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詫入


形あるものはいつか壊れる。これはいつの世でも常なること。荒々しい足音を立てて本丸内を捜索する政府の役人に、私はそっと覚悟を決めた。もうすぐこの本丸は正常に機能を再開し始めるだろう。主がいた頃のように穏やかな本丸に…。

「…これはなんだ。こんな禍々しいもの…」

他者から見ればそうなのかもしれない。けれど、私から見ればそれはお守りなんだよ。他の刀達は知らない、私だけのお守り。

「…私が施したんだよ。」
「なんてことを…っ!そいつを捕えろ!封じるんだっ!!」
「いしきりまるさまっ! うそですよねっ!? いしきりまるさまが そんなこと するはずが…」
「いいんだよ、今剣。いつかこうなることは分かっていたんだ。」
「…っ!」

別の本丸から連れてこられた男士が私を取り囲んだ。『それが敬愛すべき主に対してすることなのか』と蔑んだ瞳で私を睨んでいる。抵抗するつもりはないので、私自身を預けた。封じられるのは覚悟の上。体から力が抜けるのを感じながら、静かに目を瞑った。



審神者を憎いと思ったことはない。この本丸を大切に思ってくれたからこそ審神者になってくれたのだから。主のお孫である彼女は、とても綺麗な女人だった。透き通るような肌、花も恥じらうような顔、鈴が鳴るような声、凛とした佇まい、どこか儚げで守りたくなるような雰囲気。笑んだ顔はついぞ見られなかったが、きっと誰よりも美しいのだろう。どれをとっても恥じるところがない素晴らしい女人。流石、主のお孫だと感嘆が漏れた。

「そこまで認めておきながら、なぜ…っ!」

だからこそ、だ。彼女はきっとこの上ない主となるだろう。私も審神者の刀となったことを誇りに思うだろう。だが…そうなれば時が経つにつれ主は思い出になり、薄れてしまうではないか。私はそれが怖かったんだ。あの優しいお方の存在が薄れてしまうのが…

「…これはお前達の総意なのか?」

いや、違う。これは私の一存だよ。今剣、辛そうな顔をしないでおくれ。岩融も眉を下げるなど似合わないことをするんじゃない。…君達には悪いことをしたと思っている。せっかく新しい主が来てくれたのに、仲を裂くような真似をしてしまって。私はただ、前の主を忘れて欲しくなかっただけなんだ。

「こんなことを仕出かして、どうするつもりだったんだ。」

どうするつもりもなかった。本当に主のことを…

「言いたいことはそれだけか。」

…叶うのなら、刀解を。…ああ今剣、何をそんなに驚いているんだい?なぜ泣くんだ?私が犯したことは紛れもなく罪だ。軽い罰で済むはずがない事は分かりきっているだろう?非がない審神者に酷なことを強いたんだ、本来なら刀剣破壊なのだろうが…許されるのなら刀解を希望する。



私達は厳しい監視の下、大広間にて審神者が目を覚ますのをひたすら待った。呪が滅してからの皆は、ひたすら彼女を心配している。そう、これが本来の姿なんだ。これが皆の気持ちなんだよ。審神者に届くよう、私は静かに祈った。何日過ぎても彼女が意識を取り戻したという報告はこない。短刀達は泣き出してしまう者も出てきて、兄刀や仲の良い者が慰めていた。ただそれも状況が分からない中なので、言葉に希望を入れ込められない。上辺だけになってしまいがちのそれに、言った者自身が傷ついてしまっている。そうしてまた何日か過ぎた頃、ようやく審神者の目が覚めた。他本丸の男士に横抱きに連れてこられた審神者は、まだ夢と現の狭間を彷徨っているかのようにぼんやりと腕の中に収まっている。一人で動くことはままならないのか、その男士に支えられて首座に腰を下ろした。

「…目が覚めて安心した。」
「…お騒がせ、しました。」
「いや、お前のせいではないだろう。さっさと用件を済ませるから、ゆっくり休め。」
「…ありがとう、ございます。」

政府の役人に小さく笑った審神者は、痛みに顔を顰める。その様子に役人の表情も険しくなり、大広間の空気がピリッと鋭くなった。これまでの顛末を簡潔に、だが余すことなく告げた役人が審神者の意思を確認する。

「石切丸は刀解を望んでいる。…が、政府としては刀剣破壊を求める。」
「…」
「決定権はこの本丸の審神者であるお前にある。…どうする?」
「…刀解で。」
「…いいのか?こいつのせいでお前はいわれのない悪意に囲まれ、疎外され、こんなことにまでなったんだぞ!?」
「いいです。…この方の…ここにいる、男士の、主は、祖母ですから。私は、気にして、いません。」
「だがっ!」
「…身内が、こんなに慕われて、嬉しく思いこそすれ、嫌だとは、思いません。私にとっても、祖母は、誇りです。」

まだ話すのも辛そうだ。それでもゆっくりと言葉をつなげる審神者に、役人は深く息を吐き出した。

「…分かった。早々に刀解する。」
「…先輩、が?」
「お前はまだ目が覚めたばかりだろう!?無茶をするな。その傷が全て治るまで絶対安静だ。」
「…治ってから、私が…」
「ダメだ。こいつも審神者自身に刀解してもらえるとは思っていないはず。…そうだろう?」
「ああ。そこまで望んではいないよ。過ぎた温情だ。」

審神者の言葉をピシャリと撥ね退けた役人が、私を睨んで確認してくる。凪いだ気持ちで肯定すれば、役人が連れて行けと私を他本丸の男士に預けた。…この本丸とも、これでお別れか。ここで過ごした日々は満ちていたから、去るのは残念だけれど。首座から静かに見ていた審神者に深々と頭を下げて、これまでの非礼を詫びる。

「…君を苦しめるつもりはなかったんだ。ただ主を忘れたくないという一心だったんだが…申し訳ないことをしたね。」
「…そこまで、慕ってもらえて…祖母も、審神者冥利に、尽きているはずです。」
「皆は関わっていないよ。そこは誤解しないでおくれ。」
「分かり、ました。」
「今さらだと思われるかもしれないが、君の多幸を願っている。祈祷する時間があればいいのだが…」
「ご苦労様でした、石切丸。…祖母を、よろしく、お願い致します。」

…何と優しくて残酷なことを言うのだろう。主に害をなした私は、二度とあのお方に会えるはずがない。けれど私の心情を慮った言葉は柔らかく胸の内を包み、初めて呼ばれた名は甘美に響き、彼女がこの本丸を継いでくれて良かったと心の底から安堵する。一瞬交わった視線はどこまでも真っ直ぐに私を射抜き、それを背中に感じつつ本丸を去った。


2017/11/11 掲載