忍びの見物

久秀様に戦には手を出すな、と言われた。では他に何をしろと言うのだろう。適当に見ていろ、と言う。そんな適当な。
どうやら久秀様は、私に高みの見物をさせてみたいらしい。全く、これを悪趣味と呼ばずして何と呼ぼうか。
戦場であの人と対面しないで済む、と少しでも安心してしまった私を、心底恥じた。

「おや、早速竜が来たようだ。」

愉快そうに久秀様が笑う。
馬のかける音が、地響きのように届いた。

高みの見物などした事がない、一体どうしていればいいのだろう。ただ見ていているだけなんて、他の者に申し訳がなく居た堪れない。そうだ、怪我人の救助でもしておこうか。

氷塊の砕ける音が洞窟に木霊する。随分と派手に暴れている様だ。
何と、あの三好殿達がやられたらしい。伊達の軍勢が少なくなった洞窟の入り口付近で松永軍の兵達を助けていたら、兵からそんなことを聞いた。思っていたより、ずっと強い。

「三好殿! ご無事、ですか?」
「、一人減ったら一人足す。それだけだ。」
「そんな…、それではお一人は…。」
「やめろ。我等は生きている。一人も減っていない。」
「そうだ、生きている。」
「…そうでしたか。良かった。」
「お前は何故此処に居る。」
「あの男を見ていたはずではないのか。」
「そうでないなら、行くべきだ。」

無事ではあったが、傷だらけの彼らに心許ない気持ちになる。応急処置だけでもと思ったが、久秀様の元へ行けと言われる。
しかしそれにしたって、行け、行け、と三人揃って私を急かすのは、辞めてくれないか。
行きますとも。だから囲まないで貰いたい。

独眼竜と右目は既に久秀様のところへ着いた様である。洞窟の出口、一点に射し込む光が眩しくて目を細めた。外の光景が飛び込む。
何て事だ。
久秀様は捕虜を繋ぐ柱の縄を切り落とした。恐怖に染まった叫び声をあげて、落ちていく、あれは、最後に手当てした兵士。
怒気を纏わせ刀を構える双竜の後ろから、駆け抜ける。久秀様はちらりと私に目を向けたが何も言わず私を見送った。私も何も言わず通り抜ける。後ろの彼らを振り向く余裕は心身ともに、無い。
崖を飛び降りた。

崖の途中に生えている細い木の枝に掴まり、下を見渡す。
崖の下は深い川、落ちどころが悪ければ即死だが、大きく水飛沫の上がる音が聞こえた。きっとまだ遠くへは。
いた、柱に括られたままだったのが幸いしてか、柱ごと岩に引っかかっていた。
息は、まだあるはずだ。川に飛び込み、兵士の方へ向かう。流石に川の上であの柱を引っ張れはしない。岩の上に上がり小刀できつく結ばれている縄を切る。兵士の脇に腕を入れると、引っかかっていた柱はずれて、川に流されていった。
一気に重くなった兵士をしっかり掴み、岸へ上がろうと川を泳ぐ。

見た限り命に別状はなさそうだ。しかし落ちた衝撃からか意識が無い。ぐっしょりと濡れた兵士の体を引きずり何とか岸へ持ち上げた。気が飛んでいるのが幸いした。暴れられたら引き上げるのは困難だったろう。
さて移動しよう、と彼を再び抱え上げたが、後のことを考えていなかった。この人、どうしよう、と悩んでいると、上で一際大きな爆発音が響いた。久秀様だ。一体、どうなっているのか。自然と目を凝らす。

「え、独眼竜、と景綱さん…?」

竜が落ちて来た。
思わず兵士を持つ手を離してしまった。ドサッと音がして、兵士の呻き声が聞こえた。申し訳なく思うが、派手に川に落ちたあの二人を早くどうにかしなければ。
彼との再会は思っても見なかった形になりそうだ。






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