「そうか……あいつは村を守りきったのか」
呪腕のハサンから状況を聞いたガルハールはほんの少し寂しそうに呟いた。
アーラシュが獅子王の放った光の柱より東の村を守って散ってから半日以上が過ぎていた。立香達は砂漠にあるというアトラス院へ向かうべく、すでに村を発っている。
西の村から東の村まではどう急ごうとも人の足で二日はかかる。馬を使えばその半分以下で移動することが可能だが、それでも急速に変化する状況下ではあまりにも遅すぎた。
そもそもガルハールは百貌のハサンと共に西の村を守る役目があった。彼が馬を持っており、獅子王や円卓の騎士達について詳しかったために聖伐の儀や東の村に姿を現すことが多かったに過ぎない。ランスロットとトリスタンが東の村に襲撃した際にガルハールが不在だったのはそういう理由である。
東の村に光の柱が落ちる前に西の村にもそれは落とされた。幸い半数以上の生存者がいたのは、すでに大半が別の集落に逃げていたからだ。
モードレッドの襲撃を受けた時点で隠れ里の場所が割れてしまっていたため、再び襲撃の可能性があるとガルハールは百貌のハサンと相談をして村人達を避難させていたのである。一部の者は村を離れなかったが、彼らは避難を強要することはなかった。光の柱が落ちたのはそれからすぐ後のことであった。
東の村にも同じものが落とされた瞬間をガルハールは新たな隠れ里から見ていた。すぐさま馬を走らせたが到着したころにはすべてが終わったあとだった。
似たような性格だったためか、召喚された際の年齢が比較的近かったせいか、ガルハールとアーラシュは馬が合った。東と西それぞれの隠れ村に一人のハサンと一人のはぐれサーヴァントという構造がより彼らを親しくする原因の一つだったのかもしれない。
ガルハールがアヴェンジャークラスのサーヴァントと知っても、アーラシュの態度は変わらなかった。千里眼によってガルハールの抱えるものを知ってなお、アーラシュは彼を受け入れた。行き場のない憎悪や復讐心を理解した。
ガルハールも生来の性格はアヴェンジャーとは遠く離れたものであったため、憎悪の炎を燃やしながらも自身のあり方を受け入れていた。裏表なくアーラシュやハサン達と付き合った。
「ガルハール殿。我々は魔術師殿が戻られる前に聖都攻略の準備を整えねばなりますまい」
「ああ……私はいったん西の村に戻る。道すがら各村にこのことを伝えよう。こちらのことは頼んでもよろしいか」
「構いませぬ。道中お気を付けくだされ」
東の村でガルハールは呪腕のハサンと別れて各地の隠れ里に寄りながら西の村に戻り、事の次第を百貌のハサンに知らせると、「あの馬鹿どもは砂漠に行ったのか!?」と百貌のハサンは毒づいたのち、他の山の民に伝言と手紙を託して立香達のあとを追わせた。
あとでガルハールが聞いたところによれば彼女は砂漠に詳しいゆえ、砂漠の地図と情報を山の民に届けさせたのだという。優しい人だとガルハールが言えば彼女は顔を真っ赤にして「奴らが不甲斐ない故に致し方なくだ!」と彼に怒鳴った。
あとのことを百貌のハサンに任せ、ガルハールは獅子王側の状況を探るべく一人聖都へ近付く。そして城の外にいるのがランスロットとモードレッドのみと知り、またランスロットが立香達を追って砂漠に入ったとの情報を得るも、今のガルハールのいる場所から救援に行くことも援軍を出すことも叶わない。だが彼らなら大丈夫だろうとガルハールは思い直した。
それから情報交換のためにセルハンと合流すべく難民達の村へ向かう。そこを守っているのがランスロットと彼の私兵であり、それが獅子王への立派な叛逆であることまでガルハールは把握している。
現にそこで何度もランスロットの姿を見ていた。逆にランスロットはムスリム商人と行動を共にする武人がいることは知っているだろうが、それがガルハールだとは気が付いていない。
難民達の村に到着して一日半後、ガルハールがセルハンと話をしている最中にランスロットが私兵を率いて戻ってくる。
彼らだけでなく立香やマシュの姿をみとめてガルハールは驚いた。敵対していたはずがいつの間にか仲良くなっていたらしい。気付かれる前にクーフィーヤで顔を隠す。
ランスロットにとってその男を見るのは初めてではなかった。ムスリム商人と共にランスロットの守る難民達の村に出入りするところを良く目にしていたし、村内で難民達の手助けや子供達と遊ぶ姿を何度か見かけていた。難民達も男を慕っているようだった。しかしその素顔はいつもクーフィーヤに隠されていたため見たことはない。
男はムスリム商人達と行動しているが足の運び方から身のこなし、どれを取っても商人のそれとは違う。三日月刀を腰に携え、堂々と歩く姿は紛うことなく武人のそれだ。故に商人達の護衛役なのだとランスロットはそれまで思っていた。
