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印象


「またですか…」

長谷部殿からもたらされた情報に、気が重くなりました。私の弟が大阪城に閉じ込められるのは、一体何度目のことでしょうか。審神者を通して政府が伝えてきたことに、憤りを覚えます。何としても助けに行かなくてはなりませんな。

「一期、一つ提案があるのだが。」
「改まって何でしょうか?」
「博多を、博多藤四郎を顕現するのはどうだろうか。」
「博多を…」

『地下に眠る千両箱』と名を打ってあるのだから、小判の獲得が主目的であるはず。もちろん、お前の弟を連れ帰るのも大きな目的だが。小判をより多く獲得するには、博多が出陣部隊にいることが条件だ。幸いにして、この本丸には博多がいる。ただし、前の主がお隠れになった後に入手したから本体に封じられたままの状態だ。そこで審神者に顕現させてはどうだろうか。博多も人の形を手に入れられるし、お前達粟田口も兄弟に会える。小判を多く手に入れることもできるし、悪いことはあまり考えられないのだが。…と、長谷部殿は申されました。私としても弟が増えることは嬉しいですし、今いる弟達も喜びましょう。小判の獲得も増えれば本丸が潤うでしょうし。

「ですが、気になることが…」
「ああ。審神者の力を得た男士が現れる。」
「博多を機に審神者が顕現や鍛刀をどんどん行い、この本丸に彼らが増えてしまうことが懸念ですな。」
「だがしかし…審神者がこの本丸に着任したことによって、これまで政府より与えられていた金銭は全て審神者へ渡るようになってしまった。これまでのように、俺達だけで好きな時に好きな物を調達は出来ない。いちいち審神者に伺いを立て、許可を得て行動するのも釈然としないだろう?」
「…一理ありますな。」
「もとより獲得できる小判は審神者のものになるだろう。だが博多が部隊に入ることで得られる割増金は俺達のものになるよう、彼女に掛け合ってみようと考えている。」
「なるほど。」
「審神者と接していて思ったのだが、どうもこちらにはあまり興味がないようだ。手入れのために必要な資源の量も、申請すればあっさりと認める。日課任務の鍛刀も錬結もやらせろとは言ってこない。『博多一人だけ』だと顕現させれば問題ないようにも思うが、どうだろうか。」
「それなれば、私にとっては願ってもない事です。他の方々のご意見は?」
「これから集めようと考えている。」
「ではそこで皆様がよいと言われれば、私に異存はありません。」
「分かった。」

皆様も概ね賛同され、博多は顕現されることが決まりました。弟が増えるのは喜ばしい事です。今いる弟達も嬉しそうに笑っていました。



博多を顕現する日。審神者が刀剣を両手でそっと持つ様が、まるで宝物に触れるように恭しいことに驚きました。このお人なら弟を大事にしてくれる、そう思い安心もしました。集中するために目を閉じ頭を少し下げた審神者の内なる力が、手を伝って博多の本体へ流れていくのが分かります。顕現できるだけの力が本体に溜まったところで段々と光り、それが溢れて…。

「俺の名前は博多藤四郎!博多で見出された博多の藤四郎たい。短刀ばってん、男らしか!」

ぐっと拳を握った笑顔の博多が姿を現しました。

「博多!」
「いち兄っ!!長谷部もおるとっ!」
「博多、久し振りだな。黒田以来か?」
「嬉しかーっ!!」

ぴょんと飛びついて来た博多を抱きしめながら明るい髪の毛を撫でると、ぐりぐりと頭を擦りつけてくる可愛らしいことと言ったら。

「あ、あんだが主ね?俺、博多藤四郎。よろしゅう。」
「ええ。博多藤四郎ね、よろしく。」

本体を博多に手渡しながら審神者が微笑みます。初めて見る表情に不意打ちを食らい、どくりと心の臓が鳴りました。その微笑みは柔らかく、優しく、まるで我が主が微笑まれた時のように彼女の周囲が穏やかな空気に包まれています。…けれど、博多は私の弟。

「博多、こちらへ。」
「なんね?」
「長谷部殿に本丸を案内していただきなさい。」
「いち兄はしとってくれなかと?」
「…私は審神者と話すことがあります。」
「ふーん、分かった。長谷部、よろしゅう。主、また後で。」

『はよ案内せんね』とせがむ博多に纏わりつかれながら出ていく長谷部殿が、私を小さく振り返りました。彼の言いたいことは分かっているつもりです。私は審神者に向き直ると、頭を下げました。

「…まずは弟を顕現していただけたこと、お礼を申し上げます。」
「いいえ、お気になさらず。本来なら既にしていなければならないことですから。」
「そのことですが…またしばらく顕現はお控えいただきますように。」

頭を上げて審神者の目を見ながらそう申せば、彼女の眉がぴくりと動きました。些か牽制しすぎたでしょうか…。私の目から逸れることのない視線が若干冷やかになったと感じていると、審神者は淡白に言葉を発しました。

「博多には離れに来ないよう伝えておいてください。」
「っ…」
「初めからそう考えていました。博多は粟田口の一人です。兄弟間で諍いが起きてもつまらないでしょう?」
「…審神者…」
「あなた方の生活を邪魔するつもりはありません。約束さえ守ってもらえれば、私はそれでいいです。」
「…」
「私が顕現したことが原因で仲違いが起きないよう、気をつけてあげてください。」
「…あなたはそれでいいのですか?」

私達にとって都合のいいことを審神者は言っています。それなのに、なぜ釈然としないのでしょうか。『分かりました』と答えれば終わる話なのに、私はつい訊ねてしまったのです。

「博多はあなたが顕現した男士です。弟にとって『主』はあなた。せっかく手元におけるのに…」
「…あなた方は『刀』であり『神』なのでしょうが、見た目や生活ぶりは『人』と同じです。『人』と同じなら、兄弟や気の合う仲間と暮らすのは楽しいこと。あなた方がそう感じていることは、聞こえてくる声で分かります。そこに割って入るつもりはありません。」
「…」
「博多が…顕現した男士が暮らしやすいようにすることは、『主』の務めの一つなのでは?」

揺るぎのない瞳で真っ直ぐに放たれた言葉に、ごくりと喉が鳴りました。…このお人は覚悟をお持ちです。私達の態度など関係なく、主の何たるかをお知りになっておられる。言い知れぬものに気圧されたようで、私はぐっと足に力を込めて立ち上がりました。

「…失礼します。」
「私もこれで。」

扉を開けてどうぞと促せば、礼の言葉と会釈をもって横を通り過ぎられました。主よりは格段に背が高く、けれど私よりは顔一つ分ほど小さい背の丈。その半ば程でふわりと揺れる髪。誰かが守らねば散ってしまいそうな儚さとは裏腹の、己の意思をきちんとお持ちした強い瞳。どこかおぼろげだった審神者がはっきりと見えた気がしました。…少し、博多が羨ましくもありますな。


2017/11/19 掲載