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後悔


「…さて、お前達。このような状況に対して申し開きはあるか?」

政府のお役人さんが低い声で問う。…が申し開きなんて出来ようはずがない。今まで審神者や政府と交渉役を引き受けていた長谷部の旦那が、頭を下げて否を発した。

「申し開きなど何一つございません。いかようなる処罰でも甘んじて受け入れる所存にて。」
「ほう…?」
「此度の一件、我が同輩が起こしたもの。仕えるべき主に対し、恐れ多くも弓を引いたと捉えかねられない所業です。…誠に申し訳ありませんでした、主。」

政府のお役人に述べた後、長谷部の旦那は大将に…俺っち達が『審神者』と呼んでいたお人に深々と頭を下げた。だが、大将は黙したまま浅い息を繰り返していた。

「…加奈、お前は何を望む?」
「…何も。今のままで、いいです。」
「そうか…。それならば、政府としての意見を伝えてもいいか?」
「はい。」
「この本丸は解体。刀剣男士は刀解。…どうだ?」

…大凡の見当はついていた。逆らいはしないまでも、大将を邪険に扱ったんだ。これぐらいの処罰は下るだろう。弟達は泣いて大将に謝っているが、まあ…覆らないだろうな。呪に当てられていたとはいえ、俺っち達はしちゃいけねえことをしてしまったんだから。

「…先輩。」
「なんだ。」
「私は、今のままで、大丈夫です。解体はなし、刀解もなし、で…お願いします。」
「…」
「ここは、おばあちゃんの、大切な場所だから…なくしたく、ありません。」
「…加奈は甘い。」
「すみません。」

眉を下げて口端を小さく上げた大将に、政府のお役人は厳しい顔をしたままだったが空気が少し和らいだ。加奈がそこまで言うのだから、と折れたのは政府のお役人の方で。大将を第一に考え、全ての命に忠実を持って従うこと。大将が快適に暮らせるよう、常に心がけること。大将の負担になってしまうようなら、自ら折れること。…要するに、前の大将以上にこのお人に仕えりゃいいってわけだ。うちの大将はお役人に随分と買われているらしい。

「最終的な判断は完治した後で加奈が下すことになるが…次は、ない。」
「は。」
「加奈も当面はこれでいいな?」
「はい。」
「なら、もう休め。傷が完全に治るまで絶対に無理はするな。」
「ありがとう、ございます。」
「一期一振と薬研藤四郎、厚藤四郎を置いていく。安心しろ、こいつらの主には許可を取ってあるから。」
「…はい。」
「私ももう帰る。石切丸のこともあるしな。」
「よろしく、お願いします。」
「ああ、頼まれた。一期一振、加奈を連れて行け。」
「はい。」
「あ、お見送り…」
「そんなもの、いらん。また様子を見に来るから。」
「…はい。先輩、ありがとう、ございます。やっくん、あっくん、お見送り、してくれる?」
「任せな、加奈の旦那。」

すっと立ち上がった政府のお役人に、別の本丸の俺っちと厚が連れ立つ。彼女達が大広間を出たのを見計らって、脇に控えていた別の本丸のいち兄が大将を抱き上げた。

「では部屋へ戻りましょう、加奈殿。」
「ありがとう、ございます、一期さん。」
「目が覚めてすぐでは、お疲れになったでしょう。薬研が戻ってきたら具合を診てもらいましょうな。」
「はい。」
「どうぞ、私に寄りかかって楽にしていてください。」

体を預けた大将に優しく微笑みかけると、俺っち達を一瞥もせずにいち兄は大広間を出ていく。その背中をぼうとしながら見ていれば、厚がなあなあと声を潜めて話しかけてきた。

「…向こうのオレは『あっくん』て呼ばれてたぜ。」
「…ああ。俺っちは『やっくん』らしいな。」
「仲よさそうだな、あっちのオレ達と大将。」
「こんのすけが言ってたじゃねえか、『他本丸で審神者の仕事を学んできた』って。そこの本丸の俺っち達だろ、あいつら。その時に話ぐらいはしたんじゃねえか?」
「…薬研はずるいと思わねえの?」
「は…?」
「だって本当なら『あっくん』って呼ばれるのはオレのはずだろ?」
「俺っちは『やっくん』か…。」

似合わねえと厚が噴き出した後、大将が連れていかれた方を見つめて眉を寄せる。

「…大将、オレ達のこと許してくれると思うか?」
「さあなぁ…今はそれどころじゃないだろうからなあ。」
「…大将が心配だ。」
「ああ…これ以上ひどくならねえといいんだが…」
「薬研。お前は大将の世話をしないのか?」
「…どうだろうな。別の俺っちがいるし、いち兄もいるからな…」

厚の言葉に、俺っちも眉間に力が入った。あのお人はこの本丸の大将、俺っちが看病するのが筋ってもんだ。だが…大将はそれを望んじゃいねえだろう。藤四郎の中でも、俺っちと厚は大将を疎んじていたからな。初日以降会ったことはほとんどなかったし、姿を見かけても避けていた。なぜ呪に当てられてしまったのか、呪に当たっても乱のように好意を持っているやつだっていたのに。…情けねえ。



