chapter4-1

 その日の朝も二人は同じベッドの中で迎えた。

 そこに特筆すべきことがあるとすればベッドの持ち主はナマエで、ベッドの上は彼女好みのシルクのシーツやよくふるった羽根枕、ベッドルームは彼女の趣味でシックな家具と壁紙で統一されている。リビングもダイニングも同じ有様だ。内装に拘ったデザインアパルトメントが彼女の好みをよく表している。一等地とは言わずともそれなりに悪くない立地は気まぐれに足を向けるにはちょうどいい。

 朝を知らせる鐘も目覚ましもない中で、カーテン越しに差し込む陽の光に優しく揺り起こされたプロシュートはぼんやりと視線を落とす。プロシュートの腕を枕に小さな寝息をこぼしながらナマエが彼の方を向いて眠っていた。起きているときからは想像できないほどに柔和な寝顔だ。
 ナマエはベッドにこだわる女で当然サイズもダブルだから二人で寝るには問題のないサイズであったし、子供のころからそうやって朝まで身を寄せ合っていたのだから抵抗はなかった。いい歳をした大人になってもそれは変わらなかった。どちらかが抵抗を示したところで、今更色気付くな気持ち悪いと相方に鼻で笑われることだろう。

 昨晩、ナマエが仕事の報酬で手に入れたという高級なワインを満足するまで飲んで、プロシュートがとっておきだと購ってきたチケッティに舌鼓を打ち、当たり前のようにどちら寝床を広く占拠するか蹴り合いながらベッドに入った記憶はある。すぐさま寝てしまったから、そのあとのことは何も覚えていない。だがキッチンには空になったワインボトルが転がっているはずだ。ワイングラスも、チケッティを盛っていた皿だって洗っていない。

 いつからそうしていたのか、未だすやすやと心地よく眠るナマエが彼のシャツを摘んでいた。控えめに、甘えるように、まったくもって似つかわしくない。
 プロシュートの身丈にぴったりのシャツから香るのは彼女好みの柔軟剤の匂いだ。ナマエはプロシュートと違って、自身の家に相手の寝間着代わりの着替え一式を揃えている。「わたしはあんたの借りればいいけれど、あんたはわたしの借りられないでしょ?」ということらしい。一応彼女なりの気遣いである。

 黙っていれば上玉の身内をプロシュートがぼんやりと眺めていると、豊かな睫毛が小さく震え、ゆっくりと目蓋が持ち上がる。ようやくお目覚めらしい。

「随分と遅いお目覚めだな」
「……あんたが早いのよ」

 もぎたての果実のように艶やかで形のいいぷっくりとした唇を三角形に尖らせたところで寝起きの姿では様にならない。小さくあくびをこぼしながらナマエは起き上がった。
 プロシュートよりも何倍も長い金色の髪を掻き上げ、気だるげにプロシュートを見下ろす。いつの間にかプロシュートの服を摘んでいた手は離れていた。

「何か食べる? ビスコッティとカプチーノならすぐ出せるけど」
「それでいい」
「ん」

 ナマエはベッドサイドに投げ捨てられるように置いてあったヘアクリップで乱雑に髪をまとめ上げ、あくびをかみ殺しながら裸足のままベッドルームを出て行った。シャツを羽織っているだけだから下着に包まれた形のいい臀部もそこから伸びる長い足も丸見えだが彼女はまったく気にしていない。
 だらしないはずなのにそれだけでも十分様になるのだから、本当黙っていれば上玉なのにとプロシュートはいつも思う。本人の前では口が裂けても言うつもりはないが。

 プロシュートとナマエは町一番の娼婦だったという女から生まれた。ただどちらが上でどちらが下か、双子なのかそうでないのか、父親が同じか違うか、彼らは気にしたことがない。唯一の身内だと、それだけを認識しているくらいだ。
 いつだってたった二人で支え合って生きてきた。早くに母を亡くし、孤児院では周囲の好奇と悪意にさらされながら互いを守って生き抜いてきた。互いを第一として、しかし互いの第一にはなろうとせず、一人で生きられる力をつけつつ、そうやって幼い二人は大人になった。
 二人が就職してからそれぞれの道を歩むようになったが、顔を合わせれば話をするし、互いの家で食事をすることだってあった。そうして同じベッドで眠って同じ朝を迎えるのは今も昔も変らない。