梟雄の命令

久秀様のいる部屋へ向かう途中、三好三人衆の一人に会い、声を掛けられた。一人など珍しい。この人があの三人の中の誰なのかは分からない。本人以外に知っている人は居るのだろうか。
死神を模したような不気味な面を身につけた気さくとは言えない彼らだが、割と話すことは嫌いでは無いらしい。

「戻ったのか、早かったな。」
「ええ、本当に。今回は特別早かった。
お陰で任務もままなりません。」
「あの男はお前と他の過度な接触を好まない。」
「え、そうでしょうか。」
「あの男が待っている、行け。」
「……失礼します。」

話すには話すのだが、如何せん三好三人衆は三人揃っていないと言葉足らずでいけない。おまけに意味深でモヤモヤする。
あと二言ほど、欲しいものだ。
成り立っている様な、いない様な会話を終え、久秀様のもとへ急ぐ。

「戻ってきたか、小百合。」
「はっ。何用でしようか。」
「まぁ、そう急ぐな。竜の右目と会ったのだろう?思い出話の一つでも聞かせてはくれないか。」
「、やはり、もう知ってらしたのですね。しかし、久秀様に話せる程のことは、何も。」
「そうかね、それは残念だ。」

全く残念がっている声色では無い。確か久秀様は彼にそれほど興味は無かった筈だ。
この人は私の反応を見ている、咄嗟にそう思いジワリと汗で額が濡れるのは、仕方ないだろう。
久秀様は忠義や善意を嫌う。私の会った竜の右目はそれらを持ち合わせた方だった。
そして、久秀様はあっさりと話題を変えた。

「では望み通り、本題へ入るとしよう。」
「…はい。」
「今、風魔に伊達の兵を何人か攫って来させている。」
「……つまり、それは。」
「所謂、人質というやつだ。良策だろう?」
「、……何故、風魔殿に行かせたのですか。私では、出来ないと?」

人質とは、如何にもこの人がしそうなことだ。今更驚きは、しない。だが、それをわざわざ風魔殿にさせるというのは解せない。
久秀様は不思議そうな顔をして私に言う。

「君はこういった事をしたく無いのだろう?これでも君の望みは出来るだけ汲むようにしているのだよ。」

目を見開く。まただ。私の、望み。
この人には私がどう見えているのだろう。私に忍びの役目を当てはめたのは、他でも無いこの人だというのに、気紛れに忍びの私を気遣うような真似をする。
普段の慈悲の無さとの差に凍えそうになる。
この人の前では、自分の底が見えてしまうようで苦しい。

「、お気遣い、感謝します。」
「風魔なら直ぐに戻ってくるだろうな。」
「ええ。」
「時期に来る人質の世話をしてやってくれ。手厚く、な。」
「はっ。」

確かに風魔殿なら早いのだろうな。そうなれば、伊達領に長く留まるのは危険、だったか。私を早く戻したのはその為だろうか。案外、竜の爪を一刻も早く欲しくて我慢ならなくなったのかも知れない。あり得るな。
それにしても、こうなるのなら初めから風魔殿に行かせれば良かったものを。
そうすれば、この後ろめたさに喘ぐ必要など無かったというのに。

伊達の兵というのはどんな人達なのだろうか。景綱さんの下で働いていたのだろうか。
手厚い世話。あの人の言葉通りにさせてもらおう。命令違反になる筈が無い。




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