死と戦いの女神

「彼のアレは呪いだよ。昔、湖底の魔女を助けた際に惚れられてしまってね。求婚されたんだけど自分には円卓の席を守る役目があると断ったのさ。それで湖底の魔女が諦めてくれたらこうはならなかったんだけど残念なことに彼女、とても執念深くてさ。仲間の中で孤立させて、その心の隙間に入り込もうと思ったようで、円卓の騎士に彼が二心ありって幻覚を見せたんだ。そのあとはご存知の通り」
「それで……」
「それで? ああ、うん。湖底の魔女の目論見通りガルハールは孤立して、そして死んだ。彼が死んだことで騎士達にかけられた幻覚は解けたよ。すべてね」
「湖底の魔女はガルハールさんに求婚していたのに、どうして死なせるように差し向けたんですか?」
「なに、簡単なことさ。魂を自分の領地に連れ去ろうとしたんだ。肉体という鎧を失った無防備な魂なら魔力に抵抗できないからね。彼女にとってガルハールの生死なんて大した問題じゃない。その魂さえ手に入れられればよかったんだ」
「……」
「で、そこで華麗に登場した僕が横から彼の魂を掻っ攫ってやったのさ。せっかく手に入りかけたガルハールの魂を奪われて彼女の悔しがる顔、今でも鮮明に思い出せるよ。あれは本当に傑作だったね」

 女性としてあるまじき表情だったとマーリンは記憶している。しかしそれを立香とマシュに見せることができないのはなかなかに口惜しい。
 だが二人はそんなことよりも別のことに心を奪われていると彼はすぐに気がついた。マーリンだって慈善事業でガルハールの魂を救ったわけではない。美しくも儚い娘を思い出す。

「――彼の妹に頼まれていたんだ、実を言うとね」
「ガルハールの妹って、確かアーサー王の命令で生贄にされたって」
「うん。とても異民族の侵攻が激しくなっていた時分だったから、国の安寧と戦争の勝利を願って彼女を神々へ捧げたんだ。でも彼女は国ではなく自分の兄の無事を祈った」
「そんなことが……」
「さあ、今夜の話はここまでにするとしよう。そろそろ寝ないと過保護な奴らに叱られるぞう」

 マイルームへ戻る立香とマシュの後ろ姿を見送りながら、マーリンはぽつりと呟いた。

「――その異民族を率いていたのがガルハールだったんだ……おっといけない。これは秘密なんだった」

 それは誰の耳にも拾われることなく空気に溶けて消えた。


*****


 この地に呼ばれ、かの王を前にしてガルハールは自身の役目を理解した。円卓の騎士としてではなく、異民族に寝返った時代の姿で召喚されたことがその証拠だと考えた。
 騎士達の鎧とはまた趣の違うピクト人の防具を身にまとい、顔やむき出しの両腕に刺青を刻み、忠誠を誓った剣ではなく独特の文様が刻み込まれた剣を持ち、その身に宿る加護を知り、誰が敵かを理解した。
 彼の敵は獅子王ただ一人だ。その腰巾着と言うべき円卓の騎士達には個人的な因縁があるとはいえ、この地に住まう無辜の民を虐げる元凶以外に用はない。嫌味を言ってちょっかいを出す程度は許されると思っているが。

 ガウェインとの戦いで多少は傷を負ったが、獅子王の前では些末に等しい。魔術師達に手負いのガウェインを任せ、ガルハールは王と対峙する。

「不肖ガルハール、あなたを討ちに帰還いたしました」
「来たか……それで、私を倒す手筈は整ったのか」
「ええ。王城に辿り着けた彼らならば、あなたの野望を打ち砕くことができるでしょう」