それから数日、他本丸のいち兄達は本丸に全く姿を現さなかった。だから、大将の経過が一切伝わってこない。長谷部の旦那は毎日報告書を届けに行っているのだが、離れにいるいち兄が全て応対しているらしい。『一目だけでも会いたい』と毎度言っているようだが、会わせる必要はないとにべもない言葉が返ってくるんだとか。長谷部の旦那もだいぶ堪えているようだ。

「どんな具合か、教えてくれてもいいじゃねえか。」

誰にも言わずに離れへと続く廊下を歩く。窓もなく天井の明かりだけが頼りの薄暗い場所だった。うら寂しいなと感じつつ歩みを進めると、扉が見えてきた。その前に、他本丸の厚が座り込んでいる。俺っちを認めると、音もなく立ち上がった。

「…よお。」
「…何の用だよ。」
「大将の様子を聞きたくてな。」
「…」
「会うことはできるか?」
「出来るわけないだろ。お前達は加奈さんを邪魔者扱いしてたんだ。」
「だが、大将はこの本丸の主だ。」
「その主をこんな離れに押し込めているのはどこのどいつだって話だぜ!」
「…」
「がっかりしたぜ、この本丸に邪魔した時。加奈さんはいいやつだ。審神者としても優秀だと思う。それなのにこんな風に扱われてるなんてさ。…そんな風に扱っている薬研、お前にもだ。」
「…大将に会えるか?」
「…そこで待ってろ。いち兄に聞いてくるから。」
「すまねえな。」

ぎろりと睨まれ、苦々しい笑みしか浮かばなかった。違うところの厚だが、兄弟が負の感情を寄越してくるのは辛いな…。扉の向こうに消えた厚と変わっていち兄が出てきたのはすぐだった。もう一人の俺っちも一緒だ。

「…何の用かな?」
「大将の具合を聞きたい。」
「療養中だ。」
「そんなの分かっている。悪くなってないか?経過は順調なのか?」
「…随分と心配しているようだが、互いに関わらないよう決めたのだろう?」
「いち兄の言う通りだ。加奈の旦那のことはこの本丸の俺っち達が気にすることじゃねえんだろう?」
「それは…っ…」
「…他所に口出しをするのはいけないと思うのだが、少しいいかい?」
「…ああ。」

いち兄が真面目な顔をより引き締めて俺っちを見てくる。こりゃあ覚悟が必要だな、といち兄を真っ直ぐに見返した。

「私の主と加奈殿は前職の同期なのは知っているかい?加奈殿はこの本丸に着任される前、審神者の仕事を学ぶ為に我が本丸へ来られた。そこでお世話をしたのが我が本丸の粟田口だ。加奈殿は一つ一つをしっかりと学ばれて、この方は素晴らしい審神者になると感じたよ。何かと構ってもらおうとする弟達にも優しく接しておられてね。加奈殿の人柄、人格も素晴らしいと思ったものだ。…そんな方にお前達は何をした?離れに追いやり、命を出させず、挙句にこんな重傷を負わせて…!いかな理由があるにしろ、主となった方を蔑ろにするなど刀剣男士がしていいはずがないだろう?ここの私は弟達に何を教えているんだ。吉光の誇りはどうした、話にならない!」

普段は穏やかないち兄らしからぬ、厳しい口調で非難される。俺っち達に何も言わずにずっと様子を見ていたのは、いち兄自身を抑えるためだったのかもしれない。もう一人の俺っちがいち兄をまあまあと宥めると、はあ…と深くため息をついて俺っちを見た。

「今は心身ともに安静にされるのが何よりだ。加奈殿の回復の邪魔にならないよう、こちらに来るのは止めなさい。」

そう言っていち兄は扉の中に入ってしまった。

「…まあ、俺っちもお前達に言いたいことはたくさんあるが…いち兄じゃねえけど、加奈の旦那はいい人でいい審神者だぜ。大切にしてやりな。」
「…そうか。」
「傷が深いせいか、熱が下がらねえ。精神的なものも少なからずあると思うがな。だが、食いもんは摂っているからこれ以上は悪くならねえと思う。俺っちがしっかり診といてやるぜ。」
「…頼む。」
「しばらくかかるだろうが、必ず治してみせる。お前達は政府から睨まれないように気張っとけ。ああ、ついでに教えてやる。あの政府のお役人は、俺っちの大将と加奈の旦那にとって前職の先輩だ。二人とも可愛がってもらっていたみたいで、あのお役人を尊敬しているんだと。特に加奈の旦那はお役人が目を掛けているから、怒らせると怖いぜ。」

クックッと笑いながら俺っちの肩をポンポンと叩くと、もう一人の俺っちがじゃあなと戻っていく。換わるように出てきた厚に『急に来て悪かった』と言えば、いち兄達と同じように『加奈さんを大事にしろ』ときたもんだ。他本丸の俺っち達に随分と懐かれているな、と少し妬いたのは俺っちの中にしまっておこう。まだそれは出せない。俺っちがきちんと大将に謝って、大将が許してくれて、ようやく見せていい感情なんだから。


2017/11/15 掲載