本棚

案内 初見 履歴 拍手 返信

観取


新しい審神者の話が出た時は、僕も反対した。僕は主の初期刀だ。誰よりも一番長く主と共にいた。主に顕現されたことを誇りに思い、主の名を汚したくないからこそ亡くなった後も任務を粛々とこなし、他の本丸からも政府からも介入されずに過ごしてきた。だが『他と違う』ことを嫌う者はどこにでも一定数いるもので、この本丸だけ特別扱いだと因縁をつけるものが出てきたらしい。全く、雅じゃないね。僕達が拒否を示しても政府はごり押しをしてきて…今日、新しい審神者が来ると言う。大広間で待つ僕達の表情は、皆かたい。喜んでいる者など誰もいなかった。背後にある廊下から近づいてくる、外部との交渉役であるへし切長谷部の後ろに覚えのない気配が二つ。どちらが新しい審神者でも構わないが…下げるべき頭をそのままに、雅ではないが審神者の顔を無遠慮に見てやろうとただ前を見て思った。僕達の間を通って上座に腰を下ろす人間もまた、表情は硬かった。少しは僕達の意を汲み取れるらしい。そのことに心の内のどこかで安心をおぼえた。主の孫姫だと紹介され、顔、仕草、声、言葉などをつぶさに確かめる。しばらくそうしていて、ハッと我に返った。主の面影を探していたのか、僕は…。その間にも話はどんどん進み、へし切長谷部と政府の役人とが、言い争うように声を荒げていた。審神者は変わらない。ただじっと僕達が提示した条件を読み返していた。

「…それでいいのでは?」

言い争いを収めたのは審神者の一声だった。政府の出す条件、僕達の出す条件、それを審神者が諾すれば双方に不利益はない、とどこか他人事のように言う。ただし、それならば自分もある程度の条件を出させてもらう…とのことで、長谷部が用意した紙にさらりさらりと筆を滑らす。彼女の生きる時代は筆を使うことはほとんどないと前に主が言っていたが、かなり様になっているじゃないか。雅なものだ。いくつか書き付けた審神者は僕達だけで相談、判断したいだろうと、政府の役人と共に席を立つ。その後ろ姿をほんの少しだけ名残惜しく思った。

「…歌仙。これを…」

見ろ、と差し出された紙に息をのむ。この滑るような流れ文字は、この筆遣いは…

「…主…」
「…孫、と言うのは嘘ではないようだ。」
「…きっと主が教えたんだろうね。主の手蹟も雅だったから。」
「ああ。読めるはずがないと高を括っていたが、俺達が出した条件も読めた。おそらく歌仙が言うように主が教えられていたんだろう。」
「新しい審神者の手蹟もなかなか雅なものだ。」
「…まだ気を許すな、歌仙。条件とやらを見てみないことには…」

と、長谷部が読みあげた内容に驚きを隠せない。万一の時は審神者を守れ。本丸に近寄らないが、敷地内は自由に行動させろ。任務は全て達成しろ。有体にいえば、そんなものだった。

「…それだけかい?」
「ああ…」
「…彼女に裏がなければ、これまでと大して変わりなく過ごせそうじゃないか。僕はいいと思うよ。」

あまり欲はないのだろうか?そうだとすれば、それもまた雅じゃないか。主の孫姫をこの本丸に迎えてもいいと言う気さえ湧いてくる。ああでもない、こうでもないとそれぞれ出した意見は、この条件ならばのんでもいいと纏まった。一人ずつ名を書き連ねていく。そして彼女もまた僕達が出した条件に名を書き、契約のような奇妙な決め事が成立した。離れへ案内される彼女の背は凛としていたがどこか弱さを感じ、僕は後ろめたいものがよぎった。



「…審神者?」

ある日。月が綺麗で庭に出て空を見上げていれば、静々とした足音が聞こえてきた。そちらを見れば、審神者が歩いている。僕のつぶやきが聞こえたのか、下を向いていた顔をこちらへ向けて会釈をしてきた。その手には荷物があるから、どこからかの帰りなのだろう。女子が夜遅くまでで歩くとは雅じゃない。そのまま離れへ行こうとする審神者を、待ちなさいと制止してしまった。

「…こんばんは、何か?」
「…どこかへ出かけていたのかい?」
「ええ。それが何か?」
「…一般論を言わせてもらおう。女子がこのように遅くまで供も連れずに出歩くのはよくない。」

審神者の行動に口を出してはいけない、これは決め事の一つ。だから世でよく言われている事として論じれば、審神者は微かに眉を寄せた後で『お気遣いをどうもありがとうございます』と小さく頭を下げた。

「では、失礼します。」

他人行儀な…いや、実際に他人なのだが…さり気なく、だがはっきりと線を引かれたようで足元がぐらりと揺れた気がした。この感情は何だ。こんな感情は知らない。初めての思いに一抹の不安を覚え、僕は審神者に問わずにはいられなかった。

「…一つだけ、答えてほしい。」
「…何でしょう?」
「きみにとって主は…おばあ様はどんな存在だったのかい?」

僕の問いかけに審神者は考え込むように瞼を伏せる。風がさあっと僕達の間を通り抜け、髪を揺らした。しばらくして、審神者はその静かな瞳を本丸の方へ向ける。そこには穏やかな気配があり…ああ、主と同じだ。まるで主が戻ってきたようだ。

「…太陽、です。いつでも私の居場所を照らしてくれる、明るく優しい光でした。ここは、そんな祖母が大切にしていた場所だと聞いています。だからここの審神者になりました。それが一番の理由です。あなた方は不服でしょうけれど。」
「…そうか。」
「では、これで。」

失礼します、と今度はさっと離れていった審神者の背を見やる。審神者はあまり離れから出てこない。次にまみえるのはいつになるだろう。名残惜しく思う己を殺しつつ、審神者が離れに入るまで見届けた。



主の孫姫。主の面影を見つけられない、冷めた目をした美しい人。けれど、主のように穏やかな空気を纏うこともある人。…君は今、何を思っているんだい?何を考え、その離れで暮らしているんだい?僕は…君を知りたい。


2017/11/17 掲載