忍びの恩返し

水飛沫を上げて川に落ちた彼らを少し離れたところから見守る。
すぐに景綱さんは水面から顔を出し、岸へ泳ぎ始めた。その腕にはしっかり独眼竜が掴まれている。良かった、景綱さんは無事の様だ。しかし、独眼竜の体には力が入っていない。久秀様の爆撃を受けたのは彼だったか。

ぐったりとした独眼竜を悲痛な面持ちで見つめる景綱さん。独眼竜から血が流れているのを見て、私は景綱さんに近づいた。

「、何奴だっ!? ………お前は、」
「…独眼竜の手当てを早くしないと。危ないのでは?」
「お前がっ……、何故ここに居るのか、と聞くのは野暮ってもんだな。」

景綱さんは一瞬、目に動揺の色を滲ませた。しかし、一度目を閉じると落ち着いて言った。そして、独眼竜を静かに置き、刀をその手に構える竜の右目。成る程、彼は敵にこんな目を向けるのか。

「私は久秀様の忍び、しかし、今私に戦えの令は出ていない。刀を降ろして貰いたい。」
「お前が忍び、だと?……いや、何にしてもそのお願いは聞けねぇな。」

私が忍びと聞き、景綱さんは少し驚いたようだった。なおも刀を構える景綱さんを無視し、懐に手を入れた。彼は身構える。一つ、袋を取り出してゆっくりと地面に置く。

「傷に効く軟膏です。独眼竜は重傷のようですが、少しは治りが早くなるかと。」
「一体何のつもりかは知らねえが、素直に受け取ると思うか?」
「…いいえ。しかしながら一食一宿の恩は、これで返したことにさせて頂きたい。」
「!……お前は本当に忍びなのか?」
「正真正銘、あの方の忍びです。」
「ならお前の言葉を容易く信じる訳にはいかねえな。」
「そうでしょうね。ですが、」
「だが何故だろうな…、お前の言葉に全く偽りを感じねぇのは、俺の未熟さからか、それとも…。」
「……。」

彼に返せる言葉が思い浮かばなくなって、押し黙る。もっと殺気を露わに斬りかかってくる勢いで敵対心を出してくれたら、此方も楽なのに。どうして私の言葉を少しでも信じようとする言葉を言うのか。勝手な話だが、私は跳ね除けて欲しかったのだ。そのつもりで居たのだ。そうすれば、彼の前からすんなり消えれた。もはや恩返しと言えるのか分からないが、押し付けるだけなら、簡単だった。

やはり、あの噂は偽りだ。

これ以上ここに居たら、何か余計な事を口走ってしまう気がしてならない。独眼竜を助けようとするのに恩返し以外の理由など無い。その他の理由など有ってはいけない。
彼とこれ以上の会話は危険だ、と私の脳が告げている。

「おい、お前は…、」
「すぐそこに捕虜だった兵士がのびています。撤退するなら彼も連れて行ってやって下さい。それでは。」

たんっ、と大きく跳ねてこの場から離れる。
景綱さんへの借りも今回で帳消しだ。もう話す事など何も無いし、次も無い。
奥州に居た時とは、違うのだ。近くに久秀様の気配を感じる。私はあの人の忍びだ。それを乱されると、私は、きっとうまく生きれない。






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