よく商人崩れの盗賊とつるんでいるところも見るから、もしかしたら盗賊なのかもしれなかったが、それでも生半可な腕ではないだろう。戦っているところを見たことはなかったが。
立香がレオナルド・ダ・ヴィンチとの再会に喜んでいる中、ランスロットはムスリム商人と話す男の存在に気がついた。兵を使って彼を呼ぶ。獅子王と対立すると決意した以上、戦力となりそうなものは少しでも多い方がよかった。
ムスリム商人とともに来た男はランスロットとあまり身長が変わらなかった。相変わらずクーフィーヤで顔を隠し、その隙間から覗く暗い琥珀色の瞳は爛々としてランスロットを見ている。その手は常に三日月刀の柄に添えており、警戒されているのだと言われずとも理解した。
あっ、とマシュが小さく声をこぼした。その声に立香はマシュの視線の先を追いかけ、大きく目を見開く。ベディヴィエールはしまったという顔をし、セルハンから情報を得ていたレオナルド・ダ・ヴィンチは「おやおや……」と楽しそうな表情を浮かべて第三者に徹することを決め、面倒臭いことになりそうだとセルハンは頭を掻いた。
ランスロットはこの時初めて男を間近に見た。炯々とした琥珀色の瞳は射抜くようにまっすぐランスロットを見つめている。彼はそこに懐かしさを感じ、また同時に居心地の悪さを覚えた。
前者についてはマシュと対面した時に感じたものに似ている。だが違和感があった。何か異物が混ざり込んだような感覚だった。
「あー、こいつは顔に大きな傷がありましてね。子供達を泣かさないようにといつもこうやって隠しているんですよ」
ランスロットを制するようにセルハンが口を開く。明らかに男を庇っており、ランスロットに素顔を見せてはならないと思っているのは明らかだ。「そ、そうなんです!」セルハンに同調してマシュも声を上げる。そして男とランスロットの間に割って入った。遙か高い場所にあるランスロットの顔を真正面に見上げる。
どうやら見られては困る顔らしい。円卓の騎士に見られては不都合な素顔らしいがランスロットが観察する限り、ベディヴィエールは男の顔を知っている様子である。
しかし今彼は気まずそうに目をそらしている。彼がそのような反応をする相手とは一体誰か。思案するもランスロットに心当たりのある人物はいない。
「とても酷い傷なので、周囲を慮って隠しているんです。だからランスロット卿、まさか彼の顔を無理矢理暴こうなんて無体な真似はしませんよね。いえ、サー・ランスロットがそのような騎士にあるまじき行為をするはずがないと思いますが、万に一つでもそのような……」
「――いいよ、マシュ。セルハンも気を遣わせて悪かったな」
マシュの両肩に手を置き、初めて男が声を発した。クーフィーヤが口元も覆っているため多少くぐもってはいるものの、朗々として深い響きのある声だった。仲間に対して向けられるそれはとても柔らかい。
聞き覚えのある声だった。どこかで聞いたことのある声だと頭の片隅に引っかかる。しかし声の主の顔をランスロットは思い出せない。どこで聞いたかも思い出せない。ベディヴィエールの表情がさらに痛ましいものへと変化する。
おまえがそう言うなら構わないが。呆れたようにセルハンは言う。
「せっかくここまで大事に隠してきた切り札を出すには少し早くないか」
「なに、牽制だよ。裏切り者とくつわを並べるならば手綱を取る必要があるだろう?」
男はおもむろに自身のクーフィーヤに手をかけた。躊躇いなくするすると覆いを解いていく。
いけないと声を上げたのはベディヴィエールだった。なぜ彼はそう言ったのかランスロットには分らない。しかし男はベディヴィエールを無視する。ランスロットから視線を外さぬまま、男はクーフィーヤを脱ぎ去った。琥珀色の双眸が濁り、細められる。
「いつ気付くものかと思っていたが、最後まで気付かなかった、なあ? サー・ランスロット。二度目の裏切りはどんな気分だ?」
外気に顔をさらし、薄ら笑いを浮かべる男を前に来てランスロットは絶句した。現実を拒絶したいと言わんばかりに思考はすべて停止し、視界から送られてくる情報を脳はただの絵としてしか認識しない。
伸び放題のダークブロンドの髪を無造作にくくり、嘲笑するように向けられる昏く濁った琥珀色の瞳。顔に刺青を刻み込んだ男はランスロットに歪んだ笑みを向ける。
「感動の再会に声も出ないようだなあ? ――なぜ想像できなかった? 円卓の騎士のすべてが召喚されるならば、あのモードレッドまでもが呼ばれるのならば、裏切り者の私がここにいてなんらおかしくはないだろう」
「ガルハール、貴様……」
「三度目の裏切りはないと思え。私の剣がおまえの首を狙っているぞ」
すらりと抜かれた三日月刀の切っ先がランスロットの喉元に突きつけられる。大きく目を見開き、未だ言葉を失うランスロットを前にガルハールは醜く口元を歪めてみせた。