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重傷


「政府より緊急通達です。検非違使が不特定多数出現しました。定例会議後、帰城路の審神者を狙うと見られます。各本丸は警護及び撃退を怠ることのなきよう。」

こんのすけを通しての通達に、本丸がにわかに騒然となった。審神者を狙っているって、だって…

「いち兄、さにわさんも会議に行っているんでしょ?」
「おそらく…」
「つきそいは誰?」
「…いつも通りであれば、いないだろうな。」
「そんなっ!」
「乱っ!どこへ行くんだ!?」
「ちょっと表門まで!」
「お前が行く必要は…っ…」

いち兄はボクを止めようとしたけど、今は聞いてられない。さにわさんが心配だから。急いで表門まで出ていけば、そこにいたのは石切丸さんだった。門の外をうかがうようにして睨んでいる。いつも穏やかでちょっぴりのろまな石切丸さんからは想像できない。石切丸さんとは一緒の部隊になったことがないからボクが知らないだけで、戦闘の時はこんな顔をするのかな?でも、そうだとしたら…今の状況が戦闘に近いぐらい危ないってことでしょ?ますますさにわさんが心配だよ。

「石切丸さん!外の様子が分かるの?」
「いや、不浄の気は感じ取れないね。だけど表門が開いてない状態だから、感じ取れないのは当たり前かもしれない。ここは審神者の気が満ちた…謂わば審神者に守られている領域なのだから。」
「さにわさん、今日も一人で行ったの?」
「…ああ。」

苦々しい声で後ろから返事がきた。振り向くと長谷部さんが苛立たしげに拳を震わせている。

「…石切丸。門を開けて、政府庁舎との道に繋げる。いいか?」
「分かった。」
「乱は下がっていろ。」
「いやだよ!ボクだってさにわさんが心配だもんっ!!」
「…ならば、気をつけろ。」
「はーい!」

ボク自身を構えて門の前に立つ。長谷部さんが操作すれば、門は重い音を上げながらゆっくりと開いた。…うわっ、いやな空気がたくさん。気分悪っ…。

「…ここまで不浄の気が漂っているとはね。祓い給え、清め給え。」
「それで祓えるのなら苦労はしない。」

石切丸さんの顔がもっと険しくなった。さにわさんはどこなの!?じりじりと気持ちがあせる。

「ボク、ちょっと様子見てくる!」
「気をつけろ、乱。検非違使の奴らが近くにいるかもしれん。」
「うん、分かってる!」
「門が見えるところまでにしなさい。時空の狭間に迷い込んでしまうかもしれないからね。」
「はーい!」

偵察は短刀の得意とするところでしょ!門が見えなくならないように注意しながら、本丸から政府庁舎への道をたどっていく。さにわさん、無事ならいいんだけど…。本丸から離れるにつれ、いやな空気は濃くなっている。これ以上は離れないほうがいい…けど、さにわさんを見つけられない。どうしようかと一度本丸の方を見て、それから振り返って続いている道の先を見て。地面を蹴った。ボクよりよっぽど大きいそれに向かって、ボク自身をふるう。不気味な咆哮をあげて倒れたそれなんてどうでもいい。その足元で震えているのは、ボクが心配していたその人なんだから。

「さにわさんっ!!」

衣服がボロボロに裂け、体中は傷だらけで。初対面の時に『かわいい!きれい!!』とあこがれた顔は泥だらけで。苦しそうな息を肩でしていて。それでも、さにわさんはここまで帰ってきた。

「大丈夫っ!?」
「…さわ…ないで…」
「でも、ヒドい傷だよっ!!」
「…ひと、り…歩け…」

のばした腕をふらりと避けられる。何とか立ちあがったさにわさんは、おぼつかない足取りで進んだ。本丸へ少しずつ、だけど確実に。

「さにわさん!ボク、肩をかすから!」
「い…で、す…」
「でも検非違使のやつらが追っかけて来たら…」
「…」

言っているそばからいやな空気がまた濃くなる。そして、検非違使がまた姿を現した。さにわさんの背を守るように倒していくけど、ボクだけだとさすがにきつい。倒しきれなかった一体がさにわさんに得物をふり下ろす。キィン!と高く鋭い音。何が起こっているか分からなかったけど、検非違使の後ろ首をかき切ってやった。

