chapter3-1

 ナマエとなまえはいわゆる一卵性双生児である。中性的な顔の作りは周囲に性別を把握させず、形の整ったそっくりなお人形が二体並んでいるような印象を周囲に与え、顔だけでは誰も見分けることができないほどによく似ている。そのためか、本人たちの趣味なのか、ナマエは白い服を、なまえは黒い服をいつも好んで着ていた。
 世の中の一卵性双生児の大半がそうであるように、ナマエとなまえも非常に仲が良かった。白い肌に赤い瞳はアルビノのそれによく似ていたが、特段体が弱いわけでもないためおそらく遺伝なのだろう。

 ナマエとなまえには大昔の記憶が少しだけある。まだ物心つく前のことだから、実際のことはまったく分からない。
 新しい絵本をもらったその日、その薄暗い闇の中に灰色の狼が現れたとナマエは言った。しかしなまえはそれを灰色の鷲だと言った。目の前で彼らの母親をその獣に喰い殺されたのだが、その母親は彼ら二人を殺そうとしていたのだから、もしかしたらその狼ないし鷲はナマエとなまえを助けてくれたのかもしれない。今となっては真意など誰にもわからないのだが。
 二人が三歳になるまで暮らした屋敷は酷く奇妙な作りをしていたと朧気ながら覚えている。540の扉、槍の壁、楯の屋根、鎧で覆われた長椅子などなど。それは物語の中に出てくるお菓子の家や氷の城とはまったく似ても似つかず、奇妙なものであった。
 幼子の目にはそう映ったのだが、もしかしたらまったく違う可能性は充分にある。いつも子供部屋に閉じ込められていて決して出てはいけないとよくよく言い含められていたから、540のうちの一つの扉の隙間から盗み見た世界が彼らにとっての外界だった。

 ある時、双子の話を聞いてグリッジョは首を傾げた。彼は双子の兄であり父であり育ての親である。当然のことながら血は繋がっていない。橋の下に捨てられていた双子を拾ったのが始まりである。それが嘘か本当か、彼らは知らない。

「もしかしたら、おまえたちの父親は主神だったのかもな」

 覚えていない、本当かとナマエとなまえは口を揃えて言った。なにせ二人は父親を見たことがなかったから、いくら父親が主神だと言われたところでぴんとこなかった。そもそも二人は父親たる人物を知らない。

「おまえたちがいた館がヴァルハラだったのかもしれない。狼と鷲がいたのなら……なるほどな」

 グリッジョは博識だ。腹の足しにもならないことをなんでも知っている。だがヴァルハラとはなにかとナマエとなまえが尋ねたところで彼は素直に教えてくれない。彼の教育方針は非常に厳しいのである。その癖自身がギャングに入団すれば、有無を言わさずに双子もそちらの世界へ引きずり込んだ。その点においては立派な養親とは言い難い。
 ナマエとなまえがスタンドを初めて発現させたのは、グリッジョに拾われてから五年後のことだった。グリッジョに無理矢理イタリアンギャング・パッショーネに強制的に推薦され、ローザ・カンパネッラの屑みたいな入団試験を突破した恩恵である。
 ナマエは一対のワタリガラス、なまえは一対の狼のスタンドはまるで双子のナマエとなまえのようだ。グリッジョはそれぞれにフギンとムニン、ゲリとフレキと名をつけた。

「ラグナロクは本当にあるかもしれないぞ」

 グリッジョは博識だからきっとその一対のスタンドたちの名にも意味があるのだろう。その意味を双子は問うたが決してグリッジョは答えようとはしなかった。自分たちで調べるという手段もあったがナマエとなまえは決してそれを選択することがなかったのは、なんとなく碌なことにならないと思ったからだ。
 だいたいグリッジョは碌な男ではない。一般人の身でありながらギャングをからかうどころか喧嘩を売るような頭のおかしい男だ。
 そんなろくでなしに育てられたナマエとなまえは比較的まともに育ったのだから、運び屋チームの仲間たちは鳶が鷹を生んだだか育てただか言ったものであるが、それでも異口同音に唱えるのはいくらグリッジョがろくでなしでも彼らのリーダーであるローザ・カンパネッラよりは数百万倍ましな男であるということだ。
 それはグリッジョに育てられた双子もよくよく理解していた。だからグリッジョのことは嫌いではなかった。ちょっと鬱陶しい男ではあったのだが。