chapter2-5

「まったく……ペリーコロのじいさんの死体を回収するだけでも胸糞悪かったってのに」

 本当最悪。ナマエが酷く嫌そうに吐き捨てる。

 一つ目の指令――亀の中からペリーコロの死体を葬儀屋まで運ぶのだってあまり気持ちのいい仕事ではなかったというのに、そんなよろしくない気分のまま組織の裏切り者の死体を二つを掃除屋まで運ぶのだからよろしい仕事とは言い難い。
 なにせネアポリス駅でペリーコロの死体を回収する際、亀からそのまま死体を出すわけにもいかないために亀の中で彼を解体して血液一滴も漏れないように袋に詰め込み、それから段ボールに入れてしっかりとガムテープで封をするまでやらされたのだ。しかもクリーニング屋が来るまでの短時間でやってのけろという命令には嫌気がさした。梱包サービスを行っているとはいえ、知っている人間の死体を箱詰めする作業は気分が悪い。だが指令となれば対象の梱包集荷から行うのが運び屋の仕事であるから仕方ないのだが。

 フィレンツェ行きの特急列車はすでに走り去り、線路脇に残されているのは右腕を失って全身骨折している男の死体と、細切れになったらしい男の体の一部。警察が来るまでまだ時間はある。すでに組織が手を回して鼻薬を嗅がせてあるから心配はない。来たとしても彼らが行うのは列車事故の現場検証だけだ。警察の眼には決して死体も血痕も映らない。
 死体を蹴りとばしてやろうかとナマエは考えたが、すぐにその考えを撤回した。死者の冒涜になると思ったからではない。無意味だと思ったからだ。

「ナマエ、ボディバッグ持ってきた……ってなんだ、二つもいらなかったか」
「そうね、二人合わせてちょうど一人分だわ」

 アッシュグレーの髪を掻き上げグリッジョが遺体袋を死体の前に投げ出す。上質な緑色のそれがゴミ袋のように見えてそこに死体を投げ入れるのだと考えるとどこか滑稽に思えた。

「そっちのスーツがプロシュートで、こっちの肉片は……たぶん新入りのペッシって奴だな。二人とも暗殺チームだ」

 事前にリーダーからもらった情報を思い出しながらグリッジョが二つの死体を指差す。一人は顔がわかるからまだいい。もう一人は肉片しか残っていないのだから断定はできないが、足をや胴の肉付きからして暗殺チームの新入りだと推測する。
 暗殺チームは全部で九人ほどいるが、うち二人はボスの拷問によって殺され、他二人はブチャラティ率いるルーキーたちに殺されている。今回の二人もまたルーキーたちに殺されたようだが。

 ナマエは冷ややかに死体袋を一瞥し、スーツのジャケットから煙草を取り出し、口にくわえて火をつけた。ゆっくりと紫煙を吐き出してから「ねえグリッジョ」声をかける。酷く面倒くさそうな、また嫌そうな声色だ。

「いつからうちは死体専門業者になったのかしら? 掃除屋が出張すればいいじゃない」
「仕方ないさ。裏切り者とはいえ組織の情報を流出させるわけにはいかないし、ちゃんと死体が情報を持っていないことを細切れにして確認してから処分するつもりなんだろう」
「ご説明どうも。だったらグリッジョ、あんたにはそこの細切れ死体の残り探しを任命してあげる。子豚ちゃんの肉片はきっと流されてしまってるだろうけれど」
「はいはい。了解しましたよ女王様」

 グリッジョが川辺に転がる人体の欠片を検分する一方でナマエは足下に転がる男の汚らしい死体を無感動に見つめ、「ファウスト」自身のスタンドを呼び出した。スタンドに死体袋のファスナーを開けさせてから、右腕を失った男の死体をその中に入れさせる。ナマエはゆっくりと煙草を吸いながらそれを眺めるだけだ。
 スタンドの手を介してフィードバックされる感覚に彼女は眉をしかめた。体温はほとんど失われていたが、まだ死後硬直は始まっていない。しかも重い。知りたくもない情報だ。馬鹿みたい。心の中で呟く。
 死体袋に入れるまでは容易であったが、袋のファスナーをナマエは閉めなかった。哀れな男に対して同情をする気はない。死体袋を避けて煙草の灰を落とす。

 川下から戻ってきたグリッジョは大きな黒いゴミ袋を背負っていた。どさりと乱暴にナマエの前に投げ出せば、未だ縛られていないゴミ袋の口から中身が見えた。これからハムを作るのかと思わせるような肉の塊がいくつも入っている。

「見事にバラバラだ。ファスナーがついてるから復元は可能だろうが」

 下手人の顔を思い浮かべながらグリッジョが素手で流されていなかった残りの肉片を掴んでゴミ袋に投げ入れた。しっかりと口を縛って、懐から出した伝票にさらさらと必要事項を記入してべたりとそれを貼り付ける。イタリアンギャングパッショーネ清掃チーム死体処理ご担当者様。内容物は新鮮な生肉、もちろん要冷蔵。綺麗とも汚いとも言い難い文字だ。

 ふとグリッジョはナマエの視線の先のものに気が付いた。未だファスナーが開いたままの死体袋の中身だ。
 鮮烈な美しさを持つ彼女に似て鮮烈な色気を持つ男。髪の色がそっくりだと思いつつも、そう珍しい色ではない。その海色の瞳を彼が見たら血でもつながってるんじゃあないかと思っただろうが、あいにく男の瞼は下ろされている。そのためにグリッジョはナマエの視線の意味を独自に解釈することになる。彼女好みの男かと思ったのだ。

「残念だったな。そのダメリーノは死に済みだ」
「違うわよ。惨めな死に方だと思っただけ」
「ギャングが老衰で死ぬ方が驚きさ」
「そうね。老衰がもっとも美しく偉大な死ね。それで死ねたら死者も感謝するんじゃあないかしら」

 グリッジョがファスナーを閉める。その隣でナマエは煙草をくわえながら伝票にさらさらと必要事項を書き込んだ。内容物はDamerino、色男である。そして死体袋にばしりと乱暴に伝票を張り付けた。