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受容


先日より新しい審神者が着任した。…が、俺達の邪魔をしなければどうでもいい。興味がない。他の奴らは審神者に対してどちらかと言うと否定的なようだ。ふん、主には世話になったからな。その気持ちは分からないでもない。

「政府の役人もさあ、何で今さら新しい審神者なんか寄越してくるんだろうね。」
「さあなあ、人間の考えることは分からん。」
「あの子も引き受けたりしなきゃいいのに。」
「己の祖母様の在りし日を大切にしたいと言ってたじゃないか。なかなか健気だと思うが?」
「んもうっ!鶴さんってば審神者に興味を持ってるんでしょ!?」
「ははは。光坊こそ珍しいじゃないか。いつもなら率先して声をかけたり、手助けしたりしてやってるはずなんだがなあ。」
「…あの子がこの本丸を大切にしてくれるかまだ分からないじゃない。優しく接して横暴に振舞われても困るし。」

…光忠は審神者の着任に反対だ。鶴丸は静観の構え。

「伽羅ちゃんは?審神者のこと、どう思う?」
「…慣れ合うつもりはない。」
「そうだよねえ!伽羅ちゃんの口癖がこんなに頼もしいと思ったことはないよ!」
「おいおい、光忠。いつもは『そんなこと言っちゃ駄目でしょ!』って注意しているじゃないか。随分な掌返しだな。」
「んもうっ!鶴さんは黙ってて!」

審神者のいないところで貶めるようなことを言う…など、『格好良く決めたいよね』が口癖の光忠らしくもない。だがそれを言うとまた煩くなるだろうから、ふいと視線を逸らした。審神者に興味を持たなければ、気になることもないと思うのだが…。それは無理な話だろう。既に審神者の力が敷地内に満ちている。居心地は悪くない。だからこそ光忠も反対しているのだろう。



「…何をしている。」

俺の問いかけに、大鳥居をくぐろうとした影がゆっくりと振り向く。『邪魔をしなければいい』とは言ったが、『余計なことをするな』とも思う。手に白い陶器を持った審神者が小さく頭を下げてきた。

「…おはようございます。」
「…ああ。」

まさか挨拶されるとは思っていなかったから、返事のしようがない。音だけになってしまった返事に、審神者は弓なりの形のよい眉を密やかに寄せた。だが何も続けない俺に再び会釈をして、大鳥居をくぐる。なんとはなしに続いた俺の目に入ってきたのは、その白い陶器を供えている姿だった。あれは神酒だったのか。姿勢正しく詣でた審神者は、振り返って俺がいることに驚いたようだ。

「…何か?」
「…いや、別に。」
「そうですか、では。」

また小さく会釈をして、審神者はあっという間に俺に背を向けて行ってしまった。それから毎日、早朝に審神者は神酒を供えている。ただ供えるだけの日もあれば、境内でぼんやりと過ごす日も。本殿の裏に入っていく日もあれば、拝殿に入っていく日もあった。ここが審神者にとって落ち着ける場所だということなんだろう。邪魔するつもりはない、俺は審神者の行動を誰にも言わずにいた。

「鶴さん、伽羅ちゃん、門番お疲れ様。今日のおやつはおはぎだよ!」
「おぉ、そうか!光坊のおはぎはうまいからなあ!」
「んふふ、ありがとう!今そっちに持っていくからね!」
「俺がそっちに行った方が早い!とうっ!!」
「ちょ…鶴さんっ!?」
「どうだ!驚いたか!?」
「もう、お茶が零れるところだったよ。」
「そうかそうか、光坊に驚きをもたらせてやれたか。」
「はい、お手拭きもあるよ。慌てずに食べてね。伽羅ちゃんも降りてくるかい?」
「…ああ。」
「なあ、光坊。たまには審神者にも作ってやったらどうだ?」
「は…?僕が?何で?」
「…おい。」

