忍びの独白


あの時、あのお人に誓った私は武士だった。あのお人が誓わせた私は武士だった。
城主様が生かせようとした私は、武士だったのだ。
今の私ではただの出来損ないの忍びモドキだ、ただ生きるためだけに生きている存在。
これを誠に生きていると言えるだろうか、否、生きていても、活きていないのだ。
それは誓いを守っていることに、ならない。

久秀様が私に与えた望み。
城主様がいない世で生きることができる私。
それは、城主様が居なくなって生きる意味を見出せなかった私が、誓いを果たそうとして無意識に望んだ生への道。過去と切り離した新たな自分。忍び。
しかし、それではダメなんだ。
あの時の私が生きなければ。活きている私が生きねば。

私は久秀様に与えられる分だけ、自分で自分を奪っていた。


伊達軍が去っていったのを確認した。無事に捕虜も刀も取り戻したようだ。よかった。
私がこうして自分を見つめ直すことができているのは、彼らの、彼のお陰でもある。

景綱さんに、竜の右目に出会ってからのあの苦しさは、忍びという生き方を甘んじて受け入れていた私に、変化と葛藤をもたらした。忘れようとしていたところに、突きつけられたのだ。武士としてのあり方を。
久秀様に仕えていた時を思うと、その時間はとても短いものだったのに。
私は今、あの人のように生きたいと、心底思ってしまう。憧れか目標か、何という言葉に当てはめるべきか分からないが、また、見上げるのだろう。あの、明け方の月のように。


焼け爛れて尚、面影が残る大仏様の下。
残る灰塵、火傷しそうなほど熱いそれを指先で掬うと、さらさらと風で飛んで行った。指には黒い火薬の残骸が残っている。貴方がこの世から消えたとは思えないけれど、私の中では確実に、終わった。目を瞑る。
忍びの私は貴方と共に死にました。随分と振り回されたが、目が覚めたのは、貴方のおかげでもある。
私が貴方を忘れようとする事は、これから先きっと無いだろう。

これから、如何しようか。
焼け落ちた寺に背を向けて歩き出す。

一からやり直そう。私は私以外の何者でもなく、それ以外になどなれない。
武士道を、その道を行こう。忍びと己を銘打っても、無理矢理切り離そうとしても、切り離すことはできなかった。未練がある、なんてそんな情け無いまま終われない。あの方の為に、私の為に、私らしくいきれる道は、これなのだ。

城主様の国に、私の故郷に帰ろう。
とはいえ、この先をこのまま行くと最近勢力を急速に拡大している豊臣領だ。関所をまっすぐ通るのはいただけない。
崖に面するが、人の目のない獣道を行くか。

そういうことにした。

道無き道を行く。何故か懐かさを感じるのは故郷が近づいているからか。
ふと胸に迫り上がるような気持ち悪さを感じて、咄嗟に手で口を押さえた。喉奥で止まったそれは、私の呼吸を著しく狭めた。息が荒くなる。
香炉の、副作用というやつか。時間差でくるなんて厭らしい作りをしているのか。

視界から色素が抜けていく、きぃんと高い耳鳴りが耳から脳へ伝わる。私の荒んだ呼吸と悲鳴をあげる体だけが生々しく痛いほど現実で、他は恐ろしいほど静かだ。
目に薄く涙の膜が張り、視界がぼやける。
爪の先まで感覚が麻痺して上下が回り出す。
ふらりと揺れた足先は、崩れてしまいそうで崩れない。白と黒のぶれる世界をいく。

がらり、と音がして浮遊感。高いところから落ちていく感覚。崖、か。双竜が落ちてきた時は驚いたな。
体に感じる冷たい風の感触に、気分が少し楽になった気がした。

あの竜のように、生きたいのだけれどな。


ALICE+