忍びは動く

「小百合、君の追い掛けた捕虜はどうなったかね。」
「ええ、括り付けられたまま、川に流れて行きました。」

それは結構。奪った竜の爪を眺めながら話す久秀様は捕虜について余り関心がないのだろう。目が合わないことに、ほっとした。

「独眼竜は捕虜の為に爪を落とし、右目は主を追って身投。随分殊勝なものだな、竜というのは。」

独り言ともとれるような侮蔑や嘲りのみが含まれた言い方だった。相槌はうたない。

「さて、もう竜の宝は手に入れた。戻るとすか。ともなれば伊達の捕虜はもう用済みだな。」
「...恐れながら、申し上げます。双竜は、まだ生きています。必ず、取り返しに来るかと。捕虜は生かしておくべきです。」
「……いや、驚いた。まさか君が私に意見する時が来るとはな。」

久秀様は僥倖、僥倖と笑う。
如何にも興味深いといった様子で目を向けられるが、その目の奥に有るものは、その限りではないはずだ。

「ならばその通りにしよう、仔細は君に任せた。」
「了解しました。」

そういうことになった。

独眼竜は確かに深手を負ったが、こちらとて兵をやられたのは同様だ。余り無駄な争いをして軍の被害を拡大したくない。
兵の殆どを久秀様の方に残し、先に捕虜を連れて私が率いる少数部隊が大和への進路を確保しながら進む。また、久秀様から竜の爪を任された。本陣に戻ってからじっくり愛でるのだそうだ。これが、とても重い。
東大寺。大仏殿の御前で略奪品を鑑賞するなんて、何て罰当たりなことだろう。久秀様は、そんな事、気にもしないのだろうが。

えらく気の落ち込んだ様子の捕虜達を連れて進む。私が竜の爪を運んでいるものだから、此方を見ては溜め息やら何やら。
彼らの気持ちを考えれば当然無理のないことなのは理解しているが、どうにも彼らの容貌と不釣り合いでしょうがない。加えて皆、情け無い声を出して嘆くのだ、なるべく静かに進みたいというのに。此方も仕事なのだ、可哀想だが心を鬼にして注意した。

「…せめて、静かに悲しめませんか。貴方達だってお侍の端くれ、そう情け無い姿を晒していては見っともないです。」
「うぅう、五月蝿ぇっ! 筆頭や小十郎様が無事か分からねぇのに、平気で居られるかってんだよぉお。」
「そうだ、そうだぁ! ひっとおぉぉ、小十郎さまあぁぁ!」
「あんたの持ってる筆頭の刀を見ると、もうっ、もうっ、ううぅ。」
「ちょ、ちょっと、そんな、子供のように泣かないで下さい。……独眼竜は生きていますよ、勿論右目も。」
「へ、ほ、本当か!?」

本当ですと頷くと、彼らは雄叫びをあげて喜んだ。
し、しまった。泣き止まそうとして独眼竜の安否を教えたのだが、先程より煩くなってしまった。それに珍妙な雄叫びだ。
い、いええい? 家栄、と言うのだろうか。初めて聞いた言葉だ。

捕虜の彼らに気を揉みながらも、何事も無く大和へ隊を進めることが出来た。
さて、後は久秀様を待つのみだ。



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