決してかつての同胞達の味方にはなれない。
 それから彼ははぐれサーヴァントとして難民達と行動を共にするようになり、そして今に至る。

 初めからガルハールの狙いは決まっていた。獅子王の討伐、ただそれだけの目的を胸に難民達を助け、敵の情報を集め続けていた。ベディヴィエールやランスロットが味方になったことは少々計算外だったが、それでも彼は使えるものは何でも使う。立香達が現れてから戦局は大きく動き出し、そして機は熟した。

「お前達にとって王とはただの記号なのだろう。騎士王であれ獅子王であれ、アルトリア・ペンドラゴンでさえあれば誰でもよかったのだろう。――だが、私は違う。私が仕えるべきアーサー王はただ一人だ。あの方のイフの存在が獅子王であろうとも、別の未来に至った時点で私の仕えるべき王ではない。別の未来に至った王に仕えるべきは、別の未来を歩んだ私の役目だ」

 聖杯により与えられた知識によって、ガルハールはかつて仕えた王の結末を知った。その人生を歩んだ王こそが彼の仕えるべき王であり、別の可能性に至った王は同一の魂を持つ存在であろうとも、彼にとっては別の存在だ。同一と捉える方がおこがましい。
 アヴェンジャーとして召喚されなかったとしても、ガルハールは選択を変えなかっただろう。彼はいつだってただ一人の王に仕える騎士である。世界が崩壊し、もう間もなく魔術王によってすべてがなくなることを獅子王から聞かされたとしても、最果ての塔が現れてしまったとしても、カムランの丘で斃れたあの少女こそがガルハールにとってのアーサー王だ。この純白の聖都で玉座に座る王は彼の王ではない。

「――私は己の過ちによりあなたを殺してしまったことを決して忘れてはいません。それが私の罪であることも……だがこれは別の問題です。王の前に立ちはだかるというのならば、サー・ガルハール、貴公は私の敵に違いない」

 迷いを断ち切るかのようにガウェインは剣を構える。そこでガルハールはようやく剣を抜いた。両手で柄を握るガウェインとは対照的に片手で握って構えてみせる。

「どきなさい。私は王の御前に馳せ参じなければならないのです!」
「それは聞き入れられない願いだな。卿にはあの魔術師達と戦ってもらう。その間に私は獅子王に拝謁するとしよう」
「それをこの私がを許すとお思いか!」
「卿の許可など必要ないさ。私は私の役目をまっとうするために無辜の民を虐げる王を殺さねばならない」

 剣と剣がぶつかり合う。