忍びが倒れる

景綱さんは、私のことを伝えた店主のところに用事があったらしい。城下町に無事戻ってきたが、店主にも礼を言いたいと景綱さんについていった。

「八百屋さん、ですか。」
「ああ、馴染みのところでな。あそこの野菜は種類の多さと新鮮さが他とは比べ物にならねぇ。」
「へぇ、野菜にお詳しいのですね。」
「自分でも作ってるもんでな、ちと野菜に関しては五月蝿くなっちまった。」
「ご、ご自分で作っておられるのですか...?」
「自分が丹精込めて育てた野菜を見るのは、いいもんだぜ。」

先ほどより幾らか優しい顔をしている景綱さん。
それにしても野菜の事を随分楽しそうに語るものだ。農民では無いとみていたが、そうではなかったのか…?

思いの外、野菜の話しで盛り上がっていたら、件の八百屋に着いた。景綱さんは先に店主と少し話して店の奥へ入って行った。店主が此方を向く。笑い皺が深く刻まれている。優しい顔だ。

「まあ、まあ、無事でよかった。」
「この度は助けを呼んでくださり、ありがとうございました。お陰で助かりました。」
「いやいや、わたくしは何もできませんで、お嬢さんが連れ去られているのを見ていただけでございましたからに、申し訳ない。」
「そんなことはありません、貴方のお陰です。」

お互い頭を下げていると、景綱さんが戻ってきた。

「…何してるんだ?」
「あ、いえ………、…それは?」
「ああ、これか。店に新しく入ったもので、何でも南蛮の野菜らしい。」
「南蛮の、ですか。」
「えぇ、えぇ。それはとあるご夫妻からの頂き物でして、」

大の男が二人失神するぐらい美味いとか。
南蛮の野菜は随分とすごいのだな、と彫の深い男の顔のような野菜を見遣る。食欲は湧かなかった。

「へ、へぇ。それは一度たべてみたいものですね。」
「なら、食っていくか。」
「え、」
「試しに料理してくれと、店主に頼まれていてな、ここの台所を貸してくれると。」



目の前には、程よく煮込まれた味の染みているだろう南蛮野菜。あの顔はざっくりと切られ、一見大根のように見える。美味し、そうだな。

「いただきます。」と、一口。

視界が、白に弾けた。
黒い衣服を身にまとった異人の大男が胡散臭い笑顔で、コッチへオイデーと言っている。着いて行けば戻れないような何かを感じる。
丁寧にお断りすれば、アナタ恥ずかしがりやネーと茶化された。やめていただきたい。

私の意識はそこで途絶えた。



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