審神者がすぐそこまで来ているのを分かっていたはずの鶴丸と光忠に声をかけたが、遅かった。小奇麗に身形を整えた審神者が立ち止まって俺達を見ている。きっと聞こえていたはずなのに、その表情は変わらずにいた。嫌味ったらしいほどの綺麗な笑みを浮かべて、光忠は『今、気がついた』と言うように審神者に話しかける。

「…ああ、いたの?」
「光坊。」
「…出かけてきます。」
「そのままずっと現世を楽しんできたら?」
「…おい。」
「失礼します。」

長谷部のように時空をつなげる設定をしていく指は細い。…指だけじゃない。髪も、肩も、腕も、足も、体も。俺達とは何もかもが違う。

「…護衛は?」
「伽羅ちゃん!?どうしたの、急に!?」
「一人で平気なのか?」
「…なぜ、今日に限ってそのようなことを言われるのです?」
「…」
「…失礼します。」

無表情で問われたことに、返す言葉はない。いつものように小さく頭を下げた審神者は、一人で門をくぐっていった。

「…まさか伽羅坊に驚かされるとはな。どうしたんだ?」
「…別に。」
「『別に』じゃないよ、伽羅ちゃん!何であんなこと言ったの!?」
「審神者に護衛がつくのは当たり前のことだろ。光忠こそ、なぜそこまで審神者を嫌っているんだ。」
「僕達の主はあの子じゃない。主はあの人だけだよ。」
「だが主はもういない。」
「っ!それでも、あの子が来る必要はなかった。」
「そうなっていればこの本丸は解体、俺達は本体に封じられていたな。」
「…っ!伽羅ちゃん!」
「まあまあ、光坊も伽羅坊も落ち着け。俺達と審神者は互いに不干渉。それで双方が納得しているんだから、言うことないじゃないか。俺達が諍うことじゃないだろ?」
「…そうだね。」
「伽羅坊も、ほら。おはぎ、うまいぞ。食え食え!」

むんずと掴まれたおはぎが鶴丸によって押しつけられる。それを咀嚼しながら、目は閉まった門の向こうを見ていた。



次の日の早朝。普段より少しだけ早く起きて大鳥居に寄り掛かっていれば、いつもと変わらない審神者がやってきた。手には白い陶器でできた瓶子。俺を見た審神者が小さく会釈をしてくる。なんとなく返して、歩き出した審神者の後に続いた。静かに詣で終わると、審神者がゆっくりと俺のそばまで来る。

「おはようございます。今日は何か?」
「…あんた…」
「はい。」
「…辛くないのか?」
「…それは、何に対してでしょうか?」
「…あんたの今の状況だ。」
「それほどでもありませんけど。」

本当にそう思っているのか、さらりと答えた審神者になぜだか腹が立った。慣れ合うつもりがなくても、ここはあんたにとって居心地が悪いんじゃないのか?それなのに現世へ戻ることもかなわず、自適に暮らすこともできず、己がやるべきこととも離されて。ならば、あんたがここにいる必要はないじゃないか。

「…本当にそう思っているのか?」
「ええ。行動を制限されているかもしれませんが、ここは祖母が暮らした場所ですから。祖母が大切にしていた場所で暮らせることを嬉しく思っています。」
「だが…本来ならば従えるはずの俺達に背を向けられているんだぞ。」
「…他の本丸から見れば、ここは『おかしい』と思われるのでしょうけれど。それほど祖母を大事に想ってくれている、と思えば…大した問題ではないかと。」
「…」

ここより高い位置にある本丸を見上げて目を細める審神者に、嘘をついているとか虚勢を張っているとは感じられず。小さく息を吐き出した俺をしばらく様子見していた審神者だったが、『失礼します』といつもの行動で離れに戻っていった。その後ろ姿が見えなくなると、審神者が供えた瓶子に目がいった。今の状況を悲観するでもなく、かと言って『これでいい』と満足しているわけでもないだろう。けれどそれを口に出さずに淡々と過ごしている女。

「…ふっ、気丈なやつだ。」

自然と上がる口元を手で隠しながら、審神者が戻った道を俺も本丸へと戻った。


2017/12/12 掲載