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仲直


「後藤藤四郎だ。今にでっかくなってやるぜ!」
「俺、信濃藤四郎。藤四郎兄弟の中でも秘蔵っ子だよ。」

ボク達の兄弟が増えるのはとっても嬉しい。いち兄も嬉しそうだし、薬研だって、厚だって、他のみんなも。…だけど、まだ。まだ、あるじさんと話すことができていない。一番初めに顕現された博多、それからあるじさんの怪我が治ってから顕現された後藤と信濃。この三人はよく離れに行ってるのに…いいなあ。ボク、少しでも早くあるじさんに会いたい。怪我がちゃんと治ったか己の目で確認したいし、ちゃんと己の口で謝りたい。あるじさんがよく行っているお社、この地を奉っているんだっけ?ボクもいちおう神に属しているけど、お願いしてみようかなあ。



「乱、大将が呼んでる。」
「…は?え…?ボク、を…あるじさんが…?」
「そうだぜ、行くぞ!」

ある日、庭で遊んでいると後藤が離れから出てきて手招きをした。なんだろうとそばへ行ってみると、あるじさんがボクをよんでいるって。そんな、まさか。そう思ったけど、後藤は案内するように離れへ戻っていくから。あわてて後を追った。あの時…大怪我を負ったあるじさんを離れまで連れてきた時以来。あの時は閉められてしまったとびらの向こうに、今日は入れるんだ!すっごく嬉しい気持ちと怒っているんじゃないかっていう悲しい気持ちとで、胸がどっくんどっくん跳ねている。連れてこられた部屋では、信濃があるじさんと笑いながら話していた。

「大将!乱を連れて来たぜ!」
「ありがとう、ごっちん。」
「ああっ!ったく、信濃が行ってもよかったのによ!」
「俺、秘蔵っ子だよ。大将の懐に入ってなきゃ。」
「秘蔵っ子だから何だって言うんだよ!?俺ちゃんと連れて来たんだから、場所交代しろよな!それぐらいいいだろ?」
「ちぇーっ!」

不満たらたらの信濃が席を立って反対のソファへ座る。後藤は『いよぉーし!』と言いながらあるじさんの隣に座った。

「…乱藤四郎、どうぞ座ってください。」

座るって…空いている場所はあるじさんの前だけど、いいのかな?そんな気持ちが行動に出ちゃったみたい。後藤と信濃が『乱がおとなしいー!』と笑った。うるさいなあ、しょうがないでしょ!

「…あるじさん、ボクに話って…?」
「…まだお礼を言っていなかったので。」
「お礼…?」
「あの時、あなたが私をここまで運んでくれました。だからこうして死なずに済んでいます。約束を守ってくれて、どうもありがとうございました。」

あるじさんはまっすぐボクを見てそう言うと、深く頭を下げてきた。ちょっと待って!何であるじさんがお礼を言う必要があるの!?ボクは刀剣男士として当たり前のことをしただけで、あるじさんに頭を下げてもらうことなんかじゃないのに!それに…それにボク、言わなきゃいけないことがたくさんある!!

「頭を上げてよ、あるじさん!ボクはあなたを守れなかった!あんなに傷だらけになって、痛かっただろうし、苦しかっただろうし!!」
「でも、乱藤四郎が運んでくれなければ本丸に辿り着けなかったかもしれないですから。」
「それだけじゃないっ!ボク達は…ボクはあるじさんにいじわるをしていたんだよ!近づこうとしなかったし、話そうとしなかったし、お出かけについていこうとしなかった!あるじさんにお礼を言ってもらえるようなことはしていない…」
「…」
「ごめんなさい、あるじさんっ!痛かったよね?怖かったよね?…寂しかったよね…」
「…」
「本当に…ごめん、なさい…」

…言えた。ずっと言いたかったことが、やっと言えた。だけどあるじさんの顔がちゃんと見れなくて、見ていたはずなのにだんだんとぼやけてきて。ひざの上に置いた手はきつく握りしめていて、拳にぽたぽたと涙が落ちた。ボクが泣くなんておかしいのに。泣きたいのはあるじさんなのに。すっごく悔しい。己の気持ちを抑えられないなんて、情けない。こんなふうにあるじさんにみっともない姿なんて見せなくなかった!せめて顔だけは見られないように頭をぐっとうつむかせていると、きれいな布が目の前に入ってきた。

「…あなたが泣くことではないです。」

使ってください、と柔らかな声が聞こえてくる。ずっ…と鼻をすすって頭を上げれば、あるじさんがきれいな布を差し出してくれていた。

「あれは呪のせいです。私はこの本丸へ来た時に『約束を守ってくれればいい』と言いました。あなたは本丸の外まで出て、その約束を守ってくれました。確かに窮屈な思いをしましたし、居づらいと思ったこともあります。けれどあなた達はあの時に本丸を警護することで、約束を守ると証明しました。それで充分です。」
「あるじさん…」
「私のせいでこの本丸がなくなるなんて嫌です。あなた達もこの本丸を大切にしたいと考えているのが分かりました。約束も守ってくれそうですし…私がここにいるのに十分な理由になります。」
「でも…」
「乱藤四郎が来てくれなければ、私は本丸へ戻れたか分かりません。本当にありがとうございました。」
「…っ…そっかあ。うん、分かった…ボクこそありがとう、あるじさん。」

へへっ…。あるじさんがそう言ってくれるなら、それでいいや。あるじさんがそう思ってくれるなら、それでいいや。差し出してくれている布を目元に当ててごしごしこする。もう泣かないもん。あるじさんが笑ってくれるなら、ボクも笑ってなきゃ。

「心配すんなって、大将!どんな敵からも俺が守ってやっからよ!」
「それは懐刀の俺の仕事だって!」
「ごっちんもしなのんもありがとう。ふふっ、嬉しい。」

後藤と信濃に笑いかけるあるじさんの顔がすっごくかわいい。いいなあ。それ、ボクにも見せてほしい。

「それで、乱藤四郎に何かお礼をしたいのですが。欲しいものなどありますか?」
「お礼なんてそんなのっ…」
「あまり無茶なものでなければ、出来るだけ希望に応えたいのですけど…」
「あ…じゃ、じゃあ…」

怒られないかな?嫌がられないかな?

「…ボクのこと、後藤や信濃みたいによんでほしい。『乱藤四郎』じゃなくてあるじさんだけがよんでくれるよび方で…」
「…それは一期一振が許さないのでは?」
「いち兄にはボクからちゃんと言っておく!後藤も信濃もあるじさんに顕現してもらったけど…でもボクももうあるじさんの刀だよ!ボクもあるじさんから『らんちゃん』ってよばれたい!!」
「らんちゃん…?」
「違うところのボクがそうよばれてるのを聞いたことがあるの。かわいいなーってずっと思ってて…その…あるじさんが嫌じゃなければ、なんだけど…」
「分かりました。でも、他の男士達の前では『乱藤四郎』と呼びますから。」
「あっ…あとっ…」
「はい。」
「その、話し方も…後藤や信濃みたいに、あるじさんが顕現した男士達とみたいに話してくれると嬉しい…んだけど…」

欲張りすぎかな?あるじさんが呆れちゃうかな?でも、ボクはあるじさんのこと大好きだからたくさんおしゃべりしたいし…

「…分かった。らんちゃん、改めてありがとうね。」
「っ…うんっ!!」

もう一つ聞いてほしいことが本当はあった。だけど、それは言わずに終わったんだ。だって、あるじさんがにっこり笑ってボクを見てくれたから!


2018/03/15 掲載