chapter2-3

 気付けば朝を迎えていた。髪を掻き上げナマエは起き上がる。
 そこそこワインを飲んでからそのままソファーをベッド代わりに寝たつもりだったのだが、気付けば本物のベッドの中にいる。硬めの枕が男の腕で、隣に静かな寝息を立てて眠るプロシュートがいることに気付いて得心がいった。
 寝る前と変わらない服装。特に乱れもないダブルサイズのベッド。期待など抱いたことなど一度だってないが、相変わらずいいベッドを使ってるわね。内心毒を吐く。彼女の好みは腕枕ではなく羽枕だ。しかもしっかりとよくふるったもの。

 色男と美女の迎える朝にしては随分と色気がない。そう思いながらナマエは自身の手首やシャツの匂いを嗅ぐ。
 あの忌々しい悪臭は綺麗さっぱり取れたようだ。たっぷりと石鹸を泡立ててしっかり洗ったんだから当然といえば当然なのだが。プロシュートの使っている石鹸も安物ではなかった。男のくせにこだわる奴だ。
 まさか麻薬を運んでいたためにその臭いが移ってしまったとは口が裂けても言えやしない。新しい麻薬だかなんだかを数百キロ、山奥の倉庫から港の倉庫まで人目を忍んで運ぶだけの大変な仕事だった。
 香りで麻薬とは思われず、水溶性で応用が利く。そんな便利な麻薬をどこで調達したかなどナマエが知る必要はなく、運び屋チームに求められているのは安全で確実な運搬だ。1ミリグラムでも減ろうものならどうなるか分かったものではない。

「髪、随分と伸びたのね」

 男の髪を撫でてナマエは呟く。寝る時にほどいたらしい金糸は腰まで伸びる彼女に比べれば充分に短いが、それでも男にすれば充分に長い。
 だがやはり男だからか、そこまできっちり手入れをしているわけではないようだ。さらには毎日きっちりとセットをしているのだから髪も悲鳴を上げていることだろう。こだわりがあるのかないのか、よくわからない。

 しばらくナマエが観察していると、ゆっくりとプロシュートの瞼が開かれ、その下から青い瞳が現れた。

「……なんだ。起きてたのか」
「ええ。娼婦の迎える朝ってきっとこんな気分なんでしょうね」

 寝起きの声はやや掠れていた。それまでの感情などおくびにも出さず、ナマエが気怠そうに口角を上げる。まさか彼女が麻薬に関わっているなど思いもしないだろうと考えながら。
 寝起きでややぼんやりとしながらもプロシュートの眉間にはしわが寄せられた。別に娼婦が禁句というわけではない。ただプロシュートは娼婦という職業に対して同情も憐憫もしない。
 それから連想させるものは母親だ。彼らを捨てた、町一番の娼婦。ナマエは老いた娼婦がいかに無価値か知っているし、その末路の惨めさも知っている。だが別に朝から娼婦を貶そうというわけではない。

 ナマエがベッドから降り立つ。着ているものは昨夜のまま、プロシュートのシャツだけだ。彼女が着ればやや大きいそれの袖を捲り、手櫛で簡単に整えた髪を手近にあったヘアゴムでくくる。ボトムスはいつの間にか脱ぎ捨てられ、ソファーの上に放られていた。
 その後ろ姿を眺めながらプロシュートはあくびを噛み殺す。黙って上品にしていればかなりの美人なんだがな。ナマエが振り返った。

「あんた、仕事は?」
「休みだ」
「そう。ならもう少し寝てれば? 朝食ができたら起こしてあげる」

 家主の許可もなくキッチンに立とうとしているナマエにプロシュートは文句を言うつもりはなかった。
 勝手に食事が出てくるのだから文句などあるはずがない。彼女一人分だけの朝食が出てくるとなればその自慢の細くて長い足で蹴りつけることになるのだろうが、そうすればあのほどよく引き締まった長い足で蹴り返されることだろう。そうなれば間違いなく部屋の中が滅茶苦茶になる。せっかくの休暇を部屋の掃除に費やすことを考えたらキッチンを使われる方が随分とマシだ。