 すでに剣を構えるガルハールとは対照的に、獅子王は悠々と玉座にその身を預けていた。すでに王が人ではないと知っている。部屋の中に充満する神気が王の正体を証明している。
 いつもそばに控えているはずのアグラヴェインの姿がないことにガルハールは気が付いた。彼も反乱軍を抑えに出陣したのだろう。もしくは都合よく敵に回ったランスロットの相手をするためか。そうであれば本当に都合のいいことだ。アグラヴェインもランスロットも今この場には不要な存在である。

「お前一人の力で私を討ち取るものだと思っていたが……カルデアの魔術師達に希望でも見出したか」
「ええ。彼らには私の義理の弟がついていますので」
「それで。お前は何をしに来た」
「この濃厚すぎる神気を前にしては彼らも息苦しいことでしょうから風通しをよくしようかと。……ああ。あと、円卓の騎士を一人も討てずにここまで来てしまった悔しさをあなたで晴らそうと思いまして」
「おかしな話だ。あれらを討つ機会などいくらでもあっただろうに」
「ありましたが、それでは彼らの邪魔になる。私の敵と彼らの敵があなたである以上、味方の足を引っ張るわけにはいかないでしょう」

 獅子王の行為が人類のためを思ってのものだとしても、それはガルハールには関係のない話だ。彼は世界を救うヒーローでも正義の味方でもない。ただ、この地に斃れた罪のない民達の無念を背負うだけだ。
 それ以外はすべてカルデアの魔術師とギャラハッドの霊基を持つ少女に託した。

「ならば彼らと共にここへ至ればよかっただろう」
「そうしてしまえばあなたへの個人的な八つ当たりができないでしょう? 私には彼らほどの大義を抱いていませんから」

 ガルハールはおもむろに己の血で濡れた掌で刀身を撫でた。剣がチリチリと鳴きだす。正門前で展開した時よりと比べて何倍もの魔力が流れる。口の中に血の味が広がった。
 ここまで大事に残して来た魔力で撃てる宝具はたった一発だ。命を削るガルハールの宝具は容赦なく彼の体を蝕む。この一撃で獅子王を倒せようとも倒せずともガルハールは消滅する。アーラシュのように己の命と引き換えに大きな爪痕を残すことができたならば、ここまで来た甲斐があるというものだ。

「――大地に住まう神々よ。大空を駆け巡る天上の神よ。死にゆく無辜の民の嘆きに耳を傾けよ。清廉なる乙女の涙の落つる先を見届けよ」

 ガルハールは雷電を纏う剣をゆっくりと引いた。床から伸びる木々がドーム状に絡み合い、王と奴隷を包み込む。
 そこでようやく獅子王は玉座から立ち上がる。ロンゴミニアドを握り、ガルハールを見据える。

「まずは感謝を。私が召喚されたことを彼らに伝えなかったこと、心より感謝いたします」

 円卓の騎士達の中で最初に喚ばれたのはガルハールだった。獅子王の御前に一番初めに馳せ参じた彼は、次の騎士が現れるより先に獅子王に敵対を宣言した。一方で一つだけ願いを口にする。自分がこの地にいることを他の騎士達に言わないようにと願い出た。そのタイミングは自分で決めると決めていた。そしてどういうわけか、獅子王はその願いを聞き入れた。約束通り、ガルハールの存在を誰にも告げなかった。

 この地において、ガルハールの敵は獅子王ただ一人だ。それ以外は羽虫に過ぎないが、剣を交わらせる時と場所を考えねば民達に多大な被害を与えることとなる。
 不幸な民達の味方であるガルハールはそれをよしとしなかった。一人でも多くの民の命を永らえさせるために、無駄な争いはすべきでないと判断した。無闇に円卓の騎士と戦うことは選択せず、それをしなければならない時は顔を隠した。
 すべてはこの瞬間のためだけに、ガルハールは力を温存し続けた。

「そして不遜ながら一つ申し上げても?」
「ここまで辿り着いた褒美だ。そのくらいは聞いてやろう」
「きっと致し方ないことだったのでしょうが、あなたが私の妹を殺したことだけはどうしても許せない。それだけです」