「さにわさん、大丈夫!?」
「…」
「…それ…その刀…」

さにわさんの手には短刀が握られていた。だからあの音がしたんだ。きられなくてよかったという思いと、この人いがいとムチャするなあという思いと…

「…いったい…?」
「…他本丸、の…薬研から、借りまし…」

また本丸へ向かおうとしたさにわさんの腕を取る。おどろいてボクを見る目が大きくなったけど、それどころではない。今の攻撃で、さにわさんの傷がまた増えた。こんなに細いのに、こんなに柔らかいのに…こんなにはかないのに。人間はもろく弱いから、ボク達のような武器を作って己の身を守ってたんでしょう?そんな時代が終わって、ボク達の役目も終わって、平和な時代にさにわさんは生まれたはず。さにわさんはボクが知っている人間よりも、もっともっと弱いはずなのに。だったら余計にボク達が守らなくちゃいけない。それなのに、さにわさんはどうして薬研をもっているの?どうして他の薬研なの?

「…傷、痛むと思うけどがまんしてね。本丸まであと少しだから。」

返事を聞かずにさにわさんの腕をボクの肩にかける。そのまま本丸にかけ込んだ。

「っ!審神者っ!!」
「乱、よく連れ戻した!あとは任せろ!」

長谷部さんと石切丸さんが猛迫してくる検非違使を撃退しながら門から飛び出す。本丸内はもう検非違使に対しての備えがしてあって、安心して任せられた。ボクがしなくちゃいけないことは、さにわさんの手当て。離れに向かいながら、ますます苦しそうな息をしているさにわさんを懸命に励ます。

「さにわさん、もうすぐ離れだからね!がんばって!!」
「…」
「さにわさんを運んだら、すぐに薬研を連れてくるから!薬研がいれば傷の手当てなんかあっという間だからね!!」
「…いり、ませ…」
「え!?」
「…手当て、は…この薬研が…」
「なに言ってるの!?うちの薬研がいるんだから、そっちにみてもらった方が早いよ!?」
「…」
「さにわさんっ!!」
「…この薬研が、来たら…離れへ、来るよう…伝えて…。…この刀が、ある場所…本人だから、分かる…はず…」

何とか離れまでたどり着いたと思ったら、さにわさんはそう途切れ途切れに言って扉を閉めてしまった。それからは慌ただしすぎて周りを見ていられなかった。検非違使を撃退して、念のために本丸の警備を厳重にして。さにわさんが言ったように、他本丸の薬研がいち兄と厚と一緒に血相を変えて訪れて。政府のお役人さんが他の粟田口を連れて本丸に乗り込んできて。ようやく落ち着いたと思った時には、ボク達は大広間に集められてお役人さんの監視下におかれていた。

「…いち兄。」
「…何だい、乱。」
「さにわさん…あるじさん、大丈夫かなあ?」
「…ご無事であることを祈るしかないだろう。」
「…みんなヒドいよ。いくら呪に縛られていたからって、あるじさんをあそこまで無視することなんてなかったのに。」
「…」
「あるじさん、大怪我しちゃったんだよ?女の子なのに体中に深い傷をたくさん作って。」
「…」
「みんなを頼りにできないから、一人で会議に行かなくちゃいけなかったんだ。誰か一人でも味方になってあげてれば、あそこまでならなかったかもしれないのに。」
「…そうだな。」
「ボク、もっとあるじさんと仲良くすればよかった…。ボクだけでもあるじさんの味方になってあげればよかった。」
「…乱が主を本丸まで運んだって長谷部殿から聞いてるよ。誉だな。」
「誉じゃないよ、全然。だって、あるじさんがあんなに大怪我しちゃったら意味ないもん…。」
「それでも…今、主が一命を取り留めているのは乱のおかげだ。大手柄だよ。」

そんな褒め言葉がほしいわけじゃない。ボクは…あるじさんと仲良くなりたい。だからあるじさんには、一刻も早く治ってもらわないと。じゃないと、謝ることもできない。会議についていかなくてごめんなさい。守れなくてごめんなさい。…寂しい思いをさせてごめんなさい。謝ることがたくさんで泣きたくなってくるけど、ちゃんと謝らくちゃ。それからいっぱいおしゃべりをして、かわいくなる秘訣を聞いて、あるじさんと一番なかよくなるんだ。だから、あるじさん…早く目を覚ましてね。


2017/12/02 掲載