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音色


審神者が博多を顕現した。その対価が主のものを一つ寄越せ、だって。ふざけないでほしいよね。主の部屋に入らせるだけでも嫌だって言うのに、そこから何かを持っていくなんてさ。長谷部に連れらて来た審神者を睨む。俺の方を見た審神者はぱちりと瞬きを一つして主の部屋へ入っていった。扉は閉めさせない。中で何をするか分からないから。一つ、と言っといて二つも三つも持っていかれたらたまったものじゃない。ぐるりと部屋の中を見渡した審神者は、飾られている小物を手に取り小さく呟いた。

「おばあちゃん…」
「あんまり触らないでくれる?主のものなんだから。」
「…」

審神者がどう思っているかなんて関係ないよ、主は俺が守るんだから。

「清光。」
「なーに、安定?」
「…別に。」
「じゃあ黙っててよね。」

難しい顔をしている安定をじろりと見れば、不機嫌に黙り込んでしまう。でも今はブス定に構ってやってる暇なんてないんだ。審神者の行動をしっかり監視しなくちゃ。主の私室、主の政務室、主の寝室。それぞれ時間をかけて見ている審神者は、柳眉を寄せて口をきつく結んでいる。まるで、何かに堪えるようだ。最後にもう一度、目に焼き付けるように部屋を見回した後。

「これをもらいます。」

大切に抱えて持ち上げたのは、筝。主はあまり鳴らしていなかったけど、優しい音色だったのは覚えている。あと、主が好きだと言った曲も。審神者に取られてしまうぐらいなら、歌仙が持っていればいいのに。最悪、鶴丸でも…。だけど、約束は約束だからきつく睨むに止めた。余計に審神者のことが嫌いになったけど!



それは、出陣からの帰りだった。表門を通り、中門を潜り、ふと右側に視線を向ける。何か掠めた気がしたんだけど、大当たり。審神者の背中が小さく見えた。こんのすけが足元にいて、一緒に奥へ進んで行く。あそこにあるのは、神社だ。石切丸がよく祈祷している場所に何の用があるんだろう?

「清光?」
「俺、ちょっと忘れ物。先に戻ってて。」
「はあ?」
「いいから。すぐ戻るって。」
「意味分かんない。」
「はいはい。」

眉をひそめる安定にひらひらと手を振って、大鳥居をくぐる。おっと、バレないようにしなくちゃ。神社の一角を囲むようにして生えている木々の陰に入りながら、審神者の近くまで寄った。

「このような天気のよろしい日には、外に出ませんと!」
「うーん…日中に出歩くのもどうかと思うよ?」
「男士の目など気になさらなくともよろしいですのに。」
「でも、ここはおばあちゃんの本丸だから。私は引き継いだに過ぎないし、これまでの生活リズムってものもあるだろうしね。」

…なんだ、分かってんじゃん。それなら離れに籠っててよね。俺はアンタの姿も見たくないし、声も聞きたくないんだから。

「では、今日はこんのすけにお付き合いくださいませ。」
「ふふっ。だからこうしてここまで来たんでしょう?ここは男士がほとんど来ないものね。」
「万葉桜の下や池のほとりなども捨てがたかったのですが、主さまと静かに過ごすにはここが一番にございます。」
「うん。こんちゃんも外で思いっきりお日様を浴びたいものね。」
「主さまも少しは陽の下に出られた方がよろしゅうございます。あまりに肌が白いと不健康に見えてしまい、言わなくてもいいことまで口にしてしまいそうです。」
「大丈夫よ。こう見えて、健康には気を遣っているんだから。それより、ほら。準備しましょう。」

木立の下、直接日が当らない場所に赤毛氈を敷く審神者を目で追う。すると、この間持っていった主の筝を出した。

「…お懐かしいですな。数える程度ですが、前の主さまも弾いておられました。」
「おばあちゃんが若かった頃はね、毎日のように弾いていたんだって。現世でおばあちゃんのお琴がいつの間にかなくなっていたんだけど…ここに持ってきていたのね。」
「お手元に置けるようになって、よろしゅうございましたな。」
「うん。形見分け…じゃないけど、大切にする。」
「ええ、ええ。それがよろしゅうございます。主さまはお弾きになられるのでございますか?」
「あっ、こんちゃんバカにしてるでしょう!?これでも私、前職では『琴の加奈』って呼ばれてたんだから。小さい頃からおばあちゃんに習ってたんだよ!」
「そうでしたか。それは楽しみにございます。」
「ふふっ。今日はこんちゃんのために演奏するからね。」

喋りながらも調弦する姿は…悔しいけど、様になっている。主のおかげだね。何がいいかと聞かれたこんのすけが『何でも、お好きなものを』と答えた。少し考えるように鳴らしていた審神者の指が、だんだんと曲を奏でていく。知らない曲、聞いたこともない曲。でも、耳障りじゃない。主とは違う音色なのに、どこか主と重なる。そうしているうちに、聞き覚えのある曲を弾いていると気がついた。この曲は…

「…前の主さまが特に好まれた曲でございますね。」
「うん。おばあちゃんの大好きな歌。私も大好き。」
「歌、なのでございますか?」
「そうだよ。おばあちゃん、歌ってなかったの?」
「ええ。歌う姿を拝見したことはございません。」
「…じゃあ、こんちゃんだけに特別。おばあちゃんと私が大好きな歌を歌っちゃおうかな。」

そう言って弾くのを止めた審神者は、こんのすけに向かって丁寧に頭を下げた。ゆったりとした指捌きから生まれる音は…ああ、主と同じだ。優しく、深く、穏やかな音。にこにこと笑っていた主がそこにいるようで、目の奥が滲んだ。審神者のくせに生意気!…だけど、目が離せない。そして聞こえてきた声に、ひゅっと息をのんだ。細いのによく通る澄んだ歌声。心に響いてきて、胸の奥に何かがじわりと広がっていくのを感じた。

「…綺麗だね、審神者。」
「…っ…や、す…っ…」
「しっ!審神者に気づかれちゃうよ。」
「…どうしてここにいるんだよ。」
「ブス光が『忘れもの』とか変なこと言うからでしょ。」
「…」
「…僕もちょっと離れて見てたんだ。」
「…あっそ。」
「主が好きな曲、こんな歌だったんだね。審神者の声、とても清らかで綺麗だ。」
「…主の方が…」
「主は歌ったことないじゃん。…ねえ、清光。」
「…何?」
「なんでそんなに審神者を嫌うの?僕は別に好きでも嫌いでもないけど、審神者いい人そうじゃない。僕達との決め事は守るし、余計なこともしないし、見目だって綺麗だし、声も綺麗だし、字も綺麗だし。」
「…綺麗は関係ない。」
「そうかな?その人の本質って無意識のうちに滲み出るものじゃないの?主の優しさや穏やかさだって、沖田君の強さや無邪気さだって、字に表れていた。」

こんな姿見ちゃったら、僕は審神者を嫌いにはなれないな。…って安定は言ったけど。俺は嫌いだ。審神者の歌声も、奏でる音も姿も、主を思い出させる。綺麗なのは認める…けど!俺の主はあの人だけ。審神者なんていらない!


2017/11/30 掲載