 神格を得た王に圧倒され、気を抜けば萎縮しまいそうなほどの存在感を前にしてガルハールは笑ってみせた。噎せ返る程の神気を前にして彼は己の神に祈りを捧げる。

 誰のために戦うのかと問われれば、この地に散っていった民達のためとガルハールは答える。誰を思って戦うのかと問われるならば、彼はきっとたった一人の娘を脳裏に思い浮かべることだろう。
 儚くも美しい年の離れた末の妹。ガルハールが奴隷に落ちてからたった数年のうちに死んでしまった哀れな娘、オルウェン。彼女の夫となるはずだった男は娘の死後、聖杯探索を成功させ神々の元へ召されたという。一足先に神に召されたオルウェンとあちらで再会することはできたのだろうか。

 言いたいことはすべて言った。感謝も文句もしっかりと伝えた。そして目論見通り、この場には獅子王とガルハールしかいない。
 必要なのは獅子王を打倒することである。それを一人でなそうと思うほどガルハールも傲慢ではない。使えるものはすべて使い、コンマ数パーセントでも勝利の可能性を高めることが彼の役目だ。カルデアの魔術師達はガウェインに苦戦するだろうが、それでもガルハールが多少なりとも削っている。もうしばらくすれば彼らもここに到達するはずだ。到達して、獅子王を倒すことができれば、無辜の民達は死に怯えなくてすむ。

「天空を支配する雷神よ、我が血潮を贄にして彼らに道を示したまえ。天照らす太陽神よ、我が命を糧にして勇猛なる彼らにどうか大いなる導きを」

 ピクト人の住まう地へ奔る前からガルハールは一柱の戦いの神を信仰していた。それは英霊の座に召し上げられた際に加護という形で付加価値を彼に与えられることとなる。神とガルハールを繋いだのはオルウェンだ。末の妹の祈りがガルハールを強くした。今の彼には無辜の民達の嘆きや恨み、絶望と希望と共に、一人の娘の加護がある。彼を慕う人々が、力となって英霊ガルハールを支え続ける。

「杯に満たせ 生け贄の血(デウス・タラニス)!」

 部屋の中全体に雷が走った。雷鳴が轟き、生贄を求める雷が槍のように王と奴隷を包み込む木々のドームに突き刺さり発火する。もうもうと立ち込める白煙に、木の焼ける臭いが充満する。正門前でガルハールが見せた時よりも何倍もの威力だ。男の命と引き換えに放垂れた宝具は正真正銘彼の最後の一撃となる。

 タラニスの加護が獅子王の神気とぶつかり、打ち消しあう。充満した神気に風穴が空き、多少なりとも息がしやすくなった。雷の槍と炎の指先が獅子王に迫る。
 それを霞んだ視界で見つめながらガルハールは血を吐き出した。臓腑の中から焼け爛れるような痛みと苦しみが彼を襲う。光の粒子が浮かび上がる。このペースでは立香達が到達する前にガルハールは消滅するだろう。残された希望と呼ぶべき彼らの活躍を見届けられないことが名残惜しいとガルハールは残った意識の中でぼんやりと思う。

 ガルハールの頬を風が撫でた。

「なるほど我が神気を削いだか。しかしこの程度、脅威にもならない。……だが、その気概は評価しよう」

 ガルハールの命を捨てた一撃も、神格を得た王の前ではそよ風に等しい。彼の捨て身の攻撃は多少なりとも効果はあったとは言えど、本当に多少である。
 ロンゴミニアドの一振りで雷鳴は打ち消され、炎は消え、白煙は霧散し、焦げた木々は吹き飛ばされた。塵一つ残ることなく玉座の前は元通りの姿となる。宝具を放った痕跡さえ綺麗に消し去ってしまった。

 しかしそこまでガルハールは見ていない。獅子王がロンゴミニアドを振るったその瞬間、放たれた風圧に掻き消されるようにして彼は消滅していた。