chapter1-3

 ポンペイ遺跡など13歳のときスコーラ・メディアの研修旅行で行ったきりだ。あのときは廃墟なんか見てなにが楽しいのかと思ったものである。そんなことより授業を潰して遠出できたことの方が嬉しかったと彼女は記憶している。帰りに食べた三色のジェラートはとてもおいしかった。
 今だって似たようなものだ。やっぱり廃墟なんて面白くもなんともないし、観光客ばかりでつまらない。しかも一人できたから面白くない。たった一本の鍵をポンペイ遺跡の床絵の犬に届けるなんて指令がなければ訪れることもなかっただろう。二度も訪れたいとは思わないほど、ナマエにとってなんの面白みもない退屈な場所がポンペイ遺跡であった。

「ポンペイ遺跡、悲劇詩人様宅の玄関先……っと。わんわん、お届けものでーす」

 ペリーコロと女をカプリ島に届けた翌日、ナマエは犬に注意と下に書かれた床絵の前にしゃがみ込み、次の配送物だと渡された鍵を指先で摘んでぷらぷらと振ってみせる。もちろん絵の犬は反応しない。

「受領サインをもらうのが決まりなんだけど……わんわん、ペン持てないよねえ」

 受領書と犬を見比べながら溜め息を零し、ナマエは近くのひび割れに鍵を突っ込んだ。その隣に配送時刻を書き込んだ伝票と腕時計を置いて写真を撮る。これで一応仕事は終わりであるため、さっさと帰ろうとナマエは伝票と腕時計を回収して悲劇詩人の家を出る。
 しかしそこではたと思い出した。鍵を回収するのが誰か見届けてボスの秘書に連絡をするよう言われていたのである。仕方なしにナマエは近くの廃墟の陰に隠れて悲劇詩人の家を監視することにした。

 しばらくして少し離れた場所が賑やかになる。観光客でも来たのかと思って見ればそうでもなく、少年と少年と青年の三人組がいた。犬の床絵や鍵がどうこう言っている。
 ならば彼らが鍵を回収しにきたのだろうとナマエは察しがついた。それはつまり彼らが無事鍵を回収できれば次の配送に行けるということだ。次の荷物はネアポリスに戻る途中で受け取ることになっている。その待ち合わせ時間も刻一刻と近づきつつあった。

「……は、なにあれ、なんなのあれ」

 さっさと次の配送に行きたいと思っていたナマエが絶句する。一人の少年の姿が突然消えたのだ。徐々に消えていくその瞬間を見てしまったナマエかあんぐりと口を開ける中、青年ともう一人の少年が言い合いを始める。少年が消えたことに対して言い合っているようだが、ナマエほど驚いているようには見えない。
 しかしそれもすぐに終わった。青年が少年の方を見てさっさとこっちにこいと叫んでいるのだ。それは怒っているわけではなく、危ないから逃げろと言っているようであった。ナマエの目にはなにも映っていない。と思いきや、カラスが奇声をあげてぼとぼとと落ちてくる。軽くホラーである。だが彼らはナマエほど驚いている様子はない。

「やばくね……これ、やばくね?」

 青年がパープルヘイズだとか言っているが、もちろんナマエにそれがなにか分かるはずもない。ただ少年が消えて、カラスが落ちる。その事実しか彼女の目には映っていない。そのうち青年がナマエのいる方へ駆け出し、悲劇詩人の家で一人暴れ回ったりと、常軌を逸した行動に出てさらにナマエは絶句する。ようやく彼女が正気に戻ったのは、仲間からの電話であった。そして時間を見て慌て出す。次の荷物を受け取る時間まで一時間もない。
 いつの間にか常軌を逸していた三人組はいなくなっていた。