chapter2-4

 腑抜けた朝だとナマエは思った。泣く子も黙るイタリアンギャングパッショーネの構成員が男とのんびり朝食を食べるなど。なんて似合わない。
 スクランブルエッグにカリカリに焼いたベーコンとサラダ、それとトースト。簡単でありきたりの朝食だ。それだけのものが冷蔵庫に入っていたことにナマエが驚いたのは余談である。こだわるとすればカプチーノの入れ方くらいで、その絶妙な割合を彼女は心得ている。いい加減になるまで共に暮らしていた経験が生きるというものだ。

「お前、仕事は」
「夕方から」
「車出してやる。一度着替えに帰るだろ」
「ええ、よろしく。ついでにスーツ、捨てておいて」

 彼らの関係に口を出す者はいない。なぜならこの地に彼ら二人の関係を知っている者がいないからだ。仲間だって二人のプライベートまでを把握しているわけではない。孤児院の関係者はとうの昔に全員死んでいる。

 ナマエが入れたカプチーノの香りでようやく起き出したプロシュートにいつもの凛とした姿はない。それは彼女も同様で二人揃って寝起きの姿だ。
 顔も洗わず髪の毛を下ろしたままのプロシュートも、だらしなく男物のシャツを着るナマエも、彼ら二人しか知らない。気心知れている相手だからどんな姿をさらそうと気にならないのだ。おしめが取れないころからの付き合いなのだから繕ったところで今さらである。

「煙草」
「あ?」
「変えたのね」

 テーブルに投げ出されている煙草の銘柄がいつもと違ったことにナマエは気が付いていた。プロシュートがなにかの影響を受けてそれにしたのかもしれなかったが彼女の興味の範疇ではない。ただの何気ない会話の話題にしただけだ。
 しかしすぐにプロシュートの眉がしかめられた。互いのプライベートには不可侵が原則だ。なにをしようと、どこで野垂れ死のうと関係はない付き合いであるはずだ。

「てめぇはおれの女か」
「あんたの家政婦になった覚えなんかないわよ。銘柄が気になっただけ」
「あァ?」
「わたしもそれに変えようかって思ってたのよ。あんたとお揃いになるなら考え直さなくっちゃあねえ」

 持ち上げたフォークをプレートに置いて、プロシュートは煙草に手を伸ばす。一本抜いて口にくわえる。「ちょっと、食事中」盛大に顔をしかめるナマエを尻目に火をつけ、胸一杯に煙を吸い込んだ。そしてナマエの顔めがけて吐き出す。思わず咳き込み、ナマエはきっとプロシュートを睨み付けた。

「ちょっと! 朝から最悪なことしてくれるじゃないの!」
「知るか。てめぇが吸いたいなら他人なんか気にせず吸えばいいじゃあねえか」

 もう一本、箱から煙草を抜き取って吸い口をナマエに差し出した。酷く不快げな表情をしながらも彼女はそれを大人しく唇で挟み込む。
 ライターは、とナマエが目で訴えるがそれを無視して彼は自身の煙草を近付けた。火口をナマエの煙草に押し付ける。眉間に皺を寄せたまま彼女が軽く息を吸えば、じわりと火が煙草に移った。プロシュートが不敵な笑みを浮かべる。

「このおれが選んだヤツだ、まずいとは言わせねえぞ」
「――そうね」

 白くほっそりとした指先が煙草を挟む。プロシュートに向けられた瑞々しい唇が妖艶に弧を描く。そしてナマエはその小憎たらしい顔面に向かって紫煙を吹きかけた。

「あんたにはもったいないくらいのいいヤツだわ」

 海色の双眸がしてやったりと